夏のマリンアクティビティ(4)

「ねぇお兄ちゃん。おみやげの事なんだけど」


「うん?」


「ここ見て。ホテルの中に売店があるでしょ?」


 ミオは先ほどから見ていた館内マップをもう一度俺に見せ、写真付きで紹介されている〝売店〟の文字を指で示した。


「このお店で何か買えないかな?」


「あ。そういや売店があったのか。昨日は全く気付かなかったな」


 売店の紹介写真をよく見てみると、どうやらみやげ物の定番である、箱詰めのお菓子類も多数陳列されているようだ。


「いいね。ここならいろいろ揃ってそうだ」


「でしょ?」


「ミオ、助かったよ。さっきまで、もう一回昨日のお店に行かなきゃって思ってたから」


「そこまで考えてたの? おみやげって、結構気を遣うんだね」


「いやまぁ、そこは俺の考えすぎなところもあるんだけどね」


 とは言ったものの、佐藤には、まず予約を格安で譲ってもらった恩があるので、あいつへのみやげ物は欠かせない。


 会社に対しても、有給休暇を出してここに来ているので、義理を果たすという意味でも、何らかのおみやげを持って行った方がいいだろうと思うのである。


 本来、有給休暇を取るのは自由なのだけれど、俺が休んだ分を他の誰かが穴埋めてしている事が想定されるため、そのお礼、あるいはお詫びみたいな側面も持ち合わせているのだ。


 ……というような大人の事情を、ミオに語る必要はないだろう。


 ミオには、楽しい思い出を作ってもらいたくてここまで連れて来たわけで、決してややこしい話をしに来たわけではないのだから。


 なので、気を遣っている事は確かなのだが、俺の考えすぎと答えておけば、何ら差し障りなく、この子も遊びに集中できるだろうと踏んだのである。


「とにかく、晩ご飯までには売店に寄ってみるよ」


「ね。ボクも行ってもいい?」


「もちろんいいけど。退屈させちゃうかもだよ」


「平気だよー。お兄ちゃんと一緒にいられるなら、何だって楽しいもん!」


「ミオ……」


 ほんとにいい子だなぁ。俺のド忘れのせいでみやげ物を買いそびれたというのに、売店にまで付き合ってくれるというんだから。


 ミオはきっと、いいお嫁さんになれるな。


 男の子だから、という問題はこの際置いといて、こんなに優しいミオが伴侶として常に一緒にいてくれるのなら、俺もきっと充実した、心の安らぐ日々を送れると思う。


 ――燦々さんさんと輝く太陽の下で、俺たちはしばらく他愛のない話をしながら、波に揺られてのんびりと過ごし、時には全速力で漕いでみたりして、一時間足らずのペダルボートを満遍まんべんなく遊び尽くした。


 ミオもずっと笑顔で喜んでくれた事だし、何より安全だったし、このアクティビティを選んだのは正解だったかな。


「お帰りなさい。お疲れ様でしたー」


 スタッフさんが膝まで水に浸かりながら、乗り場に戻ってきた俺たちのボートを丁重に迎えてくれる。


 お疲れ様でした、かぁ。ぴったりな言葉だな。


 確かに、変わった姿勢のままペダルを漕いだ事で、普段は使わない筋肉をフル稼働させたような、不思議な疲労感がある。


 これ、明日には足が筋肉痛になるパターンかな。

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