第13話 葬送火
「な、何だあいつは……」
現れたものを見上げるベルファクトが、呆然とした様子で呟く。背後に固まる商隊の人達が、悲鳴を上げるのが解った。
あれは……多分、コープスだ。昔、サークが語って聞かせてくれた事がある。
沢山の死体を組み合わせて、人為的に生み出された不死者。それを思い出した時、疑惑は確信に変わった。
どうやったのかは解らない。けれど間違いなく悪意ある誰かが――さっきのグール軍団やこのコープスを造り上げたんだ!
「逃げろ!」
コープスを真っ直ぐに睨み付けたまま、サークが叫ぶ。それが商隊の人達に向けての言葉なのは明白だった。
「積み荷を持って、今すぐ逃げろ! 戦いに巻き込まれたくなければ!」
その言葉を皮切りに、背後で一目散に悲鳴が散っていく。間も無くガラガラと、馬車が動き出す音が聞こえた。
「わ、我々も逃げるべきだろう。そうだ逃げるべきだ」
相手の大きさにすっかり怖じ気付いたのか、震えた声でベルファクトが言う。そんなベルファクトに、サークはピシャリと言った。
「馬鹿かテメエは。俺達まで逃げたら依頼主を逃がした意味がねえだろうが。俺達は、ここで、あいつを倒すんだよ」
「馬鹿な! あのような魔物、勝てる筈がっ……!」
「出来るかどうかじゃねえ。
「……っ」
サークの強い口調に、ベルファクトが押し黙る。……私も、サークと同意見だ。
出来るかどうかなんて、考えている暇はない。これは、私達がやらなきゃいけない事なんだ!
「くっ……そこまで言うならば策はあるのだろうな!」
「ああ。
「ふん、本来ならばエルフ如きに指図されるなど屈辱だが今は仕方がない、乗ってやる!」
互いに憎まれ口を叩き合いながら、サークとベルファクトの二人がコープスの足元へと駆ける。それに気付いたコープスが足を止め、右手を大きく振りかぶった。
「させない! 『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
その手に私はすかさず、火球を生み出してぶつける。やっぱり魔法が効きにくくなってるのか殆ど燃えはしなかったけど、振り上げた手に衝撃を受けた事でコープスの動きが僅かに止まる。
「ナイスだ、クーナ!」
「助かります、クーナさん!」
二人はそう言うとそれぞれ左右に分かれて右足に辿り着き、擦れ違い様に自分の武器を振るう。右足を通り抜けた二つの斬撃に、コープスの全身がぐらりと傾いだ。
「フッ、確かに戦ってみれば大した事はないようだ」
「おい、くれぐれも油断は……クーナ、上だ!」
「え?」
こっちを振り返って焦った顔になったサークの言葉に、上を見上げる。するといつの間にか、コープスの手が目の前に迫ってきていた。
「不味っ……!」
慌てて後ろに飛び退いた私だけど、コープスの手は私を逃がさなかった。迫る手が一気に加速したかと思うと、私の体はコープスの手の中に収まっていたのだった。
「クーナ!」
「クーナさん!」
叫ぶ二人の視線の先で、私はコープスの手にそのまま持ち上げられてしまう。そして私を捕らえたコープスは、私を掴んだ手に徐々に力を込め始める。
「あ……ぐ……」
「クソッ、クーナさんを離せ!」
骨がミシミシと軋む音に混じって、ベルファクトの焦った声が聞こえる。けどコープスの手の力は、一向に緩む様子はない。
全身を包む激しい痛みと苦しみに、意識が遠のいていくのを感じる。まだ……こんなところで終われないのに……!
「……っオラアアアアアアアアッ!!」
その時意識の遠くから、サークの声が響く。その声に僅かに意識を戻した私は、霞む目を懸命に見開く。
木々が倒された事によって生まれた隙間から漏れ出す白い月の光を背に、サークが一直線にコープスの腕に向かって落ちてきた。そして一刀の元に、私を捕らえるその腕を胴体から切り離す。
「キャッ……!」
私を掴んだままの腕が、クルクルと回転しながら宙を舞う。そして派手な音を立てて、私ごと地面に衝突した。
「いっつぅ……目が回った……」
「クーナさん、大丈夫ですか!?」
痛みと目眩に動けずにいる私にベルファクトが駆け寄り、固まったままのコープスの指を引き剥がす。やっと自由を取り戻した私は、サークとコープスが気になってその姿を探した。
「ウオオオオオオオオン!!」
「!!」
私がサークを視界に捉えた時、サークは今まさにコープスの爪に襲われようとしているところだった。私を助ける為に高い所――恐らくは近くにあるあの大きな木の上から飛び下りたサークは、着地の硬直で動けなくなっているようだった。
そして。
――ザシュッ!
サークの体は、コープスの爪に軽々と弾き飛ばされた。飛び散った血の量は、遠く離れたここから確認出来るほど多い。
「サーク!」
宙を舞ったサークの体は近くの木にぶつかり、動かなくなる。それを認識した瞬間、私はコープスに向かって駆け出していた。
「クーナさん、無茶だ!」
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりてこの身に宿れ』っ!」
走りながら詠唱を終え、両手に灼熱の炎を灯す。そして緩慢にこっちを振り返ったコープスの傷付いた足を、思い切り殴り付けた。
みしりと、肉を穿つ感触が拳に伝わる。それでも私は、拳を止めなかった。
「わああああああああっ!!」
殴る、殴る、殴る。右手で、左手で、何度も。
許せなかった。サークを深く傷付けたこの魔物が。それ以上に、サークをそんな目に遭わせてしまった自分自身が。
「ウオオオオオオオオン!!」
コープスが、地獄の亡者のような大きな唸り声を上げる。そして残された手で、再び私を掴み取ろうとしてきた。
「そう何度も!」
私は地面を蹴って高く飛ぶと、紙一重でコープスの手をかわした。そのまま伸びきったコープスの腕に、回し蹴りを叩き込む。
腐敗しかけた肉が私の蹴りの勢いに千切れ、飛んでいく。それでもコープスにとっては、大したダメージになってないようだった。
「くっ……どうしたらこいつを倒せるの……!」
「……ったく、一人で無茶してんじゃねえよ、じゃじゃ馬」
コープスを睨み付け歯噛みしながら着地したその時、背後から耳慣れた声がした。その声に振り返ると、そこには血だらけのサークが立っていた。
サークは頭と腕から派手に血が出ているものの、致命傷は受けてないようだった。それでも、動けば危険な事には変わりない。
「サーク!? お願い、下がって! こいつは私が……っ!?」
サークに下がるよう私は懇願するけど、私が言い終える前にサークは私を素早く抱え、その場から飛び退く。直後、私達のいた場所をコープスの大きな足が穿った。
「――いいか、よく聞け」
私を抱え、コープスから適度な距離を保ったままサークが口を開く。その目は一心に、コープスの足へと注がれていた。
「あいつの魔法耐性は、どうやら表面だけだ。お前の殴った所をよく見てみろ。燃え始めてる」
言われて私もコープスの足を見て、初めて気が付いた。効いてないとばかり思ってた攻撃――だけどコープスの傷口からは今、黒い煙が上がってる。
「俺が精霊の力で、あいつを足止めする。だからお前はあいつの口の中に、思いっきりその拳を叩き込め」
その言葉に、私は自分を恥じた。サークが傷つけられた事に対して、逆上するばかりだった自分。
けれど命の危機に遭っても、サークはとても冷静で。私の目指した冒険者の姿が、そこにはあった。
――私の憧れた冒険者は、どんな時だって皆で生き延びる事に全力を尽くすものだ!
「解った。ベルファクトさん!」
「な、何でしょう、クーナさん?」
私が声を上げると、離れた所でベルファクトが返事を返した。どうやらあの場所から、動けずにいたらしい。
「ベルファクトさんも私をサポートして。あいつの口の中に、全力で拳をぶち込む!」
「わ、解りました!」
ベルファクトの返事を聞いて、私とサークはどちらからともなく離れる。サークは精霊語で碧色の風の精霊を呼び出すと、コープスに向けて強風を吹かせる。
「風の精霊よ、あのデカブツの自由を奪え!」
「! 奴の動きが止まった……今なら!」
強風に動きを止めたコープスに今度はベルファクトが駆け寄り、煙を上げる足を深く切り裂く。そのダメージに遂に体を支える事が出来なくなったのか、コープスの体が大きく傾いだ。
「トドメよ! はああああああああっ!!」
よろけて地面に突かれたコープスの手を足場に、私は一気にコープスの頭の位置まで飛び上がる。私の意思に呼応するように、両腕の炎が一層激しく燃え盛った。
「ひっさあつ! 『
突き出した私の拳は、コープスの口内に深々と突き刺さり。次の瞬間には、コープスの頭は激しく燃え始めたのだった。
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