夏とプールと日焼け止め(8)

 そして明くる日。


 今日は梅雨明け前にもかかわらず、真夏日に近いくらいの猛暑で、お天道さまもカンカン照りな一日だった。


 こんな日でも、営業職の俺には外回りという大切な仕事がある。


 朝の天気予報を見て、出勤前に日焼け止めを塗っておいたのは正解だったようだ。


 ただ、何とか日に焼けるのは防げたものの、うだるような暑さには敵わず、帰宅するころにはもうヘトヘトになっていた。


 そんな俺を、ミオはいつも通り、玄関まで迎えに来てくれる。


 水泳の授業でほぼ全身を太陽にさらしていたであろうミオも、いつも通りの、真っ白で綺麗なツヤ肌のままだった。まさに日焼け止め様様だ。


「お兄ちゃん、お帰りなさい!」


「ただいまー。初めてのプールはどうだった?」


「あのね、いっぱい水遊びして、泳ぎ方も先生に教えてもらったの。すごく楽しかったよー」


「そっかぁ。じゃあ、少しは泳げたんだ?」


「んーん。今日はビート板を持って、バタ足のやり方を教わっただけだよ」


 なるほど、まずは沈まないようにするための、水泳の初歩だな。


「だから、ちょっと泳いだだけで足がついちゃった」


「いいじゃん、最初はみんなそんなもんさ。今は泳ぐ事を楽しむ時だと思って、いっぱい遊んでおいで」


「うん。ありがと」


 ミオはにっこり笑うと、俺の腕を愛おしそうに抱きしめ、そして頬を寄せた。


 梅雨が明けておらず、まだ海開きもしていない今の時期は、水遊びと水泳が楽しめるのはプールの授業だけだ。


 その学校のプールも、夏休みに突入すれば水を抜き、来シーズンまで閉鎖してしまうらしい。


 夏休みに利用できないのは勿体無い話だが、衛生上や維持費など、いろいろな問題が重なり、やむを得ずそうするのだろう。


 でも、せっかく泳ぎを覚え始めたミオに、もっと水と触れ合い、楽しんでもらえる機会を作ってあげたいなぁ。


 と、そこで俺が目をつけたのが、夏恒例のレジャーである、砂浜での海水浴である。


 近場のウォーターパークや公営プールは、シーズン真っ盛りになると例年多くの人でごった返すため、人混みが苦手な俺たちには向かないだろう。


 大きな海水浴場ならプールとは開放感が違うし、念のために浮き輪を買ってあげれば、溺れる心配もない。


 泳ぎに飽きたら砂遊びに興じたっていい。


 まだ一度も砂浜に行ったことのないミオも、海で遊ぶ事には憧れを持っているようなので、きっと楽しい思い出作りができるはずだ。


 だからこの夏は、ぜひ一度は海水浴場へ連れて行ってあげたいと思うのである。


 あ。でもうちから一番近くの海水浴場は毎年ダダ混みするから、もし今年も海水浴客であふれていたら、思うように楽しめないおそれがあるのか。


 いっその事、ほぼ貸し切り状態のプライベートビーチがあるホテルにでも泊まれればいいんだが、今からじゃどこも予約は取れなさそうだし。


 失敗したなぁ。もっと早めに、夏のレジャーについてプランを練っておくおくべきだったよ。


 ――と諦めかけていたその数日後。


 ある人物の〝もつれ話〟がきっかけで、俺たちのもとに、願ってもないチャンスが舞い込んでくる事になるのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る