この想いはまるで恋に似て(3)


 裂帛の気合は必要がなかった。状況は未だ闘争以下だった。

 クシャスラに浩一を認識するほどの熱意はなく、また浩一側も手札の多くを使い切って、ようやく心構えが終わっただけ。

 しかし、一秒にも満たない間に自責と意識の再構築を終えた浩一は、目の前の槍の石突に無言で跳躍する。

 轟音を立てて槍衾が数瞬前までいた場所に着弾した。

 濃密な死の気配。意思なき害意が浩一へと向かってくる。

 飢えた獣のテリトリーに侵入した草食動物とはこういうものなのだろう。

 抗うことなく殺される。手に持つ刃は届くことはない。

「だが、だ――お前から来てくれるならそれも叶う」

 思考と言葉は同時だった。放つと同時に足は動いていた。

 新しくできた石突の床へと浩一は跳ねていた。轟音、跳躍前に足元にあった槍の山は崩れ去り、魔槍が隙間もないほどに積み重なっている。


 ――その距離は確実に、空へと近づいていた。


 積み重なった石突の床へと跳躍した浩一は、背後に魔槍が音を建てて突き刺さったことも確認せず再び跳躍を行う。

 クシャスラの魔槍は、発射がであるがゆえに、威力や加速は十分だが、面攻撃としては二流だ。一発一発の間隔が整っていない。

 ゆえに、魔槍と魔槍の間には刹那の隙間・・ができる。浩一はそれを読み切って回避と跳躍を行っていた。

 すでに魔槍の情報は疾走時に『索敵即殺エリミネーター』に蓄積されている。回避するだけならこれで十分……!!

(はッ。だが、少しは速度を緩めてほしいもんだッ)

 当然、そんな隙を敵がそのままにしておくわけがない。

 黄金の竜が向ける、生意気な侍への圧力が増大する。

 回避した直後、轟音と共に、眼前の槍山が威容を増した。

 それらは浩一の反応速度を越え始め、着流しの裾が、脚の肉が槍によって一部吹き飛ばされる。


 ――魔槍の密度を増やされたのだ。


 それはまるでできそこないの塔だった。積み重なる魔槍の山の上に、魔槍が突き刺さり続けていく。その上で浩一は超絶の技巧で登っていく。

 侍は死線を一瞬一瞬積み重ね、敵の下へとたどり着こうとしている――否、浩一の狙っているものはそんな単純な策ではない。

 そんな単純な策、クシャスラは絶対に許さない。

 愚直に近づいてくるのならば、攻撃を変えればいい。

 そしてあの黄金竜がそれをすることを、浩一もまた読み切っている。

「ほら、来るぞッッ!!」

『ォオオォオルルルオオォオオゥゥウン!!!!!!』

 雄叫びと共に魔法陣の種別が変わる。

 今度は恐らく物理属性を伴わないものだ。炎か、水か、それとも光か。

 思考を行いながらも身体は常に動いている。浩一の身体は跳躍し、背後の背後、玉座の間の、壁面へと飛翔していた。

 魔槍の発射先を浩一は回避しながら誘導していた。こうして壁際近くになるまでに――!!

 そして、このタイミングを待っていたのだ。

 相手の攻撃が種別を変えるために止まる数瞬。時間にして二秒もない。

 だが浩一が次の手を進めるには十分だった。

「ぉおおぉぉおおおおおおおおおおお!!」

 クシャスラの魔法陣が攻撃の種類を変え終えたそのとき、壁面に着地した侍は疾走・・を開始していた。

 黒いインナーに包まれた大腿筋がはちきれんばかりに膨れ上がり、壁面を強く蹴り上げる。


 ――火神浩一は、垂直の壁を駆け上がっていた。


 クリステスが混ぜられた建材は比較的脆い。だが、それは比較的であって、けして脆いわけではない。

 しかし浩一がブーツを踏み込んだ壁材には皹が走っている。


 ――科学や魔法ではなく、浩一が筋力のみで実現させた現実!!


 浩一が壁面を駆け上がる。クシャスラの高度へと迫る……迫る! 迫る!!

 しかしそれを許すほどクシャスラは甘くない。疾走する侍の視界に金属の煌きが迫る。

 金属属性上級魔法『鋼迅乱舞』。網のような鋼線とそれに付随する刃の群れが放たれる。

 触れるだけで骨ごと肉が断たれるそれらを眼にしながら――浩一の口角が釣り上がる。

「ぬるいぞッ!!」

 叫びと共に浩一の片手は愛刀を縦横に振るっていた。

 そして迫る脅威から逃れるためではなく、攻撃のために、駆けていた壁面を浩一は渾身の力で蹴り飛ばした。

 侍の身体が空中へ飛び出していく。月下残滓が再び縦横に振るわれた。月下残滓の刃が軌跡を描き、迫る鋼線がばらばらと力を失い、付随していた刃が弾かれていく。

 触れるだけ肉が抉られ、皮を削がれる鋼線の群れに浩一は全身で突っ込んでいった。

「おおおおおおおおおおおおおおおぉおおおおおぉぉぉぉぉおおおおお!!」

 空間が削れる音が響く。

 糸を切り払い、金属の刃を弾きながら振るった月下残滓よりオーラの篭もった爆発が起きていた。

 下方へと刃を振り下ろした侍が凄絶な表情を浮かべている。


 ――浩一の跳躍が加速・・した。


 爆圧によって、壁面を蹴って飛び出すも、重力に従って落ちかけていた浩一の体が錐揉みしながら宙へと跳ね上がった。

 その身体が鋼迅乱舞の射界から離れていく。しかしクシャスラの魔法は尋常ではない。当然その身体を追い、糸と刃の群れが浩一を追いかける。

 火神浩一がただの人である以上、いくらか爆発で距離を稼ごうとも、落下を免れる術はない。

 時を重ねれば刃も糸も浩一を捉えるだろう。

 しかしそれは達成されない。

 吹き飛ばされた浩一の身体はフロアに林立する柱へと到達していたからだ。柱を足場に更に跳ね、飛び出していく。目的は当然。

 悠々と空を泳いでいたクシャスラだ。

 浩一の動きに、黄金竜の気配に動揺が混じる。翼が蠢き、風が動く。巨体による運動が気流を乱し、空中にいる浩一を追い散らそうとする。

(無駄だッッ……!!)

 浩一の口角が嘲るようにして歪んでいた。

 吹き散らされようとしているその身体には、再び気力の充填された月下残滓が握られている。

 空間が軋む音がフロアに反響した。


 ――逃げようとする黄金竜。それを追いかける侍。


 みしりと音を立てて浩一の身体が加速する。

 クシャスラへと、黄金竜へと迫る浩一の肉体。その全身は鋼迅乱舞と自身の放ったオーラによる傷が刻まれ、敵に触れる前から深い傷を追っている。

 それでも侍の表情は変わらない。激痛が身体を襲い、全身から血液を噴出しながらも、浩一の表情には歓喜が満ちている。

 しかし追いつけるのか。クシャスラは逃走に入っている。空を征する黄金竜の飛行は、浩一が吹き飛ばされる速度を軽々と越えている。

 このまま距離を離されれば、逃げられてしまえば、好機は二度と訪れない。

 敵は浩一の戦法を知ってしまった。三度目が成功する確率はもうゼロに等しい。

 また浩一の背後からは錐揉みする浩一を追うように刃と鋼線の群れが迫っている。

 今の身体でそれを受けたならば空間を蹂躙する凶器の群れに一秒だって耐えられまい。


 ――今のままならば。


「残念だったな。お前はここで死ぬんだよ」

 己の勝利を確信したかのように、血飛沫を口の端から零れさせ、宣言は行われる。

 今、必殺の王手が放たれる。浩一の腕が、弓がごとく引き絞られる。


 ――ぐん・・、と。


 十分以上のオーラが込められた月下残滓が、浩一の手により渾身の力を込められ投擲されていた。

 意識を戦意が染め上げる。身体を戦意が支配する。

 肉体を削った先にある勝利が、熱の乗った魂が、憎悪と憤怒に澱んでいた心を凄烈に吹き払っていた。


 ――闘争に勝る歓喜がどこにあろうか。


 身体に言い聞かせる。心に言い聞かせる。魂に言い聞かせる。

 如何に浩一の身体が憎悪に溺れようとも、この世界に満ち満ちた闘争を想い、感じればそれらのなんと陳腐なことかがわかるだろう。


 ――味わえッ、貪れッ、世にはこんなにも美味なる闘争が溢れてるぞッ!!!


 ゆえに、直撃は必定だった。

 爆圧が、空間を揺らす。

 黄金の肉体を白光が抉り取り、地へと落とす。


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