第259話 魔力譲渡


 キュメラ化したシーラの体によく知っている魔力が流れ込んできた。

 大好きなロブの隣に立っていい、緑と青に輝く穢れなき魔力。

 エリーの魔力だ。


 その瞬間、シーラに慕わしい甘い感情が芽生えた。

 エリーの暖かで優しい愛情にずっと体中にあふれんばかりに沸き起こっていた怒りが収まった。

 そして何かが自分から剥がれ落ちるようなそんな感覚にとらわれた。


(なに? どうしたの?)


 目を開けるとシーラの体の横に大量の穢れた肉塊が落ちていた。



(これヤダ。ロブ~、いないのー?)


 いつも心話でつながっているロブを探そうとすると、不快な肉塊のそばにエリーが倒れていた。

ワンピースの袖が取れて肩から二の腕が覗いていたが紫に変色していた。


(エリー、どうしたの?)

 シーラがエリーに近づいてよく見ると、自分が噛んだ痕が残っていた。



(えっ? わたしが噛んだの?)

 もっと近づいてみるとやはりシーラ自身の噛み痕に間違いなかった。

 シーラは混乱した。

 全く覚えていなかったからだ。


(どうしてぇ、エリー、起きてー)

 頭を使ってゆさゆさしてもエリーは目覚めなかった。


(ロブ、どこー?)

 すると、蜘蛛の糸で拘束されてつるされていたロブがいた。

 いつものきれいな姿ではなく、血まみれで意識がなかった。


(ロブ、起きて、ロブ!)

 シーラは心話で語り掛けた。

「う、うーん」

 ハッとロブが目覚めて、緊張した面持ちでシーラを見つめた。



「シーラか? 元に戻ったのか?」

(なあに? 元って)

「エリーは? エリーはどうした?」

(たおれてて、起きないの)


「頼む、シーラ。とにかく俺を下ろしてくれ」

(わかったわ)

 シーラは口から小さな火を噴いた。

 蜘蛛の糸は大体火に弱いからだ。



 シーラの思った通り、糸は熱で溶けてロブの体は自由になった。

 道に降りた衝撃で体中に痛みが走る。

 シーラに打ち据えられたとき、ロブはなんとか身体強化で耐えたが、肋骨が何本か折れているの感じた。

 口の中が血まみれで、鉄の味でツンとした。


 ロブは動くのもつらかったが、エリーのそばまでよたよたっとたどり着いた。

するとロンドがロブの側に舞い降りた。



 エリーの体は毒でおかされていた。

 ほとんど命のない状態で手遅れに近かったが、まだ生きていた。

穏やかに癒せジェントルヒーリング鎮静ピースフルネス

 ロブは掛けられるだけ闇の治癒魔法をかけた。


(ねぇ、ロブ。なにがあったの?)

「シーラ、俺がロンドの記憶を読むからそれを見てくれ」


 ロンドは敵の偵察に特化していて、ロブは同調を使ってよく記憶をのぞいていた。



 その記憶は恐ろしいものだった。

 キュメラになったシーラがロブを尾で打ちのめしていたこと。

 それを止めるためにロンドが攻撃しながら気をそらせていたこと。

 キュメラを操っていたグリムリーパーをエリーが倒したこと。

 シーラがエリーに噛みついて毒を与えたこと。

 最後にエリーが分体の魔法でシーラをキュメラ状態から救い出したことが分かった。


(そんな、それじゃあエリーはわたしのためにこうなっちゃったの?)

「お前だけじゃない。俺のせいでもある」

 ロブは悲しかったが認めるしかなかった。



(そんな、エリー! いや! 死なないでー)

 シーラの目からぽたぽたと涙がこぼれた。


 竜の流す涙は、あらゆる傷を治す特効薬でもある。

 シーラの涙が触れた部分はエリーの傷は治って行った。

「よかった、傷が治ってるぞ」

 でもエリーは目覚めなかった。

(体の魔力がほとんどない。このままじゃエリーは死んでしまうわ!)



 エリーは物質的な肉体の構成はわからなかったが、シーラの魂そのものを思い出せたのでキュメラからシーラだけを分体するのに成功した。

 そして体を構成していた一部がなくなったため、キュメラは体が保てず自壊した。


 しかしそのためにエリーは自分の力以上の魔力を使い果たし、本来ならば死んでいた。

 魂繋ぎのネックレスでかろうじて死んでいないだけだったが、そのことをロブやシーラは知るよしもなかった。



(ロブ、わたし、このままじゃドラゴ様にあえない)

「俺もだ。俺がエリーを裏道なんかに連れてきたからこんなことに……。

 エリーが狙われてるって俺、知ってたのに。

 俺が危険な目に遭わせてしまったんだ……」


 ロブは、エリーが好きだった。

 一番守りたい女の子だった。

 それなのにこんな目に遭わせて、しかも彼女はロブとシーラを救ってくれたのだ。



 ふたりは黙っていた。

 沈黙を先に破ったのはシーラだった。


(あのね、ロブ。私はギーブルなの。

 竜にとって最も恥ずべきことは受けた恩を返さないことなの)

「ああ」

(だから、わたしの命をエリーにあげたいの。

 でも両目とも外したらうまくできないかもしれないから、ロブ手伝って)



「どうするんだ?」

(わたしの目をエリーの心臓にあげるの。

 エリーは完全な魔力不足だから、私の目の力でそれを助けるの)

 

 ギーブルの目は宝石としても高い価値があるが、それ以上に強い力のある魔石でもあった。

 だが魔石を失えばギーブルは死ぬ。


「目をあげてしまったら、シーラが死んでしまう!」

(いいの、穢れた存在から救ってくれたエリーを死なせるくらいなら、私が死ぬわ)

「だめだ、ダメだシーラ」



(許してロブ、ずっとあなたと一緒にいるって言ったのに。ごめんなさい)

「だったら、俺の目を使え。シーラ」

(ロブの目に魔力はないわ)


「エリーにやる分じゃない。お前にやるんだ。お前の目の代わりに俺の目を入れろ。

 俺とお前は従魔契約の中でも最も深い契約だ。

 魔力は半減するけど、俺の目ならお前の目になる」

 従魔契約の最も深いものは、ずっと心も体も同調していて途切れさせない状態だ。そこまで行くと心話も魔力譲渡なども、意識せずにやり取りができた。



(そんなのだめよ。ロブは人間で目を私にくれたら魔法で回復しないのよ)

「お前がひとりで死んでいくなんて俺には耐えられない。俺もやる」

(ロブも死ぬかもしれないのよ)

「ああ、わかってる。俺たちは相棒だろ」


(ロブ、大好きよ。私の大切なヒト)

「シーラ、俺もだ。そして俺の愛する人をどうか救ってくれ」



 シーラは片目を外し、ロブとおでこをくっつけあった。

 ふたりが輝くとロブの左目がなくなり、空いていたシーラの眼窩がんかに収まった。


 そしてシーラは自分の目を咥えて、エリーの心臓の上に乗せると、シーラの目はエリーの体に沈んでいき心臓に到達した。

(ロブ、一緒に魔力をおくりましょう)

「ああ、シーラ。もしかしたら最期かもしれないから、これまでありがとな」

(ええ、ロブ。わたしこそありがとう)



 シーラが頭をエリーの心臓の上にのせて、その上にロブが手を乗せた。


「魔力譲渡!」







 ロブが先に意識を失い、シーラも3メートルもあった体が15センチぐらいにまで縮んでしまった。


 それでもエリーは目覚めなかった。

 残りの目をあげるしかなかった。


 シーラは残った自分の目を外した。

 ロブが渡した目がシーラの動きをサポートする。

 シーラは約束を破って、ロブとの同調を切った。


 魔獣は約束を破らないが、自分の命よりも優先するものがあればそれを最優先する。

 シーラにとって、それはロブの命であった。



(ありがとう、ロブ。エリー。さようなら)



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 ギーブルの弱点は両目の魔石を奪うことです。

 ギーブルは信頼している相手の前で目を外して洗う習性があり、それを利用してわざと信頼を得て目を奪う討伐方法が取られます。

                   (第202話 可愛い従魔 にて前述)



 ギーブルの目は最高級の魔石であり、美しい宝石なのでほしがる人が多く冒険者に狙われてきました。

 イメージはアレキサンドライトです。さらに黒に光るなんてあれば本当に素晴らしい宝石でしょうね。


 そのため本来は簡単に人間を信じません。ロブやエリーは特別なんです。

 だからこそ、真に信頼する相手に対する愛情がとても深く、独占したがったり、その身を挺して守ってしまったりするのです。


4/11 危険な目にせてしまった→危険な目に遭わせてしまった に修正

 なぜ遭わせてが消えてしまったのか、謎です。

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