初めての通知表(9)

 通常、児童養護施設に入所している子供は、施設から近隣の学校に通う事になっている。


 両親や親戚などの身寄りがいない子にとって、施設は唯一の保護者であり、そして家でもあるからだ。


 その家である施設から通学して勉学に励み、夏休みには他の子と同じように課題をもらって帰り、各種イベントにも参加するのが一般的なようである。


 だが、ミオのように、捨て子にされた事を知って心を閉ざし、大人に不信感を抱き、対人関係を持つ事を強くこばんできた子たちを、無理やり登校させるわけにはいかない。


 そのため、ミオが入所していた施設では、独自の学習環境を構築し、職員が不登校児に勉強を教え、学校にも劣らない教育水準を維持してきたのだ。


 だから、ミオは今の学校に途中編入したにもかかわらず、あんなにいい成績を取って帰ってきてくれたのだろう。


 あの時、俺と再び出逢い、同じ家で暮らし始めた事によって、ミオは大きく変わった。


 かつてミオを苦しめていた孤独感は、いつの間にか、すっかり消え去っていたのだ。


 だから学校にも通えるようになったし、友達も男女を問わずたくさんできた。


 そして少しずつだけど、俺以外の大人にも心を開きつつある。


 前を向いて生きようとしているミオに、無理に暗い過去の事を振り返らせる必要は無いと思い、あえて学校に通っていなかった訳を聞かない事にしたのだ。


「ミオ、宿題で分からないところがあったら、遠慮せずに聞いてもいいからね。俺でよければいつでも教えてあげるよ」


「うん、ありがとう」


 ミオは宿題の冊子をテーブルに置くと、俺の横に座り、もたれかかるように肩を寄せた。


「ねぇ。お兄ちゃん」


「……ん?」


「もっかい、甘えてもいい?」


「いいよ。いっぱい甘えておいで」


 その返事を聞いたミオは、大喜びで俺の膝の上に乗っかり、その小さな体を俺の胸に預け、顔をうずめる。


 明日から学校がお休みになる事で気持ちが開放的になったのか、少し大胆な甘え方だ。


 俺はそんなミオの体を両手で抱き、背中を軽く、そして優しく、リズミカルにポン、ポン、ポンと叩く。


 この子は頭なでなでの次に、こうされるのが大好きで、抱っこされた時はいつもおねだりしてくるのだった。


「好きだよ……お兄ちゃん。だーい好き」


「俺も好きだよ、ミオ」


 さみしがりやなゆえに甘えんぼうで、だけど明るくて、いつも元気な笑顔を見せてくれる子猫系ショタっ娘、それが今のミオだ。


 この子にとって大切なのは過去を振り返る事ではなく、これからの人生をいかに楽しく送っていくかという事。


 だからこそ俺は全身全霊をかけて、この子の人生が楽しくなるような手伝いというか、サポートというか、とにかく支えてあげたいと思うのだ。


 そして、これからやってくる人生のお楽しみ第一弾が、来週からのリゾートホテルへのお泊まりになる。


 神様。ミオの思い出作りのためにも、絶対に、ぜーったいに、雨だけは降らせないでくれよな。



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