初めての海水浴(8)

「いやぁ、優しいなんて大げさなもんじゃないよ。これくらい普通だって」


「そんな事ないです! 僕、同じ男として、お兄さんにはすごく憧れちゃいます」


「そう言ってもらえると嬉し……えっ? 男?」


「はい! 男の子です。僕、如月きさらぎレニィっていいます」


「そ、そっか。レニィ君、男の子だったんだね。すごくかわいいから、てっきり女の子かと思っちゃったよ」


「そんな、恥ずかしいです……」


 と言いつつも、本人はかわいいと言われた事がまんざらでもないのか、ボールを抱っこしながらもじもじとしている。


 まさかとは思いつつ、心のどこかでそんな気はしていたが、この子もミオと同じ〝ショタっ娘〟だったわけだ。


 道理で男女の判別がつかないわけだよ。


「あの。よかったら、お兄さんのお名前も教えてもらってもいいですか?」


「うん、いいよ。俺は柚月義弘ゆづきよしひろっていうんだ。よろしくね」


「はい! よろしくお願いします!」


「レニィ、早くボール持ってきてよー」


 陰になったビーチパラソルの向こうから、レニィ君を呼ぶ少年の声がする。


 たぶんこの子は、親兄弟と一緒に泊まりに来たんだろうな。


「あ! そろそろ行かなくちゃ。柚月さん、またお会いできますよね?」


「え? そうだなぁ、明日のチェックアウトまではホテルにいるから、それまでには会えるかもね」


「また、お話できるのを楽しみにしてますね。それじゃ僕はこれで……ほんとにありがとうございました!」


 レニィ君は深々とお辞儀をすると、ボールを大事そうに抱え、彼方へと走り去っていった。


 かわいくて礼儀正しい子だったなぁ、名前から察するに、あの子はハーフなのかな?


 あるいはキラキラネームだったりして。


 また話ができる事を楽しみにしているって言ってたけど、もしかして、俺なんかに一目惚れしちゃったのだろうか?


 いや、まさかな。


 とにかく、ボールの一件もこれで片付いたことだし、そろそろ砂遊びの方に戻ろう。


 かと思って後ろへ向き直したら、さっきのやり取りを遠目で見ていたミオの表情が一変していた。


「……むー」


「ミ、ミオ? どうしたんだい?」


「お兄ちゃん、今の子と仲良くしてたー」


「いっ!?」


 ヤバい、このジト目は俺を疑っている時の目つきだ!


 ひょっとして、さっきのレニィ君とのやり取りを見て、ミオがやきもちを焼いてしまったのか?


 だとしたら、変にこじらせないうちに、誤解をといておかなくてはならない。


「ミオ、違うんだよ。今のはちょっと名前を聞かれただけで……」


「浮気してたんじゃないの?」


「う、浮気って。そんなわけないじゃん」


「ほんとかなぁ。お兄ちゃん優しいから、他の子にも好かれそうだもんね」


 俺を疑っているのか褒めているのか、どっちつかずな発言だが、とにかくミオにとっては、あの子と会話していたのが浮気だと映ったらしい。


 俺に一切やましい事は無いというのに、何だか針のむしろに座らされているような気分だ。

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