第4話 罠

「そらよっ!」


 サークの曲刀が翻って、周りを取り囲んでいたゴブリン達を一気に切り裂く。その確認もそこそこに、サークは倒れかけたゴブリンの一匹を足で強引に押し退けるとその後ろにいる次のグループと対峙する。


「何が乱戦は私の方が得意ー、よ。自分の方がよっぽど大暴れしてるじゃない」


 その様子を後ろで眺めながら、私はむう、と不満を漏らした。後ろで支援に徹するようにって口酸っぱく言われたからそうしてるけど、正直私の出る幕なんて殆どない。

 サークは強い。ゴブリン程度の魔物じゃ束になっても敵わないくらい強い。剣も魔法も、一流のレベルと言っていい。

 さっきのように分散した方が効率的な時はそうするけど、そうでない場合は今みたく何もさせて貰えない事も珍しくない。そうなる度に私の胸は、不満で一杯になる。

 実力を疑われてる訳じゃないと思う。もしそうなら、幾ら必要だからって絶対分散なんかしない。

 多分……サークにとって私は今でも、「ちっちゃなクーナ」のままなんだと思う。自分の目の届くところでは守らないといけないって思わせる、そんな子供。

 それが私は、物凄く不満だ。私だってもう成人したのに。対等な相棒になれるよう、強くなる努力だって欠かしてないのに。

 私は、サークに守られたくて側にいるんじゃないのに……。


「ちいっ!」


 そんな事を考えていると、不意にサークの舌打ちの声が聞こえた。見るとサークの両隣をすり抜け、ゴブリンの団体がこっちに向かってきている。

 この人数を相手に格闘戦をやろうと思うほど、私も無謀じゃない。私は直ぐ様左手を前に突き出し、解放の言葉を唱えた。


「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」


 詠唱の完了と共に、小手から噴き出した二つの火球が左右のゴブリン達目掛けて飛んでいく。ゴブリン達にそれに対抗する手段はなく、みるみるうちに炎に飲まれていった。

 私の魔法――正確にはぎょく魔法って言うんだけど、これは『玉』と呼ばれる発動体を使って自分の魔力を具現化するものだ。玉が具現化する力は玉の属性によって決まっていて、例えば私の玉は火属性なので魔力は火の形にしか具現化されない。

 昔は一番一般的な魔法だったんだけど、玉なしで魔力を具現化する技術が生まれてからは玉が貴重品なのもあってすっかり廃れてしまった。それでも威力はどんな魔法よりも高いんだけどね。

 ちなみにサークの魔法は霊魔法といって、精霊語という特殊な言語を使って自然の中に宿る精霊の力を借りるというもの。精霊語は昔は複雑すぎてエルフにしか扱えないって言われてたんだけど、ある時からエルフと人間の交流が進んで今では人間でも精霊語を習得出来るようになったんだよね。但し習得には相当な年月が必要らしいけど。


「ふう……」


 どうやらサークも、全部のゴブリンを倒し終わったみたい。一息吐きながら、こっちに歩み寄ってきた。


「悪ぃ、全部俺が殺るつもりだったんだが逃がした」

「またそう言う。私にもちょっとは働かせてよっ」

「見回りを全滅させて見張りも殺った。もう十分働いただろ」

「だからって見てるだけは嫌なんですー」

「とにかく、これで全部じゃねえだろうから気を付けて進むぞ。俺から離れんなよ」


 いー、と舌を出してみるけどサークはそんな私を完全スルー。いつもの事だけどね!

 あーあ、早くサークにもう子供じゃないって認めさせたいなあ。



 洞窟の中はゴブリン達が備え付けたんだろう松明が所々に灯っているお陰で、視界に困る事はない。ゴブリンは夜目の利く魔物だけど、光の全くない場所では流石に何も見えないのだ。


「家畜の声がしないな。……もう全部食われたか」


 なるべく足音を立てないように歩きながら、サークが顔を歪める。確かに今まで倒したゴブリン達の数から予想出来る総数を考えれば、数頭程度の家畜なんてとっくに全滅しててもおかしくない。

 今回私達が受けた依頼は、この近くにある村を襲ったゴブリンの駆逐と奪われた家畜達の奪還。けどこの様子じゃ、家畜達の奪還の方は達成出来なさそうだ。

 少しの食物があれば、爆発的に増える。ゴブリンは弱い魔物だけど、この習性のせいで見かけたら早く全滅させないと大変な事になるのだ。


 いつゴブリンが現れてもいいように、警戒しながら探索を進める。辺りは静かで、何の物音もしない。


「……静か過ぎるな」


 先を行くサークがポツリと呟く。私も、少し様子がおかしいと思い始めていた。

 前に引き受けたゴブリン退治の時は、それこそひっきりなしにゴブリンが湧いて出てきた。全部退治し終わった時には、体力も魔力もすっかり尽きていたぐらいだ。

 それに比べると、私達が今日倒したゴブリンの数は明らかに少ない。ゴブリンは基本的に夜行性。外の見回り部隊を除けば殆どが根城にいる筈のこの時間帯なのに、ここにいたのは見回り部隊と同程度の数のゴブリンだけだ。

 そして奪われたという家畜。それをもう全部食べ尽くしているなら、余計にこんな程度の数のゴブリンで終わる訳がない。


「まさか……いや……だとすると……」


 私と同じ事を考えてるんだろう、サークが考え込むようにブツブツと独り言を口にする。それでも足を止めないのは、流石としか言いようがない。


「……クーナ。急いでこの洞窟の調査を終わらせるぞ。もし他にゴブリンが出てこないようなら……」

「うん。すぐ村に戻った方がいいね」


 お互いに顔を見合わせると、私達は足音を殺すのを止めて走り出した。

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