魚釣りと温泉(8)

 このホテルの温泉は露天風呂と大浴場の両方が利用できるそうで、効能としては関節痛や筋肉痛、腰痛やリウマチ、そして疲労回復が期待できるとの事だ。


 今日は移動疲れもあるし、観光地をいろいろ見て回り、魚釣りをして遊んだから、程よい疲労感がある。


 明日また目一杯遊ぶために、じっくりと温泉に浸かって旅の疲れを癒やそう。


 俺はもちろん男湯に、そしてショタっ娘のミオは……やはり男湯へと入った。


 ミオは一緒に風呂に入れる事がすごく楽しみなようで、ひょいひょいと服を脱いでいくのだが、俺はあまり気乗りがしない。


 ほんとにいいのかなぁ、ここまで女の子っぽさに溢れるミオと同じ湯に浸かるなんて。


 俺はミオから遅れて大浴場へと入り、洗い場で高級感溢れる木製のバスチェアに腰掛ける。


 先に入って待っていたミオは俺の隣に座り、こんな提案をしてきた。


「ね、お兄ちゃん」


「ん?」


「ボクが、お兄ちゃんの背中を流してあげるね」


「え。いいのかい?」


「うん。いつもいっぱい優しくしてくれるお兄ちゃんに、お返しがしたいの」


「そんなの気にしなくていいのに。俺たち家族だろ?」


「ありがと。でも今日はお手伝いさせて? おねがーい」


「分かったよ、じゃあ頼んじゃおうかな」


 その返事を聞くや、ミオは大喜びで俺の背中に回り、ボディタオルに泡を立て始めた。


 背中を洗いたい方からお願いするって変な話だよな、もっと素直に頼めばよかったよ。


 こうして誰かに背中を流してもらうなんて、それまでひとり者だった俺には、人生で初めての経験になる。


 俺が子供の時分、親父と一緒に風呂に入っていたころは、よく親父の背中を流してたもんだ。


 体や頭の洗い方を教わったのも親父からだし、そういうのは代々受け継がれていくもんなんだろうな。


「ごしごしー」


 ミオは楽しそうに俺の背中を洗ってくれる。


 もしかしてこの子は、ずっとこんなコミュニケーションを取りたかったのかな。


 だとしたら、それをずっと避けてきた俺は、ミオに悪い事をしてしまっていたのかも知れない。


 女の子っぽく見えるからという理由なんて、もう、どうでもよくなってきた。


 いかにショタっ娘と言えどもミオは男の子なんだし、何より俺の大切な家族なんだから、家に帰ってからも一緒に風呂に入って、柚月家流の洗い方を伝授してあげよう。


「お兄ちゃん、お湯流すねー」


「うん、ありがとう」


 ミオがシャワーを使い、背中の泡を丹念に洗い流してくれた。


「ミオ、ありがとな。おかげで綺麗になったよ」


「よかった。……ほんとはね、背中を流すのは初めてだから、力が強すぎないか心配だったの」


「すごくいい気持ちだったよ。今度は俺がやってあげよっか」


「え? ボクはいいよー。ボクまでやってもらったら、お兄ちゃんのお手伝いにならないもん」


「まぁまぁ、いいから。ほら座って」


「でもぉ」


 俺は遠慮するミオを再び隣に座らせ、体を鏡の正面から横向きにし、洗いやすい体勢を取る。


 そして、備え付けのボディーソープを泡立てたボディタオルで、ミオの小さな背中を優しく洗い始めた。


「痛くない?」


「うん……お兄ちゃんにごしごししてもらうの、気持ちいいよー」


「今日はいっぱい汗かいたから、よく洗ってサッパリしような」


「そだね。お湯に浸かるのも楽しみだなぁ」


 子供の体だから、面積の小さい背中だけではすぐ終わるため、両腕もついでに洗ってあげた。


 後は泡を流して、これで洗いっこ終了。

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