006 賽は投げられた

「兎にも角にも、先ずはお話しを聞いて頂けませんか。先程から契約の手順がどうのこうのと堂々巡りでお話しが進んでは御座いません。先ずはお話しを聞いて頂けませんか」

 確かに、悪魔な道化者に魂を縛られたくないから、必死で契約無存在を訴えていた為に話しは進んでいない。

 このまま訴え続けるにも、法律の話しの辺りで気疲れてしまった。

 言いなりになるのは負けた気がして嫌だが、ここは一休みするつもりで聞いてやるか。

「それは失礼しました。それでお話しとは何でしょう。『牧歌的な生活』を頂く代わりにの対価は聞いておりませんでした」

「やっとではありますが、この度は耳を傾けて頂き何よりで御座います。竜登様にはわたくしが案内する世界で、ご希望の『牧歌的』な、のんびりとした生活をして頂くだけで御座います」

「それで、その『のんびりとした生活』の対価はなんでしょうか?」

「対価とは、わたくしが案内する世界で生活して頂く事で御座います」

「『のんびりとした生活』が出来る世界へ案内してくれる訳ですよね。で、その代わりに私は何をしたら良いのでしょうか?何をしなければならないのでしょうか?一番重要な事だと思いますが如何です?」

「ですから、その世界で生活して頂ければ宜しいの御座いますが、何かご不満でも」

 嗚呼もう。だから私をここに連れて来て、異なる世界に送り込む事で道化者は何を得られるというのだ?これが私にとって大きな負担になるか否かが知りたいのに、『暮らすだけで良いのです』とか怪しすぎすだろっ。

「良く分かりませんが、案内された世界でのんびり生活するだけで、見返りが不要というのは相当に厚遇な申し出でと思います」

 私にとって有利過ぎる条件だ。二つ返事で答えたいくらいだ。

「そうでしょうとも。わたくしもその様に考えております。如何で御座いましょう」

 もちろん裏が無ければ、の話しである。


「だが、断る」


 ここぞとばかりにドヤ顔で言ってやった。

 道化者の言葉はどうも曖昧というか奥歯にナニカが引っかかっている様に感じる。ここは断るべきだとポーズを決めて言い放った。

 が、道化者の表情に変化は無かった。軽く拍手をしているだけだった。

「・・・なかなか愉しい一瞬芸ではありませんか。次は何を見せて頂けるのでしょうか」

「え、あ、はい。リアルで使えるチャンスが有るとは思わなかったので・・・」

 冷ややかに返されると凄く恥ずかしい。やっちまった気分だ。リアルでコレをやると、これほど恥ずかしいとは思わなかった。



 恥ずかしさも治まり、冷静さを取り戻して話しを戻す。

「不満も何も、つい先程言った通り、私は『メリット』だけでは無く『デメリット』や『リスク』も話して欲しいと言ったではありませんか。話して頂けないのは都合が悪いからでしょうか」

 道化者は少々困惑している。何か隠し事でもあるのだろうか。

「困りましたね。何度もお伝えしている通り、『デメリット』は世界を選べない事で御座います」

 私も困惑しながら、何を隠しているのか観察しつつ、もう一度問い掛ける。

「望む生活が出来る世界へ案内する事は『メリット』だと考えます。私ではどの世界が望み通りかなんて分からないのですから。それなのに何故『デメリット』と言うのでしょうか」

「困りましたね・・・」

 道化者は考え込んでしまった。



「『残念』な竜登様にどの様にお伝えしたら宜しいのでしょうか?『対価』と言う言葉に畏怖されているご様子。『契約』の言葉もそうでしたが臆病になり過ぎで御座います。しかたありません、わたくしの目的をお話ししてみましょう」

 凄く馬鹿にされ、仕返しされた気がするが、ツッコむと面倒だから聞き流すとして、

「目的、そうだ道化者が私を求める目的は何でしょうか」

「わたくしの目的は、竜登様の能力、スキルを必要としている世界がありますので、そこで生活して頂く事で御座います。そして竜登様の目的はその世界でのんびり生活すれば良いのです」

 さっきから、違う世界で暮らすだけとしか言っていない。私にとってはその暮らしの事が気にかかる。

「ちょっとまってくれませんか。意図が理解できません。私のスキルは置いといて、必要としている世界でのんびり生活できるのですか?必要とされているというのは困っているからであって、その問題を解決する為に粉骨砕身しなければならなのではありませんか。のんびり出来るとは思えませんが」

「考え過ぎで御座います。別に何もしなくて良いのです。目的は竜登様のスキルが勝手に行ってくれますので心配されなくて結構です」

「話しが全然見えないが、隠し事をしてませんか。私の『スキル』についてとか。このスキルが必要で連れて来たのですよね」

「そこは知る必要は・・・いえいえ、知らない方が宜しいかと存じます。知らなくても希望も目的も叶えられますので」

「何を隠しているのですか。やはり騙そうとしていませんか」

「騙すつもりは御座いません。高僧と癌のお話しを御存知ですか?知らない方が良い事が御座います」

「そこまで勿体振られると、反って気になります。余計に知りたくなったではありませんか。それはそうと例えにし高僧と癌の話しってなんですか?」

「先ずは高僧と癌の話しをお望みですか。わたくしも先にこちらを説明してからと思ってましたので丁度良かったです。この話しは・・・」

 結構長くなったので省略するが、端的に言うと

『僧曰く、修行により死を恐れていません。病名を教えてください。必ず治って見せますと。

 医師曰く、そこまでの境地でしたらお伝えしましょう。貴方の病は癌です。と。

 僧は告知に驚いてショックの余り急死してしまった』

という内容だった。本当かどうかは知らないが例えとしては妙に納得してしまう。

 納得はしたが、私の身の上は死の境地どころか寸前なのだ。聞いて後悔する心配も恐れも無い。

「私はもう死んだも同然の身。恐れる事も、ショックで悩む必要もありません。それよりもスキルが気になって仕方がありません。このままでは答えを出す事は出来ないではありませんか」



「お教えしない事を理由に会話が止まってしまうのも大変困りますので仕方御座いません。竜登様のスキルは・・・」

 勿体振る道化者の言葉に、固唾を呑んで必死に耳を傾ける。

「竜登様の魂ですが、他の魂を取り込む能力で御座います。吸い取ったり吸収する魂は多いのですが、取り込み保存するのは稀少なので御座います。そして、わたくしの目的は竜登様が天寿を全うされた時に、取り込まれた魂を受け取る事で御座います」

 これって、傍から見れば吸収するのも取り込むのも魂を喰らうに違いないではないのか。そう、ゲーム風に言い換えれば『魂喰い(ソウルイーター)』というバケモノだ。

 やはり裏が有ったかと思ったのと同時に、自分が人では無いバケモノかナニカだと知らされたショックは大きかった。

 人としての存在を全否定された気分になる。高僧と癌の例えの通りに、知らない方が良かったかもしれないと後悔してしまった。

 たが道化者が執拗につきまとう理由は分かった。稀少というか貴重で有用なナニカを入手したいと言う事だ。

 しかし疑問も残った。

「つまり道化者の目的は、悪魔として魂を集める為に私を利用したい。と言う訳ですか。つまり自由になりたければ他者の魂、つまり贄を差し出せと。何故に私を道具として扱うのだ。魂を集めるのならば、今の私の様に自らで引きずり込めばいいではないですか」

「そう思われるのもごもっともですが、理(ことわり)故に直接に手は出せないので御座います」

「理(ことわり)というのは、契約した魂に限定される。という事か・・・ですか」

「なんと申しましょうか、理(ことわり)の事もありますので仕方が御座いません。とりあえず今の所はそう考えられても仕方ありません」

 やはり裏が有ったではないか。他者を犠牲にする契約なんて出来る訳が無い。

「結局は悪魔の使いに成れと、使いとして要人を殺せという条件ではありませんか。私は絶対に契約はしない」

「人を殺せ等と物騒な事は申しません。ただ暮らして頂くだけで良いのですが、やはり、こうなりましたか。残念です」

「分かってくれたなら、もう十分でしょう。さっさと私をここから解放して下さい」

「わたくしとしましても、やっと見つけた希有な能力を持つ魂を、はいそうですか、と手放す訳にはまいりません」

「何度と言い寄られても私はこの話しを受け入れない。絶対に拒否する」

 私は力の限り訴えた。



 つい先程までゴリ押ししていたのに、急に踵(きびす)を返すかの様に道化者の雰囲気が変わった。なんか気持ちが悪い。

「そうですねぇ。契約は対等の立場で成されるべき。竜登様はこうおっしゃいたいので御座いますね。確かにその通りで御座います」

 いや、そうじゃなくって、対等以前に悪魔の使い魔に成り下がりたくないと言っているのだが、なんか噛み合わない。何か悪巧みでも思いついたのだろうかと身構えてしまう。

「失礼を承知で申し上げますが、今のままの竜登様では、対等としては足らない事が御座います。今暫くお考え頂く時間が必要かと存じます。人生をやり直してみませんか。その間に不足考えて頂くのは如何でしょう」

 だから考え直す気なんてまったく無いんだって。はやく解放しろ、ここから出せと・・・

 反論しようとする間もなく、道化者は指を鳴ると、その先には四足のガッチリしたテーブルとサイコロが現れた。

「それでは、竜登様のこれからをサイコロ振りで決めましょう」

 私の意思を気にもせずに勝手に説明を始めた。いきなり何をいっているのだこいつは。



 私が呆れているのを気にもせず、道化者は一方的に説明を始めた。放心している為に聞き漏らした事があるが、かいつまむと下記の通りで良いだろう。なお今までの記憶は残してくれるそうだ。

 1:同じ人生を生まれ変わりからやり直し。

 3:よくあるパターンというか剣と魔法な異世界。特に何も無し。

 5:よくあるパターンというか剣と魔法な異世界。望むチート能力を付与。

 残りの偶数目はここからの解放。つまり今際(いまわ)の時点に戻される。

 ある意味バッドエンドだが、転生とか生まれ変わりに興味が無い私には望みの出目だ。確率6分の3とは大サービスではないかと浮かれてしまう。

 ただ、本音として夢に思っている『転生した異世界でのチート生活』も興味がある。いや可能なら夢の生活のチャンスだ。

 不覚にも、今の私はチート生活をしたいと浮かれた考えに支配されていて、道化者の思惑を考える事を忘れてしまったのだ。



 サイコロというのは確率6分の1。では無い。

 実は振り方で確立が変わる。例えば1と6を軸にして横回転で振れば2~5の確率が増える。約4分の1だ。

 駒のように回転させる方法もある。これだと上にある3つのどれかになる確率が高い。約3分の1だ。

 残念ながら回転振りは私には難易度が高い。

 手の平にサイコロを乗せ、横回転を与えるように手を勢いよく横にスライドさせて落とす、回転振りしか無い。

 これ以上道化者に扱われたくない。偶数だ偶数を出すのだ。

 チートの無い3の目は無理ゲーだ。だから3と4を軸にした回転振りで、『異世界でのチート生活』な5の目を期待したくて力がこもってしまい、

「ヲヲリャっ」

 っと勢いついて裏声かかった掛け声をしてしまった。


 サイコロは横回転しながらバウンドし・・・・・・・


 1で止まった。


 人生やり直しである。

 道化者が

「さぁ。失われたチャンスを今一度、栄光を手にしたまえ」

 オーバーアクションを混じえて景気の良い掛け声をあげると、出口らしき扉が現れた。

 扉の向こう側がどうなのか分からないが、ここから出られる喜びを感じて手早にドアノブにてを掛けたその時、

「そうそう、余計かとは思いますが、ご自分の心を塞いでまで無理に丁寧さを心がけようとするのは止めましょう。話し方が大変にブレてまして少々気持ち悪く感じましたよ。もっと自分に正直になりましょう。そのままでは息苦しいのではありませんか」

 道化者から、皮肉なのか助言なのか分からない声が掛かった。

 私は苦虫を噛む思いで、できるだけ大人の対応として丁寧に務めたのだが、これが気持ち悪いと言われては恥ずかしさを通り超えて腹立たしい感情にまみれてしまった。

「それはそれは、別れの際にご忠告ありがとうございます。もう会う事は無いでしょう。さようなら」

 逃げ出す様に扉の外へと掛けだした。


 そして私は・・・・・・


--- 覚えのある病院で、自分の産声を耳にした。 ---


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