ハナグモ遺跡
ハナグモ遺跡 その1
「…………これ、どこまで続いてるの?」
「知らん」
「…………」
「…………」
暗くじめじめとした狭い通路を、クロエとベルは歩いていた。先程から聞こえるのは自分たちの足音と、どこかで水滴が落ちる音だけだった。
「…………ベル」
「ん?」
「…………たいくつ」
「…………そうじゃな」
◇ ◇ ◇
ハスタークを出て数日後、二人はいまだに荒野を歩いていた。
「この辺りに古い遺跡があると聞いておるんじゃが…………」
「…………それ、きのうも聞いた」
「むぅ…………」
「…………まちにいきたい」
「今日一日探して見つからんかったら次の街を目指すかの」
そんな会話をして数刻後、二人は荒れ果てた神殿のなれの果てを見つけていた。
「まさか魔術的に隠蔽されておるとは思わなんだ」
「…………チッ」
満足そうに神殿の柱を眺めるベルとは対照的に、クロエはいかにも嫌そうな顔をしながらベルの後をついて行く。ベルによるただの偶然の発見ならばまだしも、自分が剣で素振りをしていたところで魔術的な隠蔽を破ってしまったともなれば彼女の不機嫌さも納得がいくものであった。
「クロエよ、中に入るぞ」
「……………………ん」
見ればベルはすでに神殿の奥へと進んでおり、そこにあった地下への階段を数歩進んでいた。クロエははしゃぐ子供のような笑顔のベルの様子に肩を落としてため息を一つつくと、その背中を追いかけた。
遺跡の中は暗かったが、二人は魔術によって火の玉のような光源を作ると地下深くへと足を進めた。降りていくにしたがって地下特有の湿り気が顔を出すが、二人は全く気にすることなく歩を進めていた。否。それ以外のことが二人の心を占めていた。
「うーむ、これは…………」
「…………少ないね」
「ああ、クロエもそう思うか」
二人はこの遺跡内の魔獣の数が少ないことに疑問を感じていた。もちろん、先のヴェルムの襲撃によってこの付近の魔獣たちはかなりの数が減らされてしまったが、それでもゼロになったわけではない。しかしそれを差し引いても遺跡の中で小型の魔獣にさえ遭遇しないというのはいささか不自然な事であった。
「…………どうする?」
「先へ進む」
「…………そ」
二人がその後数小刻ほど下へ進むと、部屋のようなところに辿り着いた。とはいえ、そこには太い柱が立っているせいで視界はあまりよくない。二人は柱の陰から魔獣が飛び出してきてもいいように慎重に歩を進めた。
「…………!」
「どうした」
「…………何かが柱の間をぬって、こっちにくる、よ」
「っ!あれか!」
二人が立ち止まったところを狙いすましたかのように、赤い目を光らせた何かが腕を伸ばしてくる。二人は飛びのいてかわすが、腕はどこまでも伸びて追ってくる。
「しつこいな!」
ベルは魔術で、クロエは剣で腕に攻撃する。
「む!?」
「…………!」
しかし、腕に届く前に魔術は減衰し、剣は腕に弾かれる。それを見た二人は顔を見合わせると、謎の敵に背中を向けて走り出した。
「めんどくさそうなやつからは逃げるのが一番じゃ、な…………」
「…………どうした、の……」
前を走るベルの様子にクロエが前方を見ると、入ってきたはずの入り口がきれいさっぱりなくなってしまっていた。
「…………ベル」
「ああ、どうやらあいつを倒さんことには先へ進めそうにないの」
後ろの追手とはまだ距離があるものの、着実にこちらに向かって進んできており、どうあがいても戦闘は避けられそうにない。そうなれば後はいかに素早く敵を倒すか、である。
「そうと決まればさっそく行動じゃな!」
「…………ん」
そう言ってベルが振り返って一歩を踏み出した瞬間。
カチッ!
「へ?」
「…………!」
なにか機械音がしたかと思うと、ベルの足元に魔術陣が現れた。魔術陣はすでに起動しており、ベルをどこかに転送しようとしている。
「…………ベル!」
クロエはとっさにベルの手を掴み、二人そろって転送させられた。
◇ ◇ ◇
そして時間は最初に戻る。
「さっき飛ばされたところからしばらく歩いておる気がするが、全く終わりが見えんのう」
「…………う」
「む、ようやく向こうの方に壁が見えてきたな……」
「…………ながかった。…………まった」
「どうしたクロエ」
立ち止まったクロエは懐から袋に入った砂を取り出すと、前方に向かって投げつけた。
「げ」
「…………ん、やっぱり」
そこには、先程と同じような転送の魔術陣が設置されていた。そのまま突っ込んでいれば先程と同じようにどこかわからないところへ飛ばされていたのだろう。
「儂の目が鈍っているわけではなさそうじゃが、うまく陣が見えないな……」
「…………ん。…………さっきから、魔術が使いづらい」
「クロエもか…………。となるとこの遺跡そのものがそういう場所だと考えた方がよさそうじゃな」
「…………ん」
そのような事を話し終えた二人は、うまい具合に壁を蹴って陣を避けて先へと進んだが…………。
「…………」
「…………あの陣、のる?」
「乗るしかなさそうじゃな…………。まさか本当にただの壁じゃったとは……」
ぶつくさと言いながらベルが陣に乗ると、自動で陣が起動した。
「さて次はどんなところに出るのかのう」
「…………わくわく」
次の瞬間、二人は空中にいた。
「へ?」
「…………わ」
下は暗くて見にくいが、なにやら物が数多く存在しているようだった。そしてその様子から見るに、自分たちは割と高い位置に転送されているらしい。それを見てベルは慌てて魔術を発動しようとした。
「ちっ、魔術がうまく発動せん以上、気休め程度にしかならんじゃろうがやるしかあるまい!《風よ》っ!」
ベルが手を振ると、その軌道上に風が吹くが、その威力はやはり普段の時よりも弱い。しかしながらなんとか減速するだけの威力はあったようで、目に見えて落下する速度が下がっていく。
「ふう、流石に疲れるのう…………」
「…………魔術がつかえないのは、ふべん」
「普段からいかに魔術に頼っておるのかがわかるというものじゃ」
そんなことを言い合いながら二人は危なげなく地面に着地する。落ちているときは分かりにくかったが、そこは一面に機械の残骸が散らばっていた。
「ふむ、所々に人骨も見えるな。儂らのようにここに飛ばされた者たちの末路と行ったところか」
「…………うへえ」
「ただどれも風化が激しいところを見ると長い年月が経っているようじゃな。どちらにせよ早くにここを脱出したいものじゃが」
「…………ん」
どこかに脱出口がないかと歩き始めた二人であったが、機械や人骨を踏み越え歩けども歩けども、見えてくる景色に変わりはなかった。歩き出したときには物珍しさに色々と話していた二人も、気がつけば黙々と足を進めるようになっていた。
「………………ねえ、ベル」
「んー?」
「……聖剣ぶっぱなして、いい?」
「ダメに決まっておるじゃろ生き埋めになりたいのか馬鹿者め」
「…………むぅ」
不満そうな顔をするクロエに対し、ベルは当然といった顔で答えたが、実際のところそうしてもいいのではないかと考えていた。魔術の威力が極端に弱められているものの、全く使えなくなったわけではないため、生き埋めになるような状況に陥ったとしても二人が死ぬことは滅多にないはずである。
そんなことを考えながら足を進めていると、後ろの方から物音が聞こえた。とっさに頭をその方向に向けたベルは鋭い声を物陰に向けた。
「何者だ!」
「ひえっ」
物陰に隠れていたらしい何者かは情けない声をあげて走り出した。
「……《縛れ》」
「ぐぇっ」
ベルが呆れたように呪文を唱えると、虚空から細い縄が現れてその人物を縛って転ばせた。
「…………ベル?」
「何者かは知らんが物陰に隠れておったので捕まえた」
「……………………ふうん」
ベルからしてみれば普段通りの顔で女性を見つめるクロエであったが、女性からしてみれば眠そうな半眼や口数の少なさ、表情の薄い顔に怒りを感じ取ったのか、焦りを顔に浮かべてまくし立てていた。
「私怪しい者じゃないです!お金も持ってないです!助けてください何でもしますから!あ、命以外でお願いします!」
そんな女性の様子にクロエがベルに向けて口を開く。
「……どうする?」
「敵ではないようだが……。とりあえず話だけ聞いてみるか」
少なくともすぐには殺されないということを理解したのか、女性の顔に安堵が広がる。あまりにも分かりやすいその表情の変化に呆れながら、ベルは口を開いた。
「まず最初にだが、そちらが敵対すると判断した場合、命の保証はしない。また偽証をした場合も同様だ」
安堵の表情を一転、冷や汗を流しながら首を縦にぶんぶんと振る女性の姿を見ながら、ベルは先を続ける。
「まず、名前は?」
「ミサキ……、ミサキ=クヌギです」
「ふむ、出身は東国か?」
「え?ええ、はい」
「こんなところで何をしていた?」
「わ、私はもともと運び屋兼歴史研究家なので、この遺跡を調査するという冒険者たちと一緒に数日前に潜りました。階段を下りた大広間で謎の敵に追われて移動していたらここに落ちてきました」
(おおよそ儂らと同じようにしてここに迷い込んだようじゃな)
クヌギの言葉に納得しながら、ベルは質問を続ける。
「その敵はどのような見た目だったか覚えているか?」
「い、いえ、慌てていたのでよくは見ていません」
「そうか。ところで他の者たちはどうしたんだ?」
「分かりません…………。私が一番最後にその敵の存在を認知して、一番最初に逃げ出したので……」
「つまりお前のほかに生きているものがいる可能性は低い、と」
「…………ベル」
「ん?なんだ、今こいつ質問をしているところ……」
ベルがクロエの方を向くと、そこには剣を構えたクロエと、異形。そう形容するほかないナニカがいた。頭が二つあるがそのどちらも前を向いておらず、腕が五本、足が四本あった。腕の先には手がついているものとそうでないものがあり、ついているものには剣が、ついていないものには砲が付いていた。
「なんだあれ」
「…………知らない。…………わたしもさっき気付いたとこ、ろ」
「一旦質問のお時間は終了か」
「…………ん」
二人がそう言って得物を構えると同時に、異形は地を蹴る。
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