敗北の代償(1)


 この進んでしまった世界において怪物と称されるSランクの人間の強さもピンキリだ。

 アリシアスや那岐など・・の強さはSSランクに近い。

 彼女たちは広範囲高威力の魔法や神術を複数習得しているし、学園の問題処理屋として活躍していたことから実戦経験も豊富だ。

 加えて、彼女たちほどにもなると素手でも低ランクの近接職を圧倒できるようになる。


 ――まさしく、怪物的に強いのだ。


 ミキサージャブという怪物との相性が最悪だっただけで、並のSランクモンスターでは相手にならない一騎当千の英雄。それが彼女たちだ。

 だが、現在火神浩一B+と模擬戦を行っている天門院春火はといえば、これはA+に近いSだった。ピンキリのキリの方なのだ。

 天門院春火は学生最強クランだった『勝利の塔ア・バオア・クー』亡き後の、学生最強クラン『天の門兵』の副長という立場だが、天門院家の宣伝担当である彼女はアイドル活動の忙しさもあり、実戦経験は少ない。

 ゆえに学習装置や専属の家庭教師などで補っているものの、戦闘という分野においては、一流以上になることはできていない。

 そも彼女の本質は偶像であって、武人ではないのだ。

 だが、だが、と春火は見下ろしてくる浩一を見上げながら思う。


 ――半端な武才を覆すのが肉体改造の本質だ。


 ゆえにSがB+に負けることなどあってはならない。あってはならない・・・・・・・・

 自身が天門院の名を冠するならなおさらである。

 床に手をついた春火の視線が浩一の手に握られた鞘に向けられる。勁力でも使われたのか、腹に打ち込まれたそれは、痛み以上に春火の体を跳ね飛ばしていた。

(武……武か……)

 同じことは春火もできる。ただしそんなことをしなくても春火ならば技術なしの素手で同じことができた。

 だが、浩一のそれは春火のものと違い、回避・・ができなかった。武術は肉体制御の補助でしかない、弱者のための技術だと軽視していたが、武とはそうではないのか。

「さて、五十戦終了ですわね。とりあえずそうですわね。負けの徴収を行いましょうか。天門院春火」

 障壁の向こう側でアリシアスが立ち上がった。その目に意思が戻っている。肉体と意識の乖離を治めたようだ。

 当然だが、意思を肉体に戻す際に肉体の状態異常を治療する指示を予め出していたのだろう。

 肉体に精神が宿っていなかったうえに、距離の離れていたアリシアスにすらかかっていた魅了・・は既に解けている。


 ――だというのに、なぜ火神浩一は無事だったのか……。


 春火を困惑させている張本人はつまらなそうな顔で春火に言う。

「天門院春火。あまり手を抜きすぎるな。お前がずっとこのザマだと俺も不満だ。那岐の説得はできんぞ」

「ごめん。次は本気でやるわ」

 謝る。屈辱だが正論だった。春火は五十戦もして浩一に傷ひとつつけられなかった。

 しかし、この男はなんなんだ。春火は疑念を抱いたまま浩一を見つめる。


 ――天門院春火はこれでもSランクだ。


 肉体改造によって与えられた強さだとしてもそれは紛れもない強さである。その春火を圧倒するなど通常ならあり得ない。

 そう、類まれな歌唱技能とスロットによる強化は春火に理性なきモンスターすら魅了支配する術を与えた。

 だがそれが浩一には通用しない。春火も浩一の情報は軽くだが調べてきている。勝負を受けたのはそういった前提があるからでもあった。勝てる勝負・・・・・だから受けたのだ。

 火神浩一は無改造だ。

(肉体を改造していない。天門院本家からの情報……改ざんはされてない)

 だからスロットや肉体改造による精神異常の無効化はないはずだ。

(……そうじゃない……魅了・・は無効できない……)

 魅力に耐える精神的な耐性・・を与えることはできる。だがそれまでだ。無効化まではできない。

 そもそも改造等で精神異常の無効化を付与してしまえばその人格は破壊される。

 魅了されないということはあらゆることに興味を持てないということ。恐怖しないということはあらゆることに心動かされないということ。そしてそういった情動の動きさえ消えてしまった人間はもう人間ではない。

 そういった精神に異常をもった学生は、火神浩一のように自らの判断で戦闘ができない。

 そして肉体改造でそういったものを一度でも与えてしまえば、元の心に戻すことはできない。壊れた心を治すことができないように。

 ならば精神を強化する『侍の心得』か? それとも精神を鈍化させる薬物か? いや、自分の歌なら心得や薬程度の耐性はぶち抜ける。

 そこまで考えて、春火は近づいてくるアリシアスに厳しい表情を向けた。


 ――それともこの女が、何か神術による強化を浩一に与えたのか?


 春火は気を取り直す。謎の解明はあとだ。

 アリシアスに何を要求されるかわからないが契約は契約だ。相手が弱小の学生ならば自身の魅了で有耶無耶にして踏み倒すこともできるがアリシアス相手ならばきちんと果たさなければならない。あとで問題になる。

 春火はアリシアスを睨みつけるように鋭い視線を向けた。

「で、アンタ、何が聞きたいわけ?」

「そうですわね。では、大崩壊歴2080年7月4日に起きた学生失踪事件の犯人について教えていただけますか?」

「は? なにそれ? そんなのでいいの?」

「ええ、それを天門院のデータベースからきちんと探してきてくださいな」

「はいはい、そりゃ私もこんな些末事知ってるわけないから調べるけど。なんでそんな事件? あんたのとこの縁者でも失踪したわけ?」

 アリシアスは説明をしない。口角を釣り上げるように微笑みながらも沈黙している。

 浩一は興味がないのか部屋の隅に歩いて行くと座禅を組み、目を閉じた。

 五十回の負けだ。このわけのわからない質問が負けの分だけ続くのだろうか。まぁいい、どちらにせよ春火の持つ権限ではアリシアスを満足させられるような情報は出せないだろう。

 所詮、春火は天門院本家の人間とはいえ、家中の位階はそう高くない。言ってはならない機密に触れる立場にはいないのだ。

「あー、発見と。失踪事件の犯人ね。リータ・ヴァードガン。男性、三十七歳、教師。犯行の動機は怨恨。学生は無事見つかって保護。ヴァードガンは拉致と監禁、暴行などの罪で懲役十年。現在も刑務所に服役中。これでいい?」

「はい。では次ですが――


 こうしてアリシアスがどこの誰かが失踪した、どこの誰かの死体が消えた、そんな事件について聞いていき、その意図のわからなさにうんざりしながら春火は答えていくのだった。


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