#47 一撃
「いくわよ!」
マッツは手始めに指を威嚇するようにボキボキと鳴らしつける。
それに対して秋は崩れた表情で平静を装おうとする。
「いつでもかかって来て下さい」
「ふん、いいわ!その生意気な口、今にでも封じてあげる!」
ガッ!と地面を抉る音と共に、その巨体が秋に向かって襲いかかった。
秋は咄嗟に取り出した剣で反撃しようと企むが、判断虚しくマッツの手刀により錆びた
武器は効かないと悟ると、後方にジャンプして間一髪で攻撃を躱す。
しかしスピード、パワー、全てでマッツに劣っている秋に逃げる猶予は残されていない。
そのまま猪の如き猛突進をノーガードで受けると内臓が弾けるような衝撃が降り掛かる。
「ぐあぁっ!」
『マッツ選手のタックルが決まったぁ〜っ!』
「うっさいわよ!」
受け身も取れずそのままアリーナの壁に激突すると、口内から胃液と血の混じったドロドロとした液体が飛び出た。
「おい、決闘なんだよなあれ?」
「いくらなんでもやりすぎじゃねぇか……?」
全身が……動かない。
神経が壊れてしまったのか、痛みを通り越して何も感じることが出来ない。
脳が麻痺したように思考が停止する。
耳に入る音もなく、まるで静寂の中。
体の触覚が鈍り、突き刺さる瓦礫の破片が身体に異物があるという違和感を残す。
唯一鮮明に感じるのは、鼻を刺すような血と汗の匂いと、苦く不快感を感じる鉄の味だった。
「あ……ぅ」
一撃だって耐えれてないじゃないか。
ぼやけた視界に追い討ちを掛けるような乾いた紅い涙、頬を伝って顔を染める。
ズタズタに引き裂かれた覆面が、僕の顔から剥がれて落ちた。
それを嘲笑うようにマッツが壁のオブジェクトと化した僕を見下ろしてきた。
アクションを起こそうとするけど、手も足も、どこも動かなかった。
「無様ね、やっぱり弱いわよあんた」
「っ──」
知ってる、知らないわけないじゃないか……。
そんな当たり前みたいなこと……!僕が身をもって一番知っているんだって。
散々言われてきた事だ、守れなかった僕に何ができるのかって話だよ、本当に。
たった一人の妹にすら見限れるような酷い兄だって、自覚している。
たった一人の少女すら守れないような弱い自分だって、知っている。
自分のことすら気が使えない不器用な人間だって、知っているって。
「……ぁ」
「何を言おうとしてるのかしら、降参したって赦さないわよ」
声が出ない、出せない。出せない!
なんでこんな目に……あぁ、いっそもう死なせて欲しい。早く殺してよ……。
こんな使い物にならない体じゃもう希望なんてない、動かない体じゃ何もできない。
こんな理不尽な世界、早く抜け出したい。
恨めしいよ、全て恨みたくても怨みきれないよ……!
ラクトさん、何で処刑の時そのまま逝かせてくれなかったんだ。
ネルさん、何で僕なんかを助けようとしたんだ。
二ファ、何で僕なんかについて来てしまったんだ……。
柊、何で居なくなっちゃったんだろう。
リリア、何で僕は守れなかったんだ……?
もう何もかも分からない、マッツは何故僕に対してここまでするんだ。
「ああぁ……」
「あああって何よ?言ってみなさいよ」
怨めしい、何よりも僕自身が。
何もできない僕が、弱い僕が、誰かに守られているだけの僕が憎くて堪らない……。
何でこんなにも無力なんだ。
内臓が崩れて、それでグチャグチャになって。それなのになんでまだ僕は生きてるんだ?
「気に入らないわねその諦めたような態度、もっと吠えて見せなさいよ。狩り甲斐のない子だわぁ」
僕に何を求めているっていうんだ、もういい。どうせ放ったらかせば僕は直に死ぬんだ。だって今、全身から血が溢れて止まらない、段々生気が抜けていってるのが感覚で分かる。
「条件を追加してやってもいいわ」
「な……?」
「私に勝てたら、あなたの妹は返すわ」
返す?返すって……なんだ?
そっち側に行ったのは柊の意思だ、柊が選んだ事じゃ……?
「妹は……ぼくに、失望、して」
だってそうじゃなかったら一体なんの為に僕を裏切る必要があったって言うんだ。
「信じるかはあなた次第よ、私にとってはどうでもいいことだけど」
「なっ……、うそ、だ」
そんな、そんな。そんな……!
嘘だ、これはマッツの嘘だ!
「そういう指示なの、わたしだって言われなかったら今すぐに殺してるわ」
「指、示……?」
「なんでもいいじゃない。まぁこのまま無抵抗で死にたいなら諦めるのもありじゃないかしら」
どうにも嘘をついているようには見えない。
ますます、分からない。顔色を変えずに平然と殺人をする彼がなぜ僕に対してそう言ったのか。
きっと、その”指示”の相手は僕の想像も付かないほどの人物なのだろうと容易に想像できる。
もし本当だとしたら?柊が危険な目にあうなんて事があったら?
喋ったせいか喉に何かが詰まって呼吸が辛くなる。その異物を吐き出そうとすると大きな咳とともに赤黒い固形物が口から飛び出た。
何か出てしまってはいけないような物、みたいな。
拍子に体が軽くなる様な気がした、何かの
僕は瓦礫から崩れ落ちる、ボロボロになって破片の刺さる体を支えながら、マッツの元へと歩み出す。不思議と痛みは伴わず、むしろなんでもできる気がした。
「一撃は耐えたようね」
「……」
血の混じったよだれを手で拭う、もうどれだけの血が流れてるか分からない。でも動く、体は動いている。
辛うじて繋ぎ止めている、首の皮一枚といったところだ。そうだとしても、僕は役目を果たさなきゃならない。
柊が待っているのだとすれば、僕は約束を守らなくちゃいけない。
止まることはできない。止まってしまったら、多分そこで僕は終わってしまうから。
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