実食、イカ料理(2)

 こんがり焼けたイカの匂いを嗅ぐと、どこにいても、イカ焼きの出店が近くにあるかのような錯覚に陥るんだよな。


「んー。ぽっぽ焼き、甘辛くておいしーい」


「そう、これだよこれ。懐かしい香りだなぁ」


「懐かしい? お兄ちゃん、前にもこれ食べた事があるの?」


「うん。子供のころに行ったお祭りの屋台でね」


 俺たちが今、口にしたぽっぽ焼きの味付けには、醤油と味醂、そして少しばかりの砂糖が使われている。


 ガキんちょの時の俺が夏祭りの屋台で嗅いだイカの姿焼きは、ちょうどこんな感じの、焦げた醤油の香ばしさを出していたんだよな。


 刺し身と言い、寿司と言い、そしてこのぽっぽ焼きと言い、やっぱり海鮮ものには醤油がマッチするように出来ているのかねぇ。


「ねぇお兄ちゃん」


「ん? 何だいミオ」


「お祭りって今でもやってるの?」


 その質問に一瞬耳を疑ったが、厳格な教育方針の児童養護施設で育ち、大人に心を閉ざして生きてきたこの子は、おそらく縁日に出かけた事も無ければ、お祭り自体が何なのかもよく分かっていないのだろう。


 そこへ来て俺の子供時代の話をしたもんだから、お祭りは昔のもよおしだったと思い込んでいるのではないだろうか?


 だとしたら、お祭りについてもう少し詳しく説明してあげる必要があるよな。


「お祭りは今もやってるよ。例えばうちの近所なら、裏山にある嘉良詰からつめ神社が毎年納涼の夏祭りをやるんだよ」


「そうなんだ。夏祭りって何をするの?」


「オーソドックス、もとい、一般的な神社では、無病息災なんかをお祈りしたりするんだろうけどね」


「ムビョウソクサイ……」


 横文字が苦手なミオのために言葉を変えて説明したのだが、今度は四文字熟語の意味で引っ掛かってしまったらしい。


「要するに、みんなが元気でいられますようにって事だな。ただ、さっき言った嘉良詰神社のお祭りは納涼祭だから、参加したい人はただ涼みに行って、屋台を見て回って楽しむだけでいいのさ」


「ふーん。それって、ボクも行ってもいいの?」


「もちろんだよ。今年の納涼祭は確か、八月の六日と七日にやるそうだから、そのどっちかの日に行こっか」


「うん! ありがとうお兄ちゃん。すごく楽しみだよー」


 また俺と、一緒にお出かけできる機会が増えたのがよほど嬉しく、そして待ち遠しさをこらえきれなかったのか、ミオは箸を止めていたぽっぽ焼きを、一気に平らげてしまった。


 急いで食べてもすぐにお祭りの日が訪れるわけじゃあないんだけど、その気持ちはよく分かるよ。

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