ハスターク その31

「コロスゥ!」

「チッ、面倒なやつだな!《縛れ》!」

「ウ、ガアアァア!」

 突っ込んできた男に対して、ベルは拘束の魔術を飛ばすが男は魔力の縄をものともせずに力ずくで拘束を解く。

「自分の体の限界など知らないというわけか!ならば《爆ぜろ》!」

 ベルは次々に攻め手を繰り出すものの、男は止まることなくベルだけを狙い続けてきた。その強い執着心にクロエが呆れたように口を開いた。

「…………こいつ、さっきからベルしか狙ってない。…………こころあたり、ある?」

「あー、うん、多分魔力障壁の奴かな。この粘着質なのはそっちっぽい」

「…………殺す?」

「肉体を壊しても魂を破壊しない限りこの存在自体は復活しそうなんだよな。面倒事は後回しにしたいところだが、これはそうも言ってられないだろうなあ」

「…………ん」

「このままここで足踏みするのは得策ではないな。どうせこいつは私だけを狙っているんだ。クロエは先に行け」

「…………わかった」

 クロエはそのまま冒険者たちを連れて魔獣たちの群れに突っ込んでいく。それを見送ったベルは男に向き直る。

「さて、やはり周りを気にせん場所の方がやりやすいのう」

 周りを取り囲む魔獣によって作られた即席の場で、再び二人の殺し合いが始まった。


「大丈夫ですか、ベルさんを置いてきてしまって」

「……ベルなら、だいじょうぶ」

 クロエと冒険者たちは襲ってくる魔獣を撃退しながらナタリーのもとを目指す。しかし、クロエの足が突然止まる。

「どうしたんです……」

 後ろから走ってきた冒険者の身体をクロエは突き飛ばす。直後、冒険者が立っていた地面が爆発する。

「!!」

「…………下がって」

 粉塵の向こうから、何者かがクロエたちの方へと歩いてくる。その人物の魔力の質を感じ取った彼女は、虚空から剣を引き抜く。

「…………みんな、邪魔。…………守りながらじゃ、倒せない」

「っ、分かりました。私たちは一度『大賢者』様のもとに……」

「…………それは無理。…………多分魔獣はふえてる。…………戻れ、ないかも」

 その言葉に冒険者たちの顔が青ざめる。しかし彼らはそれを聞いて覚悟を決めたらしい。

「な、なら私たちは周りの魔獣たちをあなたに近づけないように……」

「…………ううん、そんなことしなくていいよ」

「え?」

「…………

 先程無理だと言った口で何を言っているのかという顔で彼らはクロエの顔を見る。しかし彼らはすぐにその身をもってその意味を理解することになる。

「…………ベル、まかせた!」

 彼女は近くにいた一人の腰を抱えると、そのまま上空へと放り投げた。

「!?」

「……つぎ」

 そのまま次々とその場にいた冒険者たちを投げ飛ばし終えると、クロエはゆっくりと振り向いて今まで待っていた人物の方を向く。

「…………」

「ゥ、ガァ」

 そこにいたのは大きな剣を抱えた一人の男だった。

「…………おまえも、魔人の魂か」

「…………ソウ、ダ。オレ、ハバルジャン」

「…………ふうん」

 バルジャンの魂を埋め込まれた冒険者は、そのクロエの反応には目もくれず、大剣を、ぶん、と振る。

「オマエニ、ウラミハナイ。ダガ、コロス」

「…………」

 バルジャンを名乗る男をクロエは黙って見つめると、わずかに首を傾けた。

「…………私はあなたと戦う理由がないかも」

「オレハ、オマエヲトメルタメニイル。ダカラ、コロス」

「…………それはこまった」


 その頃ベルは、突然押し付けられた冒険者とジイドの対処に手を焼いていた。

「クーローエぇぇぇぇぇぇ!!!」

 二人が使っている念話の魔術を一方的に繋いだかと思うと、冒険者を説明の一つもなくぶん投げるという暴挙に出たのだ。しかも、明らかに向こうよりも危険度の高い戦場に、である。もちろんこちらの方がレオーネたちに近いとはいえ、それだけでこちらに押し付けるのは無茶苦茶だ。

「アハハハハハハハハァ!!マトガァ、フエタァ!」

 その上この狂った魔術師の相手もしているのである。投げられた冒険者を受け止めながら合間合間に反撃するベルの怒りは、加速度的に増加していく。

「うる、っっさいんじゃ、この変態!!《ぶっ飛べ》!」

「ガハッ…………!」

 ベルが放つ火球がジイドを吹き飛ばし、その隙にベルは冒険者たちを移動させる。しかしベルとジイドの戦闘によって数が減らされているとはいえ、周りにはいまだ多くの魔獣たちが蠢いている。

「もう知らん!お前らはここから勝手にレオーネのもとに戻れ!」

「え、あ、えっと……」

「へんじ!」

「は、はい!」

 呆気に取られて動けないでいた冒険者たちに活を入れて転進させたベルは、据わった目をしてジイドを睨みつける。

「まったく、貴様はうるさいわしつこいわ、儂の堪忍袋の緒も切れたわ。ナタリーにも見せておらん儂の本気を見せてやる」

 そう言ってベルは自分の懐に手を入れ…………途端に慌てだした。

「……ん?あれ?ここに確かに入れておいたはずなんじゃが…………あ」

 手を止めて愕然とした顔をするベル。何が起きているのか分からず固まっているジイド。

 二人の間を冷たい風が吹き抜けた。

「しまったぁぁぁぁ!クロエを止めるのに宝石を使ってしまったんじゃった!ああ、くそっ、どうする!」

「スキアリィ!」

「っ!」

 慌てるベルの姿を好機と見たジイドの攻撃をかわしながら、必死に考える。

(今の手持ちの宝石に込めている魔力では封印をすべては解けんぞ……!やばいやばいやーばーいー!!)

 思わず心の中で絶叫してしまうベルであった。


「…………なんか、闘いたくない」

「ソウカ、ナラバスグニシネ」

 そう言って振るわれるバルジャンの剣をことごとく避けながら、クロエはその手に持った剣を彼に向けようとはしなかった。

「キサマノテニアルソレハナンダ」

「…………剣」

「ナラバナゼソレデオレヲキラナイ」

「…………気分?」

「フザケルナ」

「……

「…………ア?」

 そう言ったクロエの身体から、ナニカがと這い出てきた。這い出てきたソレは、目に見えない雫を払うように頭を振ると、クロエに向かって蠱惑的に笑いかけた。

「まさかクロエが私に実体を持たせるなんて、驚きだわ。いつもは魔力を食われるから嫌だって言ってるのに」

「…………だってメアがうるさいんだもん」

 久しぶりに得た実体の様子を確かめるようにぐっと背中を反らせているメアに、クロエは呆れたようにつぶやく。それを受けてメアはうふ、と笑うとその両手に紅い手甲鉤を身に付けた。

「やっぱり自分の身体で息をするのって楽しいわね。早く暴れたいわ」

「…………任せた」

「もちろんよ。…………ところでクロエ、ここにいる魔獣たちは食べちゃっていいのよね?」

「…………たぶん」

「やった、久しぶりのご飯がこんなのばっかりなのは残念だけど、量があるんだもの、気にしなくてもいいわよね」

 そう言ったメアは腰を落として構えると、その紅い瞳でバルジャンを見つめる。

「だから私のために死んでちょうだい。…………ああ、もう死んでたわね」


 メアが魔獣に向かっていくのを見届けたクロエは、本来の行き先であった方を見る。

「…………うん、こっちから感じる」

 そのまま彼女は魔獣の壁に突っ込むと、握ったままの剣を振るう。その剣が振るわれた後はまるで元からそうであったかのように魔獣の姿が消滅する。

「…………ん」

 立ち止まってその結果を確認したクロエは満足そうに頷くとそのまま剣を片手に魔獣の群れに突っ込んだ。彼女が剣を振るうたび、その周りにいたはずの魔獣がもとの死体に戻るわけでもなく消えていく。

「~~♪」

 普段通りの眠そうな目をしながらも上機嫌に鼻歌を歌いながら、クロエはただひたすらに踊るように剣を振るう。そして彼女は突如その動きを止める。

 彼女の前にはじっとこちらを睨みつける少女の姿があった。

「…………あなたが、ナタリー?」

「なるほど、お前がクロエか。よくも私の邪魔をしてくれたな」

「…………?」

「とぼけるな。魔獣たちを引き寄せてその手で殺していたのはお前だろう」

 その言葉に首をかしげるクロエであったが、その答えは自分の中からもたらされた。

(クロエ、君が眠っている間、君の本能、というか私たちの本能が君の身体を動かし、魔獣を食らうことで君の身体に足りない魔力を補充しようとしたのさ)

「……なるほど、補充の途中でベルに会った、のか」

(その通りだ)

「…………ん、シュバルツ、ありがと」

(礼はそこの魔人の魔力を食らうことで手を打とう)

「…………ん」

「さっきから一人で何をしているんだ?」

「…………確かにわたしが殺したみたい。…………だから、あなたも殺すね」

「軽々しく言ってくれるではないか。いいだろう、そんなことを言ったことを後悔させてやる!」

 そう言ってナタリーは背中から触手を生やすと、クロエに向けて次々に振るう。迫りくる触手を前に、クロエは動じることなくその手に持った剣を一振りする。

「ぐああああああああ!!」

 剣が触れた途端、触手は先端から崩れ、ナタリーが苦しむ。その隙を狙ってクロエが突進するが、ナタリーは咄嗟に地を蹴って移動し、剣を避ける。

「…………ちぇ」

「ちっ、くそが…………」

 悪態をつくナタリーを休ませないよう、初撃を避けられたクロエは続けて剣を振るっていく。それを紙一重でかわすナタリーは、合間合間に触手による攻撃を放つが、その結果は最初と同じであった。

「その剣、一体何なんだよ!」

 クロエの隙を見て距離を取ったナタリーは歯をむき出しにしながら叫ぶ。どう考えてもその剣はおかしい。普段なら斬られたとしてもすぐに再生する触手が、あの剣で斬られると再生しにくくなっている。その理由は剣にあると考えるしかない。

「…………これは私の特性に合わせて作られた剣。…………この剣は魔力を食う」

「はぁ?そんな剣、いずれ魔力を過剰に溜め込んで自壊するだけじゃねえか。使えねえゴミだろ!」

「…………私は生きているだけで多くの魔力を消費する。…………普段は自己生成の分で間に合うけど、戦闘になったら、たりない。…………これは、魔力をためる壺」

 そこまで喋ると、クロエは疲れたように肩を落とし、やる気のないような構えでナタリーに剣を向けた。

「…………しゃべるの、疲れた」

 ぼそりとつぶやいた言葉に感情は込められていなかったが、ナタリーを見る瞳にはありありと殺意が浮かんでいた。

「……………………だからぜったいころす」

 次の瞬間、ふわりと翻る銀髪がナタリーの視界を覆った。

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