悪魔契約に縛られた異世界生活 第1幕(転生契約)
雨宮 白虎
第1章 繰り返す世界の先に
001「今晩は。星が綺麗ですね」
今晩は星が綺麗ですね
ここは地方都市の外れにある、半世紀は余裕で超えている小さな一軒家。
古色を帯びたあばら家だが、親から引き継いだ大事な住まいだ。雨漏れの無い丈夫な造りはありがたい。
ライフラインと言えば聞こえは良いが、電気と水廻りはそれなりにリフォームはしてあるので、独り身な私としては身の丈に合っていると思う。
伴侶の縁が無かったと言えばそれまでだ。
しかし、別に異性運が悪かった訳ではないと思っている。子供の頃は何故か女の子と遊んでいた事が多かった。違和感を感じた事も無かった。
流石に年頃となれば他人の視線が気になり距離を取る事になったが、機会は何度もあった。
しかしココぞという時に気持ちがブレた。嫉妬に近いナニかが起きた。わたしが私に嫉妬しているのだ。訳が解らない。まるで私が2人居る、そんな違和感を抱きながら今に至る。
タンタンタタタンと屋根を叩く雨が降る。みぞれだろうか。春になったと言うのに氷の粒が混じった雨が降る。
冷たい雨。暖まらない部屋。布団に包まっても暑いのか寒いのかも分からない。
そう風邪をこじらせ高熱の為に身動きができないという情けない状態となってしまった。
インフルエンザに
しかし、
『些細なことで救急車を呼ぶのは非道い話しだ。本当に必要としている人を救えないではないか!』
と騒がれていた世情もあり、春風邪で呼ぶ訳にはいかないと
近くにドラッグストアーはあるものの、既に日は暮れ、しかもこの雨だ。薬を買いに行く事もできずに、ただただ高熱で湯気の中にいる気がし、体の節々が怨嗟を上げる様に鈍痛が響き、喘息の息が笛の音を奏でる。
病人の心理なのだろう。世の中の全てが私を弾き出そうとしていると考えてしまう。
たとえ嫌われているとしても、この苦しみから解放されるなら甘んじて受け入れよう。苦労の多い人生だったが、不幸ではなかった。精一杯生きる事ができたのだ。
人生も峠を越えて体力が落ちているので、残りの人生がどうなるのか等考える必要もあるまい。早いか遅いか、その程度の差だ。
もう十分生きた。この苦しみから解放されるなら、このまま眠りに落ちて終わったとしても悔いは無い。諦め交えて目を閉じ時を待つ。
突然、隙間風らしい空気の流れを感じた。
雨が降っているのだから戸締まりはしっかりしていたはずだ。隙間風なんて有るわけが無い。
いや、もしかしたら暑苦しくて涼しもうと夜風を浴びたまま閉め忘れたのだろうか。
どこかの窓が開いたままでは雨が吹き込んでしまう。体は辛いが戸締まりを何とかしなければ。そう思って目を開けると電灯が点いている。電気を消し忘れてしまうほど目を回していたのだろうか。
布団から起き上がると、また隙間風らしい空気の流れを感じた。
風の元と思われる方向を見ると、襖と縁側の窓が全開になっていた。雨なのに窓を全開とか有り得ないだろうと記憶が無い自分に呆れてしまう。
「こんばんは」
どこからろもなく女性の声が聞こえた、気がした。
私だけしか居ないあばら家だ。きっと幻聴だろう。
「月明かりが無くて星々が綺麗ですわね」
また女性の声が聞こえた。
声の主を探してみると縁側で黒い衣装の女性が座っていた。夜景に溶け込んでいて気がつかなかった。
「誰だ!・・・いや誰ですか。そこで何をしているのですか!」
驚き交えて叫んでしまいそうになったが、ココは冷静に対応しなければ。怒鳴ってしまったら状況が悪くなるかもしれない。
「外を眺めてご覧なさいな。星々が宝石箱の様に輝いておりますわ」
女性は動じずに、どうぞ隣に来て一緒に眺めましょう。という素振りをしながら応えた。
くっ、私の声なんて聞いちゃいない。
「雨が降っているのに星なんて見える訳ないだ、ろ、う?」
大事な住まいを水浸しにされたくないので、慌てて窓を閉めようと一歩踏み出したが、雨は既に止んでいて星が瞬いている。縁側辺りは薄暗いが濡れた形跡は無い様だ。少し安心し立ち止まった。
ただし事態はいまいち把握できていないが、雨の心配が無くなったのは良かった。で、次はこの不法侵入の女をどうするかだ。110番するべきか、通報せずに締め出した方が良いのか。
立ち止まったまま思索していると、女性は突然舞い降りた様に目の前に現れた。いつのまに近づいたのだろうか。
「ご機嫌は如何かしら?お体はどうでしょう」
女性は微笑えんで挨拶する様に容体を聞いてきた。この女は病人相手に嫌みを言って何がしたいんだ!と、イラついてしまった。
「風邪をこじらせて苦しんでいる人に向かって、ご機嫌如何もくそもないだろ、が、いや、病人相手に元気そうに見えますか?何をいっているのです。それよりも貴女は誰でしょうか?」
冷静に対応しようと必死にこらえた。今ここで『残念な人』に暴れられても困る。
「フフフ。間に合った様ですわね。声を張り上げる元気があって良かったわ」
さっきから私の話しは聞きもせずに、女性は独り言の様に言っているのが
「ご機嫌は如何かしら?まだ苦しいのでしょうか」
同じ問い掛けをされた事になんとなく馬鹿にされた気がして腹が立つが、3度目はご遠慮したいと、深呼吸をして冷静に自分を改めると呼吸が苦しくない事に驚いた。確か喘息も併発していたはずだ。
今頃になって自分の異変に気がついた。
足下のモヤからなんとなく雲に立っている気がするので、とうとう事切れたかと思った。
それとも夢を見ているのだろうか?
人生最後の夢が『女性と会話したい』では、今までどれだけ寂しい人生を送ってきたのだろうと、軽く落ち込んでしまう。
「・・・死んだのか、それとも夢を見ているのだろうか」
つい考えを呟いてしまった。
「いいえ、まだ御存命ですし、夢でも御座いません」
小声で口にしたと思ったが、しっかり聞かれてしまったのだろう。女性は更に近づき下から覗き込む様に見上げて続けて答える。流石に息が届く程に近いとこっちが恥ずかしくなる。
「貴方様は現状を知りたいとお思いかと存じます。どうでしょう『一緒に星空を眺めながら』お話しをしませんか」
女性は縁側へ案内するように手を伸ばしながら語った。
寂しさが生み出した
「そうですね。では色々と教えて頂きましょう。先ずは貴女の名前を教えて頂けませんか」
女性が案内する感じで縁側へ向かいながら私は問いかけた。
「あら、まぁ。まだお伝えしておりませんでしたか」
以前に会って名前を交わしました。と言いたそうに応え、そして答える。
「わたくしはメフィスト・フェレスと申します。どうぞメフィストと御呼び下さいませ」
『メフィスト』とは『ファウスト』に登場する『悪魔』だ。たしか男の姿だった気もするが、私としては巨匠漫画家の作品から女性のイメージが強かったのだろう。
夢にメフィストが登場するという事は、結末はともかく『巨万の富や地位、名誉と権力を得て新たな人生を満たしたい』という気持ちの現れだろう。厨ニ病的に言えば『異世界で俺TUEEチート生活』って所だ。「メフィストとは意外なお名前ですね。もしかして、
『契約すれば、尽きぬ欲望を満たしましょう。巨万の富も地位も名誉も権力もすべてを思いのままに与えましょう』
と、魂と引き換えのお誘いでしょうか」
普段だと相手が何を感じているのか言動で解ってしまい言葉を詰まらせていたし、そういう環境で暮らしていたから身の狭い思いをしていた。だが、夢の中なら気にする必要も無いだろうと軽口で話した。
メフィストは縁側に腰を落ち着け、私に隣へどうぞと案内する。ここは私の住まいなのだけど、と思いつつも立ったままというのも居心地が悪いので隣に座る事にした。
「お望みとあらば富と名声を与える事も出来なくはありませんが・・・」
やっぱり悪魔は『望みを叶える代償に魂を求める』存在だと納得するが、どうも奥歯に詰まった言い方が気になった。
「出来なくはありませんが、お互いに同等と思えるモノを交換する契約が必要になります。契約はとても大切な事で御座います。富と名声に見合う対価は何が御座いましょう?」
なんか肩すかしを受けた気がする。否応なしに『富と名声の代わりに魂を頂きましょう』と応えると思っていたからだ。しかし契約に拘るとは意外だった。
そして等価交換か。私には渡せるモノはもう何も無い。今までの苦労を思い起こせば魂ごと消えて仕舞いたいと考えているからだ。どの様に生きても生の悲惨さは過酷だと思っている。祈りなどあてにならないのだ。
「契約ですか。そうですね私にはお渡し出来るモノはもう何もありません。富と名声には興味がありましたが残念です」
と社交辞令的に応えた。富と名声には興味は無いが、私の望みが女性との会話なら事切れるその時まで荒立たない様に話そうと考えているからだ。
「おや、もう何も無いとおっしゃるのですか。大丈夫ですのよ。わたくしは別に貴方様の魂と交換を求めては御座いません。わたくしからは『時間』を提供致しましょう。貴方様はその『時間』の中で生活をして頂くだけで良いのです。どうでしょう。損な取引では無いと思いますが」
「私が、これからの『時間』を生き存える間は奴隷に成れというのでしたら当然お断りします」
「いいえ、わたくしからは貴方様が望む『牧歌的な生活』、そう、のんびりとした生活を与えましょう。慎ましいかも知れませんが心病まない場所へ御案内致します。貴方様はそこで生活するだけで良いのです。破格な条件と思いますが如何でしょうか」
確かに破格な条件とは思うが、悪魔の提案だ、きっと裏があるだろう。当然、断るべきだと考えた。
「牧歌的な生活とはとても素敵な響きですね。つい受け入れてしまいそうだ。でも申し訳ない。私は十分に生きてきたと思っている。正直な所、幸せとは言えないが精一杯生きてこれたのだ。満足ですよ。『もう死んでもかまわない』のです」
私が言い終わると、メフィストは口の端を吊り上げるように微笑んだ。
少し間があった。断った手前、話しを続け難いのもあり私はメフィストの反応を待っていたもの理由ではあるが。
「ねぇ、『I love you』って『月が綺麗ですね』というのは御存知かしら。素敵な告白ですわね」
いきなり話題を変えられて、何の話しをしたいのだろうと戸惑ってしまう。返すつもりは無いが確か有名な文豪の逸話だったのを思い出した。
「この告白の返しは御存知かしら」
『月が綺麗ですね』は良く聞いたが、流石に返事までは知らない。「あなたと一緒だから綺麗なの」というのが良さそうだが、相手はメフィストだ。それならファウストの言葉でも引用して少し皮肉を交えて答えてみるか。
「『このまま時が止まれば良いのに』と答えるのが希望でしょうか」
「あらまぁ、その返しも素敵ね。でもわたくしとしてはロシアの作家の言葉をお借りしまして『あなたのものです』が好きだわ」
告白と返事に会話の連続性が無い気がするが、文学とはそういうモノだろうか?私には理解できない。
それにロシア文学と言われても、罪と罰しか思いつかないし、チェーなんとかの短編小説が面白いらしいという事くらいだ。
話しを何処に持って行こうとしているのだろうかと困惑して考えていると、メフィストは愉しそうに話しを続ける。
「それでは『I need you』ならば、どの様に訳したら奥ゆかしくなりますでしょうか」
理系脳な私としては文学の話しは苦手だ。メフィストが何を伝えたいのか全く理解できないので、黙り込んでしまった。
「わたくしなら『一緒に星空を眺めましょう』でしょうか。如何でしょう」
なんかつい先程聞いた台詞な気がするが、私に奥ゆかしさを求められても困る。『need』を『一緒に』と言い換えたとは思うが、下手にしゃべると白けしまいそうなので、沈黙したまま解らないと身振りをした。
この拷問じみた会話を終わらせる方法を考えながら。
しかし残念にもメフィストの笑みは強まり、口の端は更に吊り上がった様に見えた。
「話しを少し巻き戻しますが、『あなたのものです』を『死んでもいいわ』と訳した作家がいらしたそうよ。わたくしはこちらの方が素敵だと思うわ」
流石に理解を超えて何の話しなのだか解らなくなってきた。文学を用いていったい何が言いたいのだとイラついて来た。話題を変えようと思い、我慢して話しの結末を求める
「あの、何が、言いたいので、しょうか」
怒りが混じり言葉の節々に力が入ってしまう。
「あらあら、折角興が乗ってきたのに釣れない殿方でガッカリですわね。でも気分が良いから教えてあげる。わたくしは『一緒に星空を眺めながら』と告白し、貴方様は『もう死んでもかまわない』と返したのです。そう、『I need you』に対して『Yes』と答えたのです。もうお判りでしょう」
思わず立ち上がり、い゛い゛い゛いぃと、私は苦虫を潰す様に歯軋りをしてしまった。
まるで誘導尋問では無いか。悪魔の手練手管を侮りすぎた。夢だと思って油断した自分に対して後悔と怒りで表情が歪む。
「わたくしは貴方様の名前を、まだ一言も呼んでおりませんの。気がついておりましたか?ですので、とりあえず『仮契約』と致しましょう。いきなりクーリングオフを訴えられる前に少々詳しくお話しをしたいと存じます」
そうだキャンセルだ。クーリングオフだ。どうにかして断る方法を手繰り寄せなければ、と思いつく限りの策を練り始めた。
「それでは準備致しましょう」
メフィストがそう言うと、私の住まいだと思った家の屋根や壁が順々に解体される様に消えて行く。まるで劇の小道具を片付ける様な光景に頭が真っ白になっていく。
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