賢者は石の下に

zizi

第1話 春の章 1

 あれ以来、ずっとここで眠っていたことになる。

 奇妙な夢からやっとのことで脱け出すと、全身から脂汗がしたたり、体が水に浸かった麻紐のようにずっしりと重かった。

 その夢というのは、オイラが巨大な毒虫ではなかったが、何せ人間サマよりもはるかに巨きな生き物になっていた。その証拠に、このオイラが豆粒ほどに見える人間サマのような生き物を裸足の足で踏みつづけ、もがき苦しんでいる様子を何食わぬ顔で見下ろしているのだ。あげくの果てに踵から爪先にかけてジワジワとちからを加えていくと、木の実をつぶすときのようなピキッ、ピキッと軽やかな音を立てて彼らはつぶれていった。

 いくつ豆粒をつぶしたかわからないが、しばらくの間その小気味いい音を愉しんでいると、ふいに背後からとてつもないちからが加わり、ゴムまりのように吹っ飛ばされてしまった。瞬間何がどうなったのかわからなかったが、とにかく一目散にその場から逃げ出した。

 ずいぶん長いこと走りつづけた。もうそろそろいいだろうと思って足を停め、おそるおそる振り返って見ると、頭が禿げてはちきれんばかりの腹を抱えたいかにもするがしこそうな顔をした大男が、両手を前に伸ばすようにしてすぐ後ろまで迫っていた。どうあがいてもその大男からとうてい逃げきることができず、とうとうその大男に首根っこをつかまれて、あっという間に押し倒されてしまった。そして、今度は逆にオイラが踏みつぶされる結果に陥ってしまった。そこでようやく重苦しい夢から開放されたのだ。


 記憶をたどると――数日前まで説明のできないくらいずいぶん離れた場所にオイラはいた。ところが、一本の材木につかまって歩いていたとき、人間の大きな声が聞こえると同時に、材木ごとトラックの荷台に乗せられ、皆目見当のつかない土地に向かっていた。

 トラックの荷台に乗せられたまましばらくは不安な気持を抱えていたが、どうすることもできないことに気がつき、ええい、ままよと肝を据え、気持を投げ捨てるようにして居眠りをしていたときに事故が起きてしまった。

 ――揺れながらいい気分でウトウトとしていたとき、ふいに何かに弾かれるようにして体がふわりと宙に浮いた。とっさに身を丸めた。次の瞬間、強く地面に叩きつけられ、どうやらそのときに脳震盪を起こしてしまったらしい。

 丸まった体をどこか異常がないか気にかけながらゆっくりと伸ばした。幸い背中のあたりに少し痛みがあるくらいで、他は別状なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る