第82話 錬金術科志望の生徒たち

 

 クランのティーサロンは満席だったが、従業員用の控室は空いていた。

 あらかじめドラゴ君が店に使わせてもらえるようお願いしてくれたのでそちらを案内した。

 控室と言っても店内と同じ内装や家具を使用している。

 ここは時折来るどうしても個室でないと困るお客様を通すこともあるので、掃除も飾りつけも行き届いている。



 待たずに入ったので皆にここが特別室で従業員控室でもあることを伝えると、

「ほぉ、店内と同じぐらいきれいなんだね」


 Aクラスのリカルド・ゼ・クライン伯爵令息が初めに切り出した。

多分彼がこの中で一番高位の貴族だ。白金の少し長い髪を後ろで結わえていて白金色の瞳の持ち主だ。冷たく見えるくらい完ぺきに整った顔と落ち着いたしぐさがとても同じ年には見えなかった。エドワード殿下の方が華やかだったけど親しみやすく、クライン伯爵令息の方がずっと王子の様だ。



「はい。クランマスターが同じ家具を普段から使うことで使い勝手の良しあしもわかるし、大事に使う方法も考えるようにと設えてくれました」

「そうか。魔族と聞いているが聡明な御仁なのだな」

「はい。私も尊敬しております」

 彼が高評価を下してくれたので、他の方々も大丈夫だろう。



「ここにいる6人は全員錬金術科志望でいいのかな?」

 クライン伯爵令息が声をかけると、

「あのー、ぼくは違います。家政学部のコック科志望です。料理に合う器を作ってみたくて受講しました」

 ちょっと小太りのBクラスのロッカ・テルセンくんが手を挙げた。

 王都で実家はレストランを営んでいて、そこを継ぐために入ったそうだ。


「ではあと一人は誰なんだろう?」

「絵画を取ったのかも知れませんね。絵に付与することも出来ますし」

 クライン伯爵令息のお付きで錬金術科を専攻するBクラスのサミュエル・ダイナー男爵令息が答えた。彼はクライン伯爵令息の乳兄弟で幼いながらも剣を捧げているらしい。オレンジ色に近い赤毛に黄緑色の瞳で冷たすぎる印象のクライン様とは正反対のひまわりのような活発な少年だ。



 皆に確認したけれど、最後のもう一人は誰も知らないらしい。



「数少ない同じ科を専攻する者同士仲良くいこうではないか。ああもちろん君を仲間外れにするつもりはないよテルセン、いやロッカ君。皆も私の事はリカルド、彼はサミーで構わない」

「ではわたくしのことはカーラと」

 淑やかに答えるカーラ様の目がちょっと潤んでいる。

 同じ錬金術科で格上の伯爵令息がいるなんて思っていなかったのだろう。すでに婚活モードなのかもしれない。

 もちろん、私も了承した。平民である私は貴族の3人を様付けで呼ぶつもりだ。



「こういう機会を持てて嬉しい。エリー君感謝する」

「私こそ忙しさにかまけて皆様とあまりお話しできずおりました。勇気を出してお誘いしてよかったです」

「錬金術科専攻でお茶会をしてもいいですわね。もちろんロッカ君も参加してくださいね」

 カーラ様に言われてもロッカ君は自分だけが違う科なのでちょっと居心地が悪そうだった。



 ドアがノックされ、お茶が運ばれてきた。

 持ってきたのはドラゴ君と貴族向けの給仕が出来るカノンさんで『常闇の炎』の数少ない人間のメンバーだ。

 サンディーちゃんが来るかと思ったけど、さすがに貴族向けの給仕はできないもんね。

 ドラゴ君が私の側にいたいと言ったので、リカルド様の許可をもらって同席することになった。



「エリー君はずっとこのクランにいるつもりなのかい?」

 リカルド様に聞かれ、私は頷いた。

「はい、ここでは色々出来ますし、気心の知れた方も多いですから」

「リカルド様は特にご専門はございますの?」

 カーラ様はリカルド様に釘付けのようだ。



「私は薬学と魔道具を作りたいと考えている」

「まぁ、奇遇ですわ。わたくしも魔道具を作りたいんですの」

 彫金が好きなのでアクセサリーに付与や魔法陣を付けて売りたいんだそうだ。

 リカルド様は次男で国と伯爵家に錬金術師として補佐したいと考えていた。

カーラ様よりもっと複雑な魔導回路を使用した魔道具つくりを考えているようだ。



 サミー様は騎士学部とずいぶん悩まれて錬金術科に入ったという。

 ずっとリカルド様と一緒に過ごしていたおかげで、調薬と鑑定スキルがつき錬金術師のジョブがついたんだそうだ。

「資格を得られるかは難しいが予科の間ならば悩むことも可能だし、ある程度できればリカルド様の手伝いも出来る。騎士の修行も続けているので問題ない」

 サミー様はクライン伯爵家に代々仕えている家柄で、就職に悩むことなどないそうだ。



 仕立屋のメルヴィル君はとっても大人しい物静かな少年で同じクラスなのに話をしたことがなかった。

 自己紹介してくれたけど、消え入りそうな声で大丈夫か?と心配になるくらいだった。緊張しやすいたちなのかもしれない。


「僕の事はメルと呼んでください。ウチは仕立て屋ですが代々付与魔法を得意としています。店を継ぎたいと思っていますが、錬金術師がジョブに出てしまったので専攻しています。皆さんみたいに目標はないので恥ずかしいです」

「メルくん、私も似たようなものです。

ウチはパン屋で上の学校に行きたいばかりにいろんな人の手伝いをしていたら気が付けばスキルになっていて錬金術師がジョブについたんです。

でもせっかくなるんだったらみんなの生活の手伝いになるような魔道具作りたいです」



 レストランのロッカくんは料理と器が合えばもっとおいしそうに見えるという勇者が書いた本を読んでこの工芸の授業を受けたという。

「青いお皿に料理を乗せると食欲をなくすとか、食器の力は絶大なんです。いろいろ試したいけど、我が家は商売人ですから使わないものにお金は出せないし。ならいっそ陶芸を選択して自分で作ろうと思ったんです」



 ヴェルシア様のジョブ判定のおかげか、全く目標が定まらずふらふらしている子はいなかった。

「じゃあ、あとの1人はDクラスだね。私はDクラスに知り合いはいないけれど、君たちはいるのかい?」

 全員知り合いはいなかった。


「わたくしたちとは立場が違いすぎるのでしょう。孤児院から来ている方も多いと聞きますし」

 カーラ様の意見には同意したくなかったけれど、確かにここにいる人はみんな親がちゃんといて貴族か店持ちで比較的裕福なのだ。

 私は裕福とは思われていないけれど。



 とにかく今日のお茶会はリカルド様が主導してくれたおかげで何とかなった。

 カーラ様はなんとなく私と仲良くしたいとは思っていないようだ。

 まぁこれは母さんもそうだったと聞くから普通の態度なのだろう。

 むしろリカルド様はあまり頓着されない様子なのでそのためにサミー様が付けられているのかもしれない。

 だってサミー様は軽くだがカーラ様を牽制されていたもの。



 後でジョシュに聞いた話だが伯爵家の次男とはいえリカルド様は正妻の子で伯爵家を継ぐ可能性も高いし、母方の侯爵家の養子に行く話もあるらしく、たいへん優良物件なのだそうだ。

「エヴァンズに来られたのもどうも社交を減らしたいからだそうだよ。クライン伯爵家は王家にも嫁げる上位貴族だからね。エリーも狙っちゃえば?」

 遠慮しときます。



 平民のロッカとメルは「僕らは貴族じゃないし呼び捨てにしようよ。敬語もなし」と決まった。

 まだ友達とまではいかないけれど、仲良くできそうだ。



 ジョシュのアドバイスを聞いてよかった。

 ヴェルシア様、5年間なんとかやっていけそうです。





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