第294話 ヴァルティス神の呪い
第293話を飛ばされた方に簡単なあらすじ
期末テストが終わったエリーがクライン邸別館に着くと、エマが母親アナスタシアから暴力を振るわれていた。
急いで助けるがアナスタシアに絡まれるエリー。
その後リカルドがアナスタシアを追い出したが、エマは強いショックを受けていた。
リカルドに話がしたいと言われ、エリーはエマを寝室に連れて行き慰めた。
------------------------------------------------------------------------------------------------
エマ様は2時間ほどしてやっとお休みになられた。
拭いても拭いても流れ出る涙に腫れた目が痛々しかった。
ドラゴ君は私についてくるというのでモカたちにエマ様の護衛と、もし私が必要なら呼びに来てほしいと頼んでクライン様たちの待つ部屋へ向かった。
いつも通りお茶の用意がされていたが、テーブルには一枚の書類が置かれていた。
「今から話すことは、決して外部に漏らしたくないことなんだ。
だから魔法契約を結んでほしい」
「かしこまりました」
「代償は死だ」
最大の代償だ。それだけ重要なことを今から伺うのだ。
私はドラゴ君にマスターに秘密を持つことになるよと注意したが彼は、
「エマのことを秘密にしていたからと言って、ぼくとウィル様の絆は壊れない。
知らないでいるよりも知っている方がエリーの安全につながる」
私のためでもあったんだね。ありがとう、ドラゴ君。
クライン様とダイナー様、私とドラゴ君がサインし、3人と1匹で秘密の保持を約束した。
「さてどこから話せばいいのかな。
エマはクラインの姓を名乗っているけれど伯爵令嬢として認められていないのは母の浮気による妊娠だから、ということは前に話したね」
「はい」
「母にはクライン家の愛人になる前からずっと好きな男がいた。
上位貴族として生まれながら、よい嫁ぎ先を探そうとしなかったのはその男を忘れられなかったからだ。
そして気が付くとゆき遅れてしまい、父の元にやってきた」
私は相槌を打つように頷いた。
「父にも昔から好きな女性がいた。隣の領にいる幼馴染の伯爵家の娘だ。
彼女は下位貴族ながら他の貴族には使えない魔法能力を有しており、性質も温厚で優しく可憐な女性だった」
あっ、それ……ニコルズさんのことだ。その魔法は過去視のことだろう。
「父がその女性をデビュタントに連れて行った翌日、彼女は襲撃に遭い失明寸前の大けがを負った。
それで父は彼女をあきらめたが、そこから父の人生が狂ってしまった」
「まさかそれをなさったのがアナスタシア様?」
「いいや、あんな女でもそこまで大それたことはできない」
では違う方が犯人なのだ。
そしてその犯人をクライン様はご存じなのだ。
「父には他にも2人、愛人という名の正妻候補がいた。
それでも母は自分がいちばん身分が高く魔法の力が強かったので正妻になる自信があったそうだ。
だが父にしてみればすべての貴族女性が好きな女性を襲った犯人かもしれないと疑心暗鬼になっていた。
それでも家の務めとして、愛人たちに子を一人ずつ胎ませたんだ」
「あの伯爵様には、……その以前から恋人にしていた女性がいたと伺っていますが?」
「そんなことを君に言うやつがいたのか?
彼女は
そうなんですね。
「そして母は私を産んだ。
もう一人の愛人は兄トーマスを、あとの一人は死産だったため、その女性は彼女の希望で別の家へ嫁いでいった。それが一番賢い方法だった。
父は正妻になった母と、愛人のままの兄の母を打ち捨てて、平民の愛人を作り始めたのだから」
それは予想していた。
そうでなければアナスタシア様が恋愛を謳歌なんてやっていられない。
「母は贅沢と男に逃げた。
社交界の華と呼ばれているが、実質高級娼婦のようなものだ。
好きな時に適当な男と関係を持ち、時には上位貴族の子息の相手もした。
恋愛の名を借りて、実地を教えるためにね。
すまない、女性にする話ではないがこれで彼女の貞操観念がおかしくなったことを伝えたかったんだ」
私は理解したことを頷いて見せた。
「そんな時に母にささやく者がいた。
あなたが幸せでないのは本当に好きな方と結ばれていないからだと。
それで母にどんな男でも落ちると噂の媚薬を渡した。
そしてそれを母は初恋の男性に使った」
「その方がエマ様のお父上様?」
「そうだ。レイナード・レギウス・ゼ・グロウブナー。
現グロウブナー公爵でクリスの父親だ。
彼と母はいとこ同士だった」
息が止まりそうになった。
つまりエマ様はいとこ同士で契って生まれたということだ……。
私の眼から自然と涙がこぼれてしまった。
エマ様が6歳というのにまだ3歳児くらいにお小さいこと、不安定な身分しか与えられないでいること、クライン様の親友であるクリストファー様がこの別館に入れないことの理由が付く。
エマ様は、大人になれない子供なのだ。
この国は300年前に魔王の登場で貴族たちの数が減ってしまった。
その魔王はオーケストラの勇者たちが倒したが、減ってしまった貴族たちがより強い力の子を残すために同族結婚を繰り返した。
そして、そのことが主神ヴァルティス様の怒りを買い、いとこより近い間柄で子をなした時には大人になれない子供が生まれると言われてきた。
「エマの体が小さいのは、ヴァルティス神の呪いのせいだ。
この館は光の精霊王に願い出て特別に保護されているが、ここから外に出るとエマは死んでしまうかもしれない。試すのが恐ろしいので出せないんだ。
4人ほどエマの世話係を頼んだが、みな神に逆らっていることに対する罪悪感から辞めていくか、抗議の自殺を図ったものもいた。
その世話役は死んではいないが、さすがの私も堪えたから人に頼むのを止めたのだ。
このことを君に話さなかったのは断られたくなかったからだ。
私は卑怯な真似をしたと思う。申し訳なかった」
そういって頭を下げない貴族であるクライン様が私に頭を下げていた。
------------------------------------------------------------------------------------------------
@garubana様より、この『ヴァルティス神の呪い』の内容が「従兄妹同士での子供を作ると障碍者が生まれる」と誤認させ、差別の原因になりうるというご指摘を受けました。
この設定はあくまでこの物語においてだけのものです。
フィクションの中のお話です。
@garubana様のおっしゃる「一代限り、それも四親等とそれなりに離れた間柄ではっきりと遺伝性疾患が発生しやすいと言えるほど明確に一般的家庭との差異が現れるというデータは少なくとも私の知る限りはないはず」という意見に同意いたします。
それは日本だけでなく数多くの国でいとこ同士の結婚は認められていることでも証明されているのではないでしょうか?
問題があるならば禁止されているはずです。
知人にいとこ同士で結婚された方もいますし、そのことで子どもが障がいを持って生まれるとは思っていません。
ただそのような印象を与えてしまったことを深くお詫びいたします。
申し訳ございませんでした。
今回この内容を取り入れたのはこの王国が末期にあることをあらわしたかったからです。参考にしたのはスペイン・ハプスブルグ家です。
教科書にも載っているベラスケスの「ラス・メニーナス」の中央にいるマルガリータ王女が生まれた家です。
このスペイン・ハプスブルク家は
そしてこのスペイン・ハプスブルグ家は子孫を残せなかったことで断絶しました。
200年ほど続いた初代から末代までで行われた11組の結婚中、9組が叔姪婚であったそうです。
魔法の能力や加護、祝福が、家や血筋につくのならば、その家の人間が激減したときにスペイン・ハプスブルク家と同じように近親婚をして子どもを増やそうとするのではないかと推測して書きました。
いとこより近い間柄での婚姻を禁止にしたのはユリウスとローザリアのいとこ同士での婚姻を認められないという設定にしたからです。
もともとは親のセーラとルーナの双子がそっくりの美貌と高い身分の持ち主で、その片割れであるルーナが毒親でローザリアが悪役令嬢となってしまった。これは悪役令嬢の根幹になる大事な部分なのです。
それから誤解を招かないため、エリーの考えを一部取り消しました。
重く難しいテーマを扱っていることは承知しておりますが、どうかご容赦いただけますようよろしくお願い申し上げます。
参考文献
Wikipedia「スペイン・ハプスブルグ朝」
「いとこ婚」
「叔姪婚」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。