ハスターク その25
少女はゆっくりと上体を起こし、暗い部屋のなかを見回す。
「……………………?」
どこかで見たことがあるような気がするが、少なくとも訪れたことは無いように思える。しかしそれよりも、なんというか体が重い。まるで長く寝ていた時のような感覚である。そこまで考えたときに彼女は自分の既視感の正体に思い至る。
「…………あ」
そうだ、と少女は小さくつぶやき体をベッドから引きずり出す。
「…………急が、なくちゃ」
(別に急がなくてもいいのよ?)
ふいに頭の中に声が響く。少女はベッドから出ると服を着替えながらその声に答える。
「…………でも、レオーネが」
(彼女の近くにはあの子がいるわ。私としてはいけ好かないから嫌なんだけど)
「…………」
(それに今のあなた、這い上がってきたばっかりで相当しんどいでしょ?もう少し休んでおきなさい。それがあなたのためよ)
黙ってしまった少女に畳みかけるようにその声は彼女に休むことを要求してくる。
しかし。
「…………うん、わかってる。……………………でもね、ミア、えっと、その、ごめんなさい」
そう言うと少女は――クロエは助走をつけて窓を蹴破ると、夜の街へと飛び出した。
「まったくこういう時に限ってあいつは何をしているんだ……!」
「落ち着けよ嬢ちゃん、クロエの嬢ちゃんは凄腕とはいえ病み上がりの身だ。心配しなくともうちのやつらは優秀だからすぐに見つかるって」
「む、むぅ……」
とりあえず一度組合に戻ろうということになった一行は、クロエを探しに出た職員の帰りを待っていた。
(クロエがそこら辺の冒険者と同じならその言葉に素直に頷くことができるんじゃがな。ちっ、ミアを呼び出そうにもクロエの意識がある今は成功せんじゃろう……)
クロエの居場所を掴む方法に悩み、苛立つベルを遠巻きに見ながら、レオーネはカエデから話を聞いていた。
「すると、夕飯を食べて部屋の近くまで戻ってきたところで
「はい、すぐに窓の外を見回したのですがそれらしい影を見つけることができず……」
「いや、いいんだ。カエデを責めているわけではない。なにより君だって病み上がりだろう」
優しい顔でカエデをねぎらいながら、レオーネは頭の裏でクロエという少女のことを考えていた。
(彼女の強さは間近で見た私もそれなりに分かっている。しかし、四日間寝たきりだった人間が起きていきなり窓を蹴破り逃走するとは、なんとも元気なお嬢さんだ。一体彼女はどんな人生を送ってきたのだろうか?)
各々時間を潰していると、一人の職員がベルたちが待っている部屋にやってきた。
「おう、嬢ちゃんは見つかったか?」
「いえ、それが…………」
「どうした、なんだか歯切れが悪いな」
「…………実は、全く手掛かりが見つからないのです」
「は?……いやいや、そんなことはないはずだ。人通りが少ないとはいえそれなりに人もいただろ」
「私たちもそう考えてひたすら聞き込みをしたのですが、これと言ってめぼしいものは何も…………。あ、でも一つ気になる話を聞きましたよ」
「気になる話?」
「ええ、なんでも街の外から魔獣の声が聞こえてくるとか。普段は気にならない程度なのが、今日はなんだか騒がしいと」
「繁殖期……にしては少し早いか。よし、手が空いているやつで門の外の状況の確認だ」
「わかりました。では失礼します」
そう言って職員が退室すると、途端に部屋の中の空気が緩んだ。
「すぐに見つかると思ったんだがな」
「まあそう簡単に見つからないことは分かっていたんだ。マークが気にすることではない」
「…………嬢ちゃん、悪いな。あんたが一番辛いはずなのによ」
「気にするな。どうしても気になるなら早く見つけ出すんだな」
苦笑するマークの言葉にベルはおどけるように返す。その言葉に、部屋の中にいた者たちの顔が少し和らぐ。しかしすぐにマークの顔が険しくなる。
「嬢ちゃんのことも気になるが、今の報告、『大賢者』様はどう思われますか?」
「そうだな……。私がこの街に来て五日が経とうとしているが、確かに今日は魔獣の声がよく聞こえる気がする。しかしこの街のことをすべて知っているわけではないので何とも言えない、といったところだろうか。もちろん魔獣が興奮状態にある可能性は否定できないので、冒険者に対して街の外に出ることに制限をかける必要はあるかもしれないが……」
「マーク支部長、私も『大賢者』様に同意します。今は小さなことにも気を配って行動するべきかと」
レオーネの言葉を援護するようにウェルキッドが続けると、マークは小さく息を吐いて「ああ、その通りだな」と言い、職員を呼んで注意喚起を促した。
「とりあえず嬢ちゃんの居場所か門の外の状況、どっちも気になるところだがまずは先に来た方の案件から片づけたいな」
「まったくです。私たちも後ろに仕事が詰まっているので、あまりここに時間をかけ過ぎるわけにもいきませんから」
「そうだな、私もここの視察が終わればまた王都で書類仕事……私ここに残ってもいいか?」
「ダメですレオーネ様」
カエデにたしなめられてしゅんとするレオーネをよそに、ウェルキッドとマークはどちらかの案件が先に進んだ場合の行動を話し合い始めた。
ベルはその様子を見ながら、懐の宝石を指でいじる。これを砕けば貯蓄されている魔力を使えるようになるため、それなりに動けるようになりクロエを探しやすくなるが、彼らの前で使うのは気が進まない。
(なかなかうまくいかないもんじゃな)
そう彼女は心の中でつぶやくと、マーク達の会話に耳を傾けた。
マーク達の会話が一段落したころ、職員が血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「どうした!何か見つかったのか!」
走ってきたらしく息を切らしている職員にマークが詰め寄る。その言葉に、職員は一つ大きく深呼吸をするとゆっくりと言葉を紡いだ。
「門の外に、魔獣が集まりつつあります。はぁ、はぁ、数はそう多くありませんが、ほとんどが危険度B以上の魔獣とのことです」
「危険度Bだと?この辺りで最も危険度が高いのは遺跡の方にいる異常進化した
「い、いえ、
「あいつ討伐するとか結構強いやつだな。もしかしてお嬢ちゃんたちだったり?」
「ああ、あいつか。クロエが一人で討伐していたな。うん、あれは美味かった」
なんでもないように答えるベルに、「え?あいつ食べたの?」という視線が突き刺さるが、マークはすぐに気を取り直して職員に指示を出す。
「危険度Bってことは二級以上の冒険者で討伐可能ってレベルだよな……。とりあえずこの街に滞在している冒険者全員に強制招集。ここじゃなくて広場のほうがいいか」
「わかりました!すぐに取り掛かります!」
職員が再び走っていくのを見送りながら、マークは部屋の中の面々を見回す。
「というわけで先に動いたのは魔獣の件、しかもわりかし面倒な状況だ。ベルの嬢ちゃんはもちろん、『大賢者』様も冒険者としての権限を持っている以上こちらの指示に従ってもらう」
「ああ」
「もちろんだ」
「それとウェルキッドさん、あなたには俺の補佐を頼みたいのですが、いかがでしょう?」
「勿論協力させていただきます。私の使命はこの街で起きたことを正確に報告することですが、それ以前にこの国を守るのが私のやるべきことですから」
「よし、じゃあ広場に向かうぞ」
マークの言葉に、その場にいた者がみな頷いた。
ベルたちが広場に到着すると、すでにかなりの数の冒険者が集まっていた。ベルは一人彼らから離れるとその集団の端の方に紛れた。いくらベルが優れた能力を持っているとはいえ、マーク達と共に行動するわけにはいかない。
マークは組み立てられた台の上に立つと、声を張り上げた。
「冒険者諸君、まずは集まってくれたことに感謝する。いや、強制招集だから集まらないわけにはいかなかっただろうが、それでも集まってくれたことはありがたい。さて、早速だが今回の招集内容について説明したいと思う」
そこでマークは職員を一人手招きで呼び寄せると、その職員と立ち位置を変えた。多くの視線を集めている彼は緊張しているようだったが、責務を果たそうと唇を舐めて話し始めた。
「今回、皆さまに集まっていただいたのは魔獣の討伐を依頼するためです。現在ハスタークの周囲に数十体の魔獣が確認されています。それらの形状からこの付近に生息していた魔獣だと考えられていますが、どの魔獣も危険度B前後の魔力を蓄えていることが判明しています」
それに対し、一人の冒険者が手を挙げて発言する。
「形状から魔獣の種類が判断できるということは、異常進化ではなく魔力を過剰に貯蓄した個体、という認識でいいのか?」
「はい。多くの個体はそのままの形状を残しているため進化の速度より貯蓄する速度が速かった個体だと考えられます。しかし中には中途半端に進化している個体も確認されています」
「了解した」
「今回の依頼の報酬は、魔獣一体当たりにつき千ドルク銀貨三枚です。そのほかに質問はありますでしょうか?」
職員の質問に途端に冒険者たちがざわめきだす。恐らく自分たちが討伐するに当たっての危険と、それによって得られる報酬が妥当かどうかを仲間内で話し合っているのだろう。
しばらくして別の冒険者が手を挙げた。
「その依頼を受ける場合はどうすればいい?」
「こちらで依頼を受理した後、支部長の指示に従って行動してください。ここにいる全員の意思が判明してから行動を開始します」
「つまり逃げたい奴はここで逃げろってことか」
「ああ、俺たちは冒険者をまとめるだけで依頼の強制はしない」
冒険者の質問に答えたのはマークだった。そのまま彼は冒険者たちの前まで歩いていく。
「俺はお前らの選択を尊重する。逃げ出しても構わん」
そこで彼は一度区切ると、ニヤリと笑って口を開いた。
「ただし『大賢者』様と肩を並べて戦いたくないやつは、だがな」
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