第6話 オーディション

「だから、一度行ってみなよ」

 と、男は妻に声をかけた。食卓に広げた新聞の広告欄に、タレント募集の記事が大きく出ている。彼はその記事を指差して、乗り気のない妻をもう一度振り返った。

「君みたいな美人が普通の主婦だなんてもったいない話だよ。その顔、その体、その足、今テレビに出ているどんな美人タレントにも負けないね」

「バカ言わないでよ、そんな夢みたいなこと。だって私、演技の勉強なんてしたことないのよ」

「この記事をよく読んでごらんよ。演技なんて二の次さ。問題はテレビを見た人々がどれだけ君に魅力を感じるかということなんだ」


 声優は声がきれいで演技力があれば、容姿などどうでもいいことだ。逆に、化粧品や下着のコマーシャルには、指タレントとか肌タレントとかいう専属のモデルがいるらしくて、そういうタレントには声も演技力も関係ない。

 あるストッキングメーカーのタレント募集の会場では、「足がすらりときれいな女性」のオーディションが行われていた。

 その審査も中盤に入った頃である。エントリーナンバーが読み上げられて、舞台に現われたのはひとりの若い男性だった。

 会場中が意外な出来事にシーンと静まった。司会者も次の言葉を捜すのにもたついている。

 審査員のひとりが、マイクを持って舞台の上の男にしゃべりかけた。

「男性のあなたがエントリーしているのですか?」

「いえ、私の妻なのですが、どうしてもここには来たくないと言い張りまして、朝からそのことでケンカになってしまったような次第でして……」

「それじゃ困るよ。男の君が代わりに来たって」

 審査委員のひとりが声を上げて笑い出だすと、次々と笑い声が洩れ、おしまいには会場中が爆笑のうずとなった。

 男は申し訳なさそうにうなだれた。

「仕方がありませんでしたので……」

 そういって、傍らに置いてあったキャディバッグを手元に引いて、彼はその中からおもむろに「モノ」を取り出した。

「見て下さい」


 血の気がすっかり失せてしまったその「モノ」は、確かに他の誰のものよりも白く美しかったのである……。

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