衝撃(2)
困惑した表情を浮かべた天門院春火は無骨で飾り気のない木床を見ながら浩一に問いかけた。
「あー、えー、火神浩一くん。ほんとにこんなのでいいの? 大丈夫? お金とか武具とかもっと希少性のあるものでもいいのよ? あ、私のサインいる? してあげようか?」
「サインも武具もいらない。今から国民的アイドルの半日を独占できるんだ。それで十分だ」
ふーん、と来た時と同じ、私服のままの天門院春火は気のない返事を返して屈伸を終える。
首と腕をぐるぐる回し、ぴょんぴょんと道場の床の上で飛び跳ね「ブレイジング! いけるわ。今日も私は絶好調!」と
その手にはマイクらしきものがついた
――広間には戦闘の気配が漂いはじめていた。
ここは相原館の使っていない部屋の一つである。木床の張られた殺風景な修練場だ。
そこに火神浩一は天門院春火を連れてきていた。
国民的なアイドルと無名の学生。二人しかいない空間――ではない。三人目もいる。
浩一の呼び寄せた見届け人、アリシアス・リフィヌスだ。
チャイナドレス姿のアリシアスが部屋の隅に座っている。黙っていても存在を主張し続ける彼女の姿に春火の顔には微かな不審感といらだちが見える。
とはいえアリシアスからはこの場で
彼女の役割は火神浩一の政治的な後ろ盾だと存在を主張することだからだ。
「こいつの初使用にもなるか……性能通りなら十分力になるが」
浩一は那岐から貰った
浩一が自身の肌に小さな板状のシートを貼り付け、
「おお……すごいな」
こういった瞬時に着用を完了できるという機能は低ランクの武具にはありえない能力だ。
浩一は新しく調達した新品の太刀である飛燕を手に、ひと通り型をこなし、動きに支障がないことを確認した。
刃のついた剣でも問題がないのは、Sランクの学生である春火に対してならEランクの飛燕では傷一つつけられないことを浩一が確信しているからだ。
(静謐なる太陽……とりあえずは着心地に問題はないな。今までとは違うインナーだが、インナーに感覚が邪魔されて鈍っている気配はない。防御が上がるなら……踏み込みも今まで以上にいけるようになるか?)
今までは即死すると思っていて踏み込めなかった距離に、この武具ならば踏み込めるかもしれない。
とはいえ那岐を信用していないわけではないが、初めて使う武具だ。今回のこれは試運転にちょうどいい。
「それでは、お二方よろしいですか?」
部屋の片隅から歩いてきたアリシアスが問いかければ「私はいいわよ。やりましょうか!!」「おう、いける」と闘技者たちは修練場の中央に進みながら、それぞれアリシアスに返答する。
そんな二人を見て、微笑んだアリシアスは宣言するように言った。
「では条件を確認いたしますわ。浩一様、貴方は天門院春火に
「ああ、勝敗がどうなろうと俺は那岐の説得を行う」
浩一の宣誓に、春火がうんうんと満足するように頷いた。
「天門院春火、貴女は先ほどの条件で試合を受けることを了承した。よろしいですわね?」
「うん! いいわよ! こんな安い条件で戦霊院の説得してくれるなら私としては願ったり叶ったりね。まー、最初はちょっと誤解もあったけど。ねぇ、火神浩一くん。ホントにこれでいいの? 試合じゃなくて、貴方一人のために特別ライブとかやってあげあり、好きな衣装着て踊ってもよかったのよ?」
「Sランクと全力戦闘できる得難い機会だぞ。むしろこれ以外は俺に必要ない」
そっけない浩一の反応に春火は呆れを表情に浮かべた。そんなつまらないことに何の価値があるのかという顔だ。
「それで天門院春火。勝敗に関して一つ条件をつけますが、よろしいですか?」
「は? 何舐め腐ったこと言ってんの? オマエ立会人なんだから条件をつける権利がねーだろうがよ。惚れ殺すぞ。売女」
「浩一様が出した条件は貴女が全力で戦闘することですので、不完全燃焼な試合をされると困るのですわ。理解しなさい、
ぴりぴりとした威圧が道場を満たし始める。
が、浩一は我関せずとばかりに準備運動をし始めた。
「は~~。それってこのB+に私が負けるっていいたいわけ? っていうか手加減しねーと火神くん死んじゃってダメだろうがよファッキンヒート! 私を舐めてるのかこの裏切り者が!」
「阿呆。だから私がここに呼ばれたわけですわ。死ぬような傷も即座に癒やしましょう。いえ、むしろ死んでも脳さえギリギリ無事なら蘇生させますわ。だいたい、この提案は貴女にとっても悪い話ではありませんですのよ」
悪い話ではない、というアリシアスに。春火が言ってみろと顎で示してみせる。
「この試合、貴女にとっては退屈でしょう。低ランクが低ランク武器を使って攻撃してくるのを圧倒的な身体能力でねじ伏せるだけの十時間」
「まーね、でも戦霊院を直接説得するなら、国民的超アイドルの時間半日でもお釣りが来るってもんでしょ」
「ですが条件を飲むなら、浩一様が一度でも負けたのなら、即座に試合終了して帰ってもよろしいですわよ」
は? と春火が浩一を見た。いいの? という視線に対して浩一は「全てアリシアスに任せている」とだけ返す。
アリシアスが浩一に対して言っているのは
それに春火は気づかない。彼女はSランクだ。自分がB+に負けるとは露とも思っていない。
「信じられないわね。あ、敗北条件は? まさか死ななきゃ敗北しないとかないでしょうね? だったら
「では致命的と判断される攻撃を受けたら、としましょうか。もちろん頭部や腹部などの急所であるなら、どんな攻撃を受けても負けということで」
「りょーかい。それでいいわよ。で、行動不能になるような状態異常については? 『気絶』とか『混乱』とかね」
「それも受けたら終わりということでよろしいですわ」
ふむふむと納得していく春火は、アリシアスに対し、それで私が負けたらどうなるのよ、と問いかけた。
浩一が負ければ即座に終わりというなら、春火にも敗北に際してなんらかのペナルティを与えなければ
アリシアスはそんな春火の気づきに対し、ふふ、と微笑を向けた。
「そうですね。では天門院春火、貴女が一つ負けるごとに、わたくしの質問に一つ答えること。その答えは必ずその場で正確に調べ、わからないならわからないときちんと言葉を返す。
ん、と春火は微妙な表情を浮かべた。
どんな質問か不安だが、その内容を今聞くのは憚られることに今気づいたのだ。
次期当主ではないとはいえ、四鳳八院のSランクが、たとえSランクのモンスターをソロで倒しているとはいえ、B+の学生に負けることを想定すること自体が
故に、内容を聞くことができずにそれでかまわないと春火は返してしまう。
――アリシアスと会話をした時点で、春火は詰んでいた。
これは秋水ならば必ず回避しただろう展開だった。
そもそもが勝敗を条件に出された時点で春火に受けないという選択肢は存在しないのだから、これは交渉でもなんでもない。
ただ春火が勝負に余計なデメリットを背負わされただけだった。
無論、負ければ即終了という浩一の負担は絶大だが、アリシアスはそのことをデメリットと思っていないようである。
春火は違和感を覚えながらも、要は勝てばいい、というテンションを維持していく。
そうだ。だってたかがB+ランク。偶然に偶然を重ねてSを倒したらしいが、そんな奇跡、そうやすやすと起こせるわけがない。
ではわたくしは隅で審判をいたしますので、と部屋の隅に戻っていくアリシアスを見送る春火の内心は、この時点では、とりあえず勝てばいいというものだった。
どのようなモノでも牙を必ず持っている。
この詰めの甘さがあるが故に、春火は天門院の次期当主になれなかったのだ。
あるいは、この後の勝負で天門院春火が最初から持てる力の全てを尽くしていれば、アリシアス以外の全員が幸せになれたのかもしれなかった。
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