第39話 姉妹の事情

「――ボク達は、グラヴィオラスっていう世界で産まれたんだ」


 まず口火を切ったのは、テオドラの方だった。故郷の事を語っているのに、その顔は、あまり懐かしそうには見えなかった。


「グラヴィオラスは魔法の力を動力にした技術が発達した世界だった。誰もが魔法を使えるのが当たり前の世界だったんだ。でも……ボクはその世界で、殆ど魔力を持たずに産まれてきた。生まれながらにして高い魔力を持ってたシラとは対照的に……」


 そう言って、テオドラがプリシラに目を向ける。プリシラの眠たげな目が、何だか悲しそうに揺れた気がした。


「あっ、別にそれでプリシラを恨んだりはしてないよ!? プリシラは魔力は高いけど凄くおっとりしてるから、逆にボクが守らなきゃっていつも思ってたし。……でも、そんなボクに周りは冷たかった。優しかったのはプリシラと、兄さんだけ……」

「お兄さん……探してるって言ってた、お兄さんの事?」


 私の問いに、二人はコックリと頷き返す。そして後の言葉を、プリシラが引き継いだ。


「兄やんは~、最初はウチら姉妹とは離れて暮らしてたん~。ほんでウチらが六つの時に、色々あって兄やんに引き取られてな~。それまで面識のなかったウチらの事、親代わりになって一生懸命育ててくれたんよ~」

「兄さんは国に支援を受けて色んな技術を開発してる研究者だった。自分も魔力がそんなに高くなかった兄さんは、いつかボク達の為にも魔力の有る無しで人が差別される事のない世の中にしてみせるっていつも言ってくれて……ボク達には、それがとても嬉しかったんだ」

「……お前らの家庭の事情は解った。だがそれが今の状況と、どう繋がる?」


 お兄さんの事を語る二人は、少し嬉しそうで。けれどそんな二人にも、サークは厳しい顔を崩さなかった。

 その事で、サークを責めたりはしない。サークの言う事だって、もっともだと思うから。

 サークの言葉に、二人の顔はまた沈んだ。そして重苦しい雰囲気の中、話は続いた。


「……ボク達が自立出来るまで大きくなった頃、兄さんは国に依頼されてある研究に取り組んでたんだ」

「研究?」

「違う世界に渡る方法の研究さ」


 私とサークは、思わず顔を見合わせる。もしかしてテオドラ達は、それを使ってこの世界に?


「結果から言うと、技術そのものは完成したんだ。けど……暴走した。ボク達の見てる前で、兄さんはどこかも解らない世界に消えた。残ったのは、違う世界に続く穴を開けるこの道具だけ……」


 そう言ってテオドラが、荷物袋から何かを取り出して見せる。それは透き通るように透明な、美しい正八方体の宝石だった。


「これは~、毎日ちょっとずつ、沢山の魔力を込めないと動かないんよ~。しかもどこに飛ぶかは、動かして見るまで解らへんねん~」

「それでも……それでもボク達は、兄さんを見つけ出してまた一緒に暮らす、それだけを夢見てるんだ。その、世界を手に入れるだか滅ぼすだか、そんな事には全然興味無いしそもそもそんな力もないよ」


 真剣な顔でそう締めるテオドラに、私はサークの顔を仰ぎ見る。サークもまた、私に困惑した視線を向けた。

 多分、二人の言葉に嘘はない……と、思う。それに、二人の覚悟の強さも見て取れた。

 でもその道は、あまりに険しすぎる。どこにいるかも解らないお兄さんを、ひたすらしらみ潰しに探し続けるしかないなんて。


「……私達に手伝える事って、ないのかな」


 気付けば、そう口にしていた。そんな私に、二人がキョトンとした目を向ける。


「……クーナちゃんは、本当に優しい人だね」


 やがてそう言って、テオドラが顔を綻ばせた。どうやらお世辞でなく本当にそう思ってくれてるらしい事は、その嬉しそうな顔を見れば伝わってきた。


「今日会ったばかりの、得体の知れないボク達にそう言ってくれるなんて。キミは、誰かに手を差し伸べる事を躊躇わない人なんだね」

「せやせや~。この世界で最初に会ったのがクーナはんで、ウチらホンマに幸運やわ~」

「そ、そんな……」


 そこまで手放しで褒められると、何だか照れてしまう。私はただ、思った事をそのまま言ってるだけなのに……。


「……でも、気持ちだけありがたく受け取っとくな~」


 と、二人がまた眉を下げた。けどそこに、悲愴感のようなものはなかった。


「これはどんなに時間がかかっても、ウチらだけで成し遂げなあかん事なんや~。他の人を巻き込むなんて出来へんよ~」

「そうだよ。それにボク達を手伝うって事は、キミもこの世界を捨てなきゃならないって事だ。……キミは、この世界が大好きなんでしょ? だから違う世界から来たかもしれないボク達を警戒してた」


 ……言い返せない。確かに私は、大切な人達が住むこの世界が大好きだ。この世界を捨てていくなんて、出来っこない。

 でも。ならせめて、二人がこの世界にいる間だけは――。


「……だったらせめて、二人がこの世界にいる間だけでも何か手伝いをさせて」


 そう言って、私は食い下がった。隣のサークはそんな私を責めるでもなく、ただ静かに見守ってくれている。

 私の言葉に、二人は顔を見合わせる。そして、少しだけ躊躇いがちに言った。


「……それなら、少しの間一緒にいて、ボク達にこの世界の常識を教えてくれると嬉しいな。さっきも言ったけど、ボク達、この世界にはまだ来たばかりなんだ」

「うん~。二人で問題なくやってけるようになったら、また改めて二人で旅立つさかい~。ええ? クーナはん~」

「……うん! 任せて!」


 私は笑って、二人に頷き返した。二人の役に立てる事があるのが、純粋に嬉しかった。

 だって、もしサークが同じようにどことも知れない所に行ってしまったら……。私もきっと、一生を懸けてでも探しに行くと思うから。


「話は纏まったようだな。ならひとまずそこの眼鏡を起こすか。こいつには連れがいた筈だ。そいつがどうしてるか聞かなきゃならない」


 それまで黙っていたサークが、頭を掻きながらそう口を開く。……そういえばサークはこんな風に私が本当にやりたい事がある時は、いつも黙って協力してくれる気がする。

 これって……子供だと思われてるから? それとも私の事、思ってた以上に信頼してくれてるのかな?

 考えても、答えはすぐに出そうにはないけど――。


「――いつもありがとう、サーク」

「は? 何だよ急に」

「えへへ……こっちの話!」


 私が初めて恋をしたのがサークで、本当に良かった。心から、私はそう思ったのだった。

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