第109話 一条の光

 それから森では毎日のように人が倒れ、死んでいったわ。

 何が原因かも解らない。精霊に聞いてみても駄目だった。

 私のお母さんも、おじさまとおばさま……サークのご両親も。皆皆、逃れる事は出来なかった。

 生き残った私達も、日に日に精神が消耗していった。大切な人達が生きながら腐り、苦しみ抜いて死んでいくのに、何も出来ない苦しみ。そしていつ自分が、同じ目に遭うか解らない恐怖。

 私達の森は緩やかに、緩やかに絶望に飲み込まれていったの。


 そして運命は、遂に幼いヒューイにまで降りかかった。

 ヒューイはすぐには体は腐らなかったけど、もうあちこちが腐りかけてて、お父さん達みたいになるのは時間の問題だった。

 私とサークに出来るのは、森の奥の大樹に宿る大精霊に祈る事だけだった。どうか、私達から、幼いあの子まで奪わないで下さいって。


 ……ねぇ、エルフは神を敬わない種族だって聞いた事はある?

 でもね、私はね、結構神様に感謝してるのよ。

 だって、あの日、神様は私達の願いを聞き届けてくれたんですもの。



 あれはヒューイが倒れて、二日目の朝の事だった。私はヒューイの体が腐るのをなるべく引き延ばす為に、ヒューイの体を精霊を駆使して冷やし続けてた。

 サークと交代で、片方がヒューイを冷やしてる時はもう片方は眠ったり、大精霊に祈りを捧げにいく。そうやって過ごしていたの。


「エリス……」


 そうしてると、大精霊のところに行ってたサークが戻ってきたわ。私は振り返って……とても、驚いた。

 だって、サークは、人間を連れてきてたんですもの。


「サーク……っ!? その人……!」

「しーっ! 大声を出すなよ! 皆にバレるだろ!?」


 私への反応からも、サークが独断で人間をここに連れてきた事は明白だった。どうしてよりにもよって今、そんな事をしたのか解らなくて、私はサークと人間を交互に見たわ。


「……失礼。私にその子を見せてくれないか?」

「え……?」


 そうしたら突然、サークの連れてきた人間がそう言ったの。私、訳が解らなくて、どう答えていいか迷ったわ。


「エリス、コイツ、人間の医者なんだ」


 どうしていいか解らなくなってる私に、サークがそう言った。


「森で起きてる事を説明したら、自分なら治せるかもしれないって! だからエリス、こいつにヒューイを見せてやってくれ!」


 その言葉に衝撃を受けて、私は人間を見つめたわ。誰でも良かった。本当にヒューイを治してくれるなら、誰にでも縋りたかった。

 期待と不安を込めて見つめていると、人間は……ううん、人間さんはニッコリ笑ってくれた。


「私が必ず、君の弟を助ける。だからどうか、私を信じてくれないか、エルフのお嬢さん」


 そう言われた瞬間ね、私、泣いたわ。お父さんやお母さんが死んだ時よりも、みっともなく、ポロポロと。

 だってそんな事言ってくれる人、他に誰もいなかったんだもの。ヒューイを必ず助けるって、力強く言ってくれる人は。

 だから、私、深く頭を下げて、言ったの。


「お願いじまず……弟を、ヒューイを助けで下ざいっ……!」


 私、あの時あの人が返してくれた笑顔を、一生忘れない。

 きっと一生一生、忘れたりなんかしないわ。

 とても力強くて優しい、その笑顔を。

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