閑話 その4

 結局、アタシの見立て通りアバラは綺麗にパッキリ折れていた。聖魔法のヒーリングは完治に長い時間がかかるような怪我には効果が薄く、その為アタシは一時的に病院に入院する事になった。

 クーナは皮膚に軽い火傷はあったが軽傷、サークは外れた肩を抜かせば打撲だけ。あれだけ偉そうな事を言っていたアタシが一番重傷だってんだから笑わせる。

 まあ、無意識のうちに驕ってた自分を知る為の勉強代と思えば安くついた方だろう。失敗は引きずらず、かつ次に生かす。それが長生きのコツだ。


 アタシは、ギルド本部から送られてきた密偵だ。


 今の支部長がこのフレデリカに着任したのは三年ほど前だが、その頃を境に、フレデリカ支部の金の流れに怪しい部分が出だした。そこで本部はアタシを、一介の冒険者としてフレデリカに潜伏させた。

 調査は進み、後は決定的な物的証拠さえ挙げられれば告発出来るってとこまで来た。そんな折りに、この連続窃盗事件は起こった。

 アタシは始め、この事件の黒幕は支部長ではないかと考えた。自らの不正を揉み消す為に、息のかかったならず者に命じて事件を起こしたんじゃないかとね。

 だが支部長があの『竜斬り』に協力を依頼したと聞いて、その線は薄いと考えるようになった。事件を引き伸ばしたいなら、ここで優秀な人材を投入するのは逆効果だ。


 『竜斬り』サークとそのパートナーのクーナとの面通しが終わった後、アタシは支部長にこう頼まれた。「『竜斬り』がこのフレデリカに定住するよう説得してくれ」と。

 伝説の英雄が唯一仕事を受ける支部となれば、恐らくこのフレデリカ支部の名声は急速に高まる。そう思ってアタシにそう頼んだんだろう。

 ああ、コイツは見る目がないな、そう思ったね。少し話しただけのアタシですら解った。あれは、心から自由を愛する男の顔だった。

 けれど悪い癖が出てクーナをからかいたくなっちまったのと……アタシ自身、サークという男に興味が湧いたのと。その二つの理由から、サークに露骨にちょっかいを出しちまったと、まあ、そういう訳さ。


 結論から言えば、サークはアタシが思ってた以上に出来た男だった。頭もキレるし腕も立つ。その上度胸もいい。理想の男ってのは、こういうのを言うんだね。

 こんなに心を熱くさせられる男に会ったのは久しぶりだった。サークに対して抱く感情が興味を越えたものになってくのには気付いてたけど、止める事は出来なかった。

 だから、アタシは――。



「……あーあ。行っちまいやがった」


 クーナが一人で通路に入っていった後。サークは頭を抱え、小さく溜息を吐いた。


「いいのかい? 追わなくて」

「幾らあいつでも、得体の知れない敵に一人で立ち向かうなんて無茶はしねえよ。頭が冷えたら、すぐに戻ってくるさ」


 そう言うと、サークは壁に寄りかかり体の力を抜く。てっきり心配だとすぐ後を追うと思っていただけに、アタシは勝手に裏切られた気分になる。

 言葉の端々から感じる、クーナへの信頼。……それが、無性にアタシを苛立たせた。

 力も、経験も、アタシの方がずっと上だ。あんなお嬢ちゃんになんて負けはしない。

 なのに、何でサークのパートナーはアタシじゃなく、あの子なんだ――。


「……随分、信頼してるんだねえ?」

「仲間ってのはそういうもんだろ」


 事も無げに言うサークに、更に苛立ちが募る。そしてアタシはサークに近付き――言ってはならない事を口にした。


「……なら、あの子の代わりに、アタシを仲間にするってのはどうだい?」

「……何だと?」


 サークの眉が、微かにピクリと跳ねる。同時に、クーナの消えた通路から人の気配が近付いてくるのが解った。

 その、どちらもに気付いていたのに――いや、きっと気付いていたから、アタシは言葉を止める事が出来なかったんだ。


「本当は、アンタもウンザリしてるんだろう?」

「……何の話だ」

「アンタほどの男が、子守りに専念するだなんて勿体無いっつってんだよ。アタシなら、アンタと対等にやっていける」

「……大きく出たな」


 頭では、自分がどんなに酷い事を言ってるか解ってた。なのにアタシの口は、余計な事を言うのを止めてはくれなかった。

 サークがアタシを見る目が、冷たく冷えていく。解っている。解っているのに。


「アタシにしな。アタシならアンタを満足させられる。総てにおいてね」


 アタシは馬鹿だった。いい歳した大人の癖に、どうしようもない馬鹿だった。

 サークにもっと優しく、情熱的な目で見て欲しい。そう思ったアタシは――。


 ――サークの唇を、無理矢理に奪ったのだ。


 走り去っていく足音が、遠くに聞こえる。――勝った。不覚にもアタシは、そう思ってしまった。


「っ!?」


 だが次の瞬間、視界が高速で回った。次いで背中に感じる、固いものに強くぶつかる傷み。

 サークによって、壁に叩き付けられた。そう気付いたのは、アタシを見つめる怒りに満ちた紫の瞳を見た時だった。


「――テメェにあいつの何が解る」


 底冷えのするような低い声。その声に選択を誤ったと後悔しても、もう遅かった。


「たった半日足らず一緒にいただけのテメェが、解ったような口聞いてんじゃねえ。あいつは強い。それに真っ直ぐで優しい。今はまだ未熟かもしれねえが、それを補って余りあるいいところが沢山あるんだ」

「つっ……」


 アタシを壁に押し付ける手が、痛いくらいに力を込めてくる。それに思わず顔が歪むが、サークは力を緩めようとはしない。


「覚えておけ。次にあいつを侮辱する言動があったら……」


 そう言うと、サークがアタシのすぐ横の壁に拳を叩き付けた。その衝撃で破片が飛び散り、壁に微かにヒビが入る。


「……俺が、テメェを殺してやる」

「――っ」


 思わず、背筋に寒気が走った。本気の眼だった。あの子の為なら、サークは本気でアタシを殺す。それが解ってしまった。


 それほどまでに、サークにとってあの子の存在は大きいのだと――理解してしまった。


「大体、どうせ俺を籠絡しろとでも命令されたんだろ? 俺をこの国に留め置く為に」

「それはっ……確かに頼まれた、けどアタシは本気で……」

「どうだかな。……クーナの帰りが遅いな。ちょっと様子を見に行くか」


 そこまで言うと、もうアタシと話す事は何もないという風にサークはアタシを解放した。今まで力任せに押さえ付けられていた肩が、じくじくと痛んだ。

 ――本気にもされていなかった。アタシの言葉は。アタシは本気で、サークが欲しいと思ってたのに。

 馬鹿だね、アタシは。こんな短い時間で男に本気になって、強引に迫って、完全に相手にされなかったなんて。ただフラれるより惨めじゃないか。


「……あの嬢ちゃんには、全部からかってやったって事にしておいてくれるかい?」


 最後にそう呟いたアタシには応えずに、サークは歩き出す。アタシはそれに苦笑しながら、サークの後を追った。



 正直サークの言う通り、クーナは強かった。心も、体も。痛みに動けなくなった体で、アタシは戦いの総てを見ていた。

 アタシは一体何を見ていたんだろう、そう思った。どんな困難を前にしても折れずに立ち向かうクーナは、まさしくサークのパートナーに相応しかった。

 完敗だ、可愛いお嬢ちゃん。いや、クーナ。アンタは立派な、一人前の冒険者だよ。


「……それにしても」


 吹っ切れてくると、あの二人の関係がじれったく見えてくる。あれは絶対に二人とも、相手にただのパートナー以上の感情を持っている。

 クーナはあの年頃の女の子なら無理もないと思うが、問題はサークだ。あれだけ人には溺愛ぶりを見せつけといて、まだモノにしてないってのはどういう訳だい。


「これは周りが、後押ししてやらないと駄目かねえ……」


 そう呟いたアタシは、きっと悪戯好きの子供のような顔をしていた。

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