夢のリゾートホテル(2)

「佐藤、生きてるかー?」


柚月ゆづきか。オレはもう終わりや。いっその事、このまま死なせてくれるか」


「いやいや。そんなに落ち込むなんて、一体何があったんだよ」


「今しがたフラれたんや。ユキちゃんにな」


「ユキちゃんって、お前が半年前に付き合い出した子か?」


「そうや。だからもう死なせてくれ」


「あのさぁ、『一回や二回フラれたからって落ち込みすぎやねんて』って俺に言ってたの誰だよ。切り替えて次行けばいいじゃん」


「そうはいかんのや……アレはユキちゃんのために取った予約なんやで」


「予約? 何の?」


「リゾートホテルや。もう宿泊の日も差し迫っとるのに『重すぎる』の一言で終わりなんやで。そんな殺生せっしょうな話あるか?」


「リゾートホテルが重すぎるって話か。で、どこのホテルを予約したんだ?」


「離島にある有名なリゾートホテルや。お前も地元の人間なら知っとるやろ?」


「あぁ、宿泊予約サイトなんかでよく見る、ハイクラスなホテルだよな。名前は確か……」


「ジャパン・エリオット・スターホテル。県内で唯一、プライベートビーチがあるホテルとしても名高いあそこや」


「付き合って半年で、いきなりあんな高級ホテルの予約を取ったの? そりゃ重いって言われるよ」


 呆れた様子の俺を見て、佐藤はさらに落ち込み、両手で顔を覆ってしまった。


「何でや……半年ならいけそうやって思うやろがよ」


「無理だよ。俺だって一年付き合ってた子と外泊すらした事無いのに」


「それはお前が奥手やからやろ」


「うっ」


 落ち込んでる奴に図星を突かれた。


 確かに俺は、こと恋愛に関しては草食系すぎるかも知れない。


「はぁ。もう宿泊料金もろもろは先払いしてもうてるし、今さらキャンセルしても、あんまり戻ってけぇへんやろなぁ」


「先払い制なのか、そこ。それでどのくらい払ったの?」


「一泊二食付きの二泊三日。昼食券も込み。しめて十万円ちょいや」


「じゅうまんえん!?」


 俺は驚いたというより、その金額の高さにドン引きしてしまった。


「お前何考えてんだよ! 二泊三日で十万もするホテル予約したって言われたら、そりゃ重すぎるって断られるよー」


「せやろか……離島への船賃も込みで格安やったんやけどな」


 佐藤は力なく答えるが、こいつはまだ事の重大さが分かっていないようだ。


 ひと夏の思い出を作るのは結構だけど、まだ半年しか付き合っていない相手が十万円も散財したと知ったら、この男には計画性が無いと思われるのも想像に難くない。


 大人の女性は結婚した後の、子供を産んで育てる事まで考えて付き合いをするから、そういうお金の使途には殊更シビアになる。


 よって、富豪でもない男が事前に何の相談もなく、大金をポンと使い込んでしまったら愛想を尽かすのも無理はない話であって、それが愛だと言われれば、より重さを感じて逃げ出したくなるのである。


「で、どうすんだよ。他に当てはあるのか?」


「当てなんかあるかい。こう見えてもオレは一途なんやで」


「嘘くさいな。とにかく、当てがないならその予約はキャンセルするか、一人で泊まってこいよ」


「一人で泊まるなんて恥かくだけやないか。そや、柚月、オレと一緒に行ってくれるか?」


「嫌に決まってるだろ」


 俺は即答した。


 そもそも俺は男と一緒にリゾートホテルに泊まる趣味なんてないし、仮に一緒に泊まったとして、こいつなら後で半分払えとか言ってくるに違いないからだ。

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