夜のデートはイカ尽くし(3)

「大丈夫だよ、ミオ。お金の事なら心配しなくていいからね」


「ほんと? お兄ちゃん無理してない?」


「ははっ、ほんとさ。仕事も順調だし、冬になればボーナスがたくさん貰えるからな」


「ボーナス?」


「そう。会社がお仕事を頑張った人にくれる、特別なお給料の事だよ」


 今年の夏、ミオと二人で高級リゾートホテルに二泊しようという気になったのは、佐藤の値切りもあるが、やはり夏に振り込まれたボーナスの支給額がかなり多かったからだ。


 もうすぐ二十八歳になろうかという俺でも、夏だけでおよそ七十万円貰えたら、そりゃ贅沢の一つもしたくなるよな。


 俺自身、特に物欲らしい物欲は無いから、ボーナスの半分は将来設計のために貯金へ回し、残りは我が子であり、恋人でもあるミオを喜ばせるために使いたいと思ったのである。


「そのボーナスに比べれば、伊勢エビの詰まったおせち料理も安いもんだから、お金の心配はいらないのさ」


「そうなんだ。よかったぁ」


「ミオ、いつも気にかけてくれてありがとな。優しい子に育ってくれて、俺は嬉しいよ」


 俺はそう言って、ミオの頭を撫でようと左手を助手席の方へ伸ばす。


 とは言え運転中で、前を見ながらの行動だったので、その左手がなかなかミオの頭の高さへと届かない。


 するとミオは、俺が伸ばした手を優しく握り、手のひらに頬をこすり付けて甘えだしたのだった。


「お兄ちゃん、大好き……」


 くぅー、かわいい。


 うちの子猫ちゃんは、もう完全に恋する乙女と化しているな。


 ショタっ娘の持つ女の子らしさがここまで極まってくると、もはや俺がショタコンなのか、あるいはロリコンなのかすら分からなくなってくる。


「ねぇねぇお兄ちゃん。お店、空いてるかな?」


 ひとしきり甘えた後、俺の左手をそっと離したミオが、イカ料理専門店の混雑具合について尋ねてきた。


「んー、どうだろう? 休み前の土曜日だからなぁ。ただ、二人分の席は予約してあるから、俺たちは待ち時間なく座れるはずだよ」


「静かなお店だといいねー」


「そうだな。それは俺も同感だよ」


 一応、参考としてグルメサイトに書き込んだ来店客のレビューを読んだところ、店の雰囲気ふんいき自体は良いらしい。


 ただ、その雰囲気というのが、賑やかだからそう言っているのか、あるいは静かで食事をゆっくり楽しめる環境という事なのかが、今ひとつ判然としない。


 俺とミオの共通点として、大きな音が苦手というものがある。


 なので、もうすぐで着く『烏賊貴族』の店内が、他の客……とりわけ酔っ払った客によるバカ騒ぎでうるさかった場合、静かにイカ料理を食べに来た俺たちにとっては、店の居心地は至極悪くなる。


 さすがにそういう迷惑行為は無いと信じたいが、さっきのが飲兵衛によるレビューだったら、雰囲気の良さなんてアテにならないよなぁ。

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