初めての魚釣り(5)

「んーっ、お兄ちゃんが笑ったー」


 ミオが、声を殺して笑う俺の方を向いて、頬を膨らませる。


「ごめんごめん。いや、ここでもかと思ってさ」


「あら、サビキじゃない方がよかったかしら?」


「あ。いえいえ、それでお願いします」


 ミオが俺の事をお兄ちゃんと呼んだことから、店員のおばさんは俺たちがきょうだいだと思ったのだろうが、またしてもミオは女の子と間違えられたのである。


 一人称が〝ボク〟だったわけは、単純にボクっ娘だからだとでも思われたのかな。


 ミオの初登校日で、ミックスジュースを飲みに行った喫茶店ではと勘違いされて、今度は妹ときたか。


 ミオ本人は複雑そうな顔をしているが、うん、悪い気はしないな。


 こんなにかわいい妹なら何人でもいてほしいくらいだ。


「はい。じゃあこれがサビキ仕掛けね。魚を持って帰るなら、簡単なクーラーボックスもありますけど」


 そう言って、おばさんは店に陳列されている、発泡スチロール製のクーラーボックスを指差した。たぶんこの中に板氷いたごおりを入れて、魚の鮮度が落ちないように氷締こおりじめをするのだろう。


「ミオ、魚は持って帰る?」


「うん。持って帰って食べたーい」


 ミオは即答した。


 やっぱりこの子は子猫なのかな。何というか、本能的に魚を欲しているような気がする。


 ということでクーラーボックスも無事お買い上げとなり、道具一式と救命胴衣を借り受けた俺たちは、売店を出て釣り場へと向かった。


 カラッと晴れた空の下、沖の方へ伸びた釣り台の先端では、常連客と思わしきおじさんたちがしっかりと陣取っていた。


 おそらく沖に出れば出るほど、大物、あるいは数多くの釣果が期待できる事を知っているのだろう。


 その他の客層は、今日は土曜日ということもあって、やはり子供連れが多いようだ。


 ミオと同じくらいの年頃の子供たちが、父親のレクチャーを受けながら、思い思いの釣りを楽しんでいる。


「たくさん人がいるねー」


 ミオが複数ある釣り台を満遍なく見回しながら言った。


「うん、早めに来て正解だったな。もうちょっと遅かったら場所取りに苦労してたとこだよ」


「アジってどの辺で釣れるのかな?」


「うーん。アジは基本的に回遊魚らしいから、よさそうな雰囲気のところで仕掛けを落として、根気よく待つしかないと思うんだけど……」


 波止場からすぐの釣り台へ足を踏み入れ、俺たちは他の客が使っている仕掛けをチェックする。


 その中に、サビキ仕掛けを使っている人はちらほらいた。どうやらサビキは子供連れの客に人気なようである。


 売店のおばさんは、豆アジならどこででも釣れると言っていたし、先端の常連客にウザがられるのも何だし、あまり沖の方へ足を伸ばす必要は無いかも知れない。


 ということで、俺たちは比較的に他の客と競合しない、空いた釣り台を選び、釣りを始めることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る