作戦会議(4)

「お兄ちゃん、これなぁに?」


 ミオはアクティビティ案内に載っている、一枚の写真を指差して尋ねてきた。


「どれどれ。あぁ、これはグラスボートだね」


「ぐらすぼーと?」


「そう。ボートってのは船の事でね。船の底がガラスになっていて、そこから海の中の様子を眺められるって仕組みなのさ」


「そうなんだ! じゃあお魚さんを見たりできるの?」


「見られるだろうね。中には、すごく大きな魚がいるかも知れないよ」


「いいなー。ボク、これに乗ってみたーい」


 おお、思わぬ食いつきのよさだ。


 さっきまでは体を使って遊ぶ事ばかり考えていたが、佐貴沖島さきのおきしまの海中をゆったりと観察するのも楽しいだろうし、魚が好きなミオにとっては、最もうってつけなアクティビティかも知れない。


 しかも、こういう体験は、夏休みの課題として出された日記帳を埋める、格好のネタになるだろうから。


「よっしゃ、じゃあ明日はグラスボートにも乗ろう」


「うん! ありがとうお兄ちゃん」


 ウサちゃんのぬいぐるみを大事そうに抱えながら、ミオは俺に寄りかかって甘えてきた。


「すりすりー」


「よしよし。今日のミオは、いつもより甘えんぼうだなぁ」


「だって、今日はお兄ちゃんとずっと一緒にいられて、幸せなんだもん」


 頭をなでなでされて喜んでいるミオからは、いつもと違うシャンプーのいい香りがした。


 この子にとっては、すごく高級感があって、おいしいご飯を食べられるホテルに泊まれた事よりも、一日中、俺と一緒にいられる事の方が一番に来るらしい。


 そう言ってもらえると、俺も里親冥利に尽きる。


「あ。でも明日は雨が止むかなぁ」


 しばらく夢中で甘えていたミオは、ふと我に返り、窓の外でシトシトと降り続ける雨の心配をし始めた。


「さっきの予報通りなら、雨が降る確率は三十パーセントだろ? なら、きっと大丈夫だよ」


「だといいけど」


「ね。あんまり気にしても仕方ないって。今降っている雨なんて忘れてさ、明日もまた楽しく遊ぶ事だけ考えようよ」


「……うん、そうする。明日もいっぱい遊ぼうね」


 ミオは、普段は明るい性格で、天真爛漫てんしんらんまんなところが魅力的なのだが、意外と心配性な一面もあるらしい。


 だからこの子には、そんな心配のタネを取り除いてあげる役目を担う人が必要なんだ。


 正直、俺に明日の天気を曲げる事なんてできないけど、だからと言ってネガティブな発言をしたって、何の解決にもならないからな。


 そういうわけだから、俺はミオが安心して、ぐっすりと休めるように、努めて明るく振る舞ったのだった。


 明日の作戦会議も無事に終わったので、ミオは課題の日記を書き、俺は現在の所持金をチェックする。


 明日のアクティビティには利用料金が別途かかるので、もし財布の中身が心もとなかったら、最寄りのコンビニATMでお金をおろしてこようかと思ったのだ。


 今あるお金は一万円札が四枚に、千円札が六枚。そして小銭が少々。


 何だ、意外と余裕があったな。


 二人分のアクティビティ利用料金と雑費を考えても、およそ半分くらい持っていけば、きっと事足りるだろう。


 残りは、もしお金を落としたなどの不測の事態に備えて、保険として金庫に保管しておくか。


 後は頼むぞ雨雲。空気を読んで、今日のうちにどこかへ行ってくれ。



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