第2話 変わる世界

 今から八十年くらい前。世界には、魔物なんて殆どいなかった。

 時々、本当に時々魔物が出る事もあったけど、幸い大きな問題にはならなかった。大半の人達にとっては、噂話の中だけの存在だった。

 それよりも問題になってたのは、人間同士の争い。各地で国同士の戦争が起きたり、冒険者くずれや戦争難民が徒党を組んで盗賊化したり。

 当時の冒険者ギルドは何とかこの問題を無くそうと尽力したけど、完全にはなくならなかった。そのくらい根深い問題だったんだ。


 けどそれは、ある時突然終わりを告げる。


 それは、サークと私のひいおじいちゃまが一緒に冒険し始めたばかりの頃。突然世界の各地で、魔物が大量発生した。

 当然、各国は大混乱。どこも人間同士の戦争どころじゃなくなって、戦争は世界から自然消滅した。

 各国の軍隊と冒険者ギルドの必死の応対のお陰で、壊滅的な被害は出ないで済んだけど……。それから世界には、日常的に魔物が出没するようになった。

 それに伴って冒険者の仕事もその殆どが魔物退治になって――。現在に至るまで、それは続いてるっていう訳。


 私、クーナ・アウスバッハは、十四の歳に故郷を飛び出し冒険者になった。冒険者になって今年で二年。街から街への旅暮らしも、大分板に付いてきたんじゃないかなって思ってる。

 冒険者になる事は、小さな頃からの夢だった。それは何よりも、私が産まれる前に死んでしまったひいおじいちゃまへの憧れからという部分が大きい。

 クラウス・アウスバッハ。世界で知らない者はいないと言われる大賢者。それが私のひいおじいちゃま。

 ひいおじいちゃまは当時誰も再現出来なかった、遥か昔に使われてたって言う『魔力を物質に宿し恒常的に使用出来るようにする』技術を再現し、現代に蘇らせた第一人者だ。その一方で冒険者としても名を馳せ、多くの人達を魔物の脅威から救ったって伝えられてる。

 まだ小さかった私に、ひいおじいちゃまの数々の冒険譚を教えてくれたのはサークだった。中にはとても信じられないような話もあったけど、その一つ一つを聞く度にいつもワクワクドキドキしてた。

 ひいおじいちゃまが冒険者になったのは十四歳の時。だから私も、十四歳になったら冒険者になるんだって決めていた。

 もっとも、いざそれを家族に告げた時は猛反対されたけど。もしあの時たまたまサークがうちに来て、私の保護者になると言ってくれなかったら私は今頃こうしてなかった。

 それに……嬉しかった。憧れの冒険者になれるだけじゃなく、サークと一緒に旅が出来る事が。

 だって私は、昔からサークの事が――。



「……い。おい、クーナ!」


 突然耳元で聞こえた声に、ハッと我に返る。振り返ると、サークが咎めるような目で私をじっと見ていた。


「あっ、えっ、サーク?」

「「サーク?」じゃねえよ。仕事中に考え事たあいい度胸だ」

「う……ごめんなさい……」


 何も言い返せずに、私はしゅんと肩を落とす。またサークに怒られちゃった……。

 でも、ここで引き摺っちゃ駄目。気持ちを切り替えていかなきゃ。


「ええと、それで、何?」

「そろそろゴブリン共の根城に着くから準備しとけ。奴らは繁殖力が強い。俺達を襲ったその倍は軽くいるだろうからな」

「うん、解った」


 サークのその言葉に、いつでも戦えるよう拳を握り締める。今ではすっかり手に馴染んだ小手の感触が、掌から伝わってくる。

 これはひいおじいちゃまが現役時代に使っていた小手。家族の中で唯一私の夢を応援してくれたひいおばあちゃまが、餞別にとくれたものだ。

 この小手に誓って――私は必ず、立派な冒険者になる!


「着いたら一気に行くぞ。一匹足りとも逃がすなよ」

「了解!」


 私はそう力強くサークに頷き返し、林の奥深くへと進んだ。

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