ショタっ娘のお祭りデビュー(32)

 十月にコスプレ、もとい、仮装をするイベントと言えばもうあれしかないのだが、ミオはまだそのイベント自体を知らないらしい。


 まぁ、にわかに脚光を浴びるようになったのは、ここ十数年前からの話だし、何より、この子はろくにテレビを見られない環境で育ってきたのだから、流行に疎くなるのもやむ無しだろう。


「ちょっと腹が減ってきたなぁ。どうやら、おせんべいとラムネだけじゃ足りなかったみたいだ」


「晩ご飯、少なめにしてきたもんね。じゃあお兄ちゃん、何か食べに行く?」


「うん、そうしよう。今度は腹いっぱいになるくらい、ボリュームのあるものがいいな」


 俺がそう答えるなり、ミオはその場で目を閉じ、鼻をすんすんと鳴らし始めた。


 どうやらミオは、その子猫ちゃんばりの嗅覚でもって、おいしいものの在り処を嗅ぎ当てようとしているらしい。


「お兄ちゃんお兄ちゃん。あっちの方から、ソースのすごくいい匂いがするよー」


「ソース?」


 ミオが指し示した方角からは、確かに、ソースが焦げたようないい香りが漂ってきている。


 この、胃袋を直接刺激してくるかのような誘惑は、おそらく焼きそばによるものだろう。


「ミオ。その匂いは焼きそばだと思うよ。うまそうだから食べに行ってみよっか?」


「うん! そうしようー」


 すんなりと話がまとまったので、俺たちは射的による戦利品が詰まった袋と共に、焼きそば屋へと直行する。


 するとそこでは、大きな鉄板の上で、ソースを絡めた大量の麺と具材が、ジュウジュウと音を立てて焼かれていた。


「わぁ。すごくたくさん焼いてるんだねー」


「さすがに、これは一人分じゃないよな? 焼き上がったら小分けにして、パックに詰めていくんだと思うけど……」


 という話をしながら、お品書きが書いてあるプレートに目をやって分かったのだが、どうやらこの店では、大盛りに並、そしてミニという三つのボリュームに分けて焼きそばを売っているらしい。


「ミオ。ほら、ここに書いてあるよ。たくさん食べたい人のために、大盛りが用意してあるみたいだね」


「そうなんだ。お相撲さんとかが食べるのかな?」


「はは。お相撲さんが来ていれば選びそうではあるけどな。あるいは、ここへ来るまでに飯を食わずに来た人向けじゃないか?」


「なるほどー。このお店の焼きそば、すごくいい匂いがしておいしそうだし、いっぱい食べられそうだもんね。すんすん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る