エピローグ

 さて、獣人達による誘拐未遂はどうにか解決し、一週間ほど経った。俺は今、いつもの毎日を暮らしている。


「だーかーらー! 俺はただ1人で寂しく昼メシを食うのはもうイヤだ、っつってんの! もちろんみんな集めろとは言わねぇよ、でも時間の空いた人と一緒にワイワイやるだけでも楽しいだろ、って話!」

「ダメです! あなたは豊穣神であり、この宮殿の主です! 使用人などと共に食事を取るなど言語道断です!」


「別に俺宮殿の主とかじゃねぇし! 異世界に来て最初のプレゼントが宮殿とか、それもう一周回ってイジメだろ! 俺は普通にメシ食いたいだけなの!」

「ですから、なりません! 我々使用人にも超えてはならない一線と言うのがあるのでございます!」


「はい今敬語使ったなヘンリエッタ! ですますは丁寧語認定するが、ございますは敬語だ、っつったろ! ほら殴れ!」

「くぅ……失礼いたします!」


 どごぉん! と俺の頬をグーで殴るヘンリエッタ。俺の体は少し吹っ飛び、地面を転がる。


 防御魔法を展開してはいるが……痛ぇもんは痛ぇな、うん。


 とまぁ、いつも通りとは言いつつ、確実に前とは違う毎日だ。ヘンリエッタ、リオネスを始めとして、宮殿組との距離はかなり縮まってきたと思う。


 さて、次は神都……街のヤツらとの距離を縮めたいところだが、これも一筋縄じゃ行かないんだろうな。


「……相変わらずめちゃくちゃね、あなた達は」


 と、冷静な声が降ってくる。頬をさすりながら体を起こす。


「お、ショコラ。おはよう」

「おはよう……だけど、顔を腫らして地面に座り込んでる豊穣神から挨拶されるなんて、変な気分」


 呆れ気味に息を吐く獣人、ショコラ。彼女は今、この宮殿で下っ端メイドの1人として暮らしている。


 いや、彼女だけじゃない。リーダーの男、ガトー、それに他の獣人達も、紅蓮流星メテオラで負った傷を癒しながら、各々この宮殿内で働いている。あの後、彼らを宮殿で雇う事を豊穣神権限で決めたのだ。


 と言うのも、彼らはとある国から半強制的に専属冒険者に任命され、豊穣神を攫う、という無茶な命令を下されたらしいのだ。


 その国では獣人の社会的地位が低く、ちょっと問題を起こしただけで殺されてもおかしくないような場所らしい。なので、自分たちの命を護る為にやらざるを得なかった、と彼らは主張し、それが嘘じゃない事も魔法で証明された。


 そこで、政治組のリオネスが部下を引き連れてその国まで殴り込み……もとい話し合いに行った。豊穣神の事、獣人達の処遇を含めて、そっちのやった事は見逃してやるから全部手打ちにしよう、みたいな。


 帰ってきたリオネス曰く『快くこちらの提案を受け入れてもらいましたよ~。穏便に事が済んで良かったです~』とのこと。……え? ホントに穏便だったのかって? HAHAHA、そうに決まってるじゃないか。そうであってくれ。


「ショコラ。あなたには宮殿正面の掃除を命じたはずですが?」


 感情の消えた、ヘンリエッタの刺すような言葉。一瞬びくぅ! と肩を震わせた彼女は、ぴしぃ! と姿勢を正した。……メイドの教育、すげぇな。


「は、はい! えぇと、アキの知り合いが訪ねてきましたのでこちらにご案内しました!」

「知り合い? ……っておい、久しぶりだなリュート、イリーネ!」


「やぁ」

「あはは……お久しぶりです」


 リュートとイリーネの姉弟が、どこか居づらそうな面持ちで立っていた。


 思えば、あの後も会う機会がなかった。無事な事くらいは人づてに聞いていたけど、こうして元気な姿を見れて一安心だ。


「でも、驚いたよ? メイドさんにアキとの取次ぎを頼もうと思ったら、あの時僕を人質に取った獣人がいたんだから」

「正直、私が案内していいのか迷ったんだけどね……」


「はは、まぁ過去の事は水に流してやってくれると嬉しいな」

「別に怒ってはいないし、この人が怖いわけでもないよ。あの時も、なんだかんだで人質に取ったことを謝ってくれてたし」


「へぇ……? 冷徹に見えて意外と優しいんだねぇ、ショコラさんは?」

「くっ……性格悪くなってないかしら、アキ」


 今までが良い子を演じ過ぎてただけな気がするな。俺が笑うと、ショコラも小さく笑みを返す。


 と、イリーネが辺りを見回しながら言う。


「そういえば、巫女様はいらっしゃらないのですか?」

「ん? ああ、レイナは」

「アキ、お待たせぇ!」


 むぎゅう! と背後からのしかかってくる、弾力のある何か。もう振り返って確認するまでもない。この一週間、何度この襲撃に遭った事か。


「ええい、くっ付くなレイナ!」

「抱きついてるだけだから問題ないよね?」

「なお悪いわ!」


 レイラは屈託のない笑みを浮かべて、なおも俺に体をすり寄せるようにしてくっつけてくる。くそぉ、これはもう完全に狙ってやってるだろ! 人の理性を弄ぶな!


 あの日以来、ずっとこうだ。元々アグレッシブ気味だったけど、完全に振り切れちまった感じ。


 いや、敬語とサマ付け止めろ、って言ったのは確かに俺だよ? けど、レイラのこの変わりようはそれとはまた別問題な気もする今日この頃。


「で、俺の昼メシは?」

「ふふ~ん、あそこ!」


 指さした先には、何やら料理の乗っているワゴンがあった。ここ最近、俺にご飯を食べさせたい、と意気込んだレイナが、毎日のように作ってくれるのだ。


 近くにいたショコラがそのワゴンに近づく。が、電光石火の速さで俺から離れたレイナがそれを阻止する。


「言っとくけど、ボクはまだキミ達を許してないから」

「やめんか、レイナ」


 半眼で威嚇するレイナ。ショコラもまた、恐縮した感じでワゴンから離れる。まぁ、あんな禁呪をぶっ放されたんだから、苦手意識の1つもできるわな。


 ともあれ、レイナがワゴンをこちらに運んできたことで、ようやく俺は昼メシにありつける。結局俺一人で食う事になるわけだが、まぁそこはおいおい改善させよう。


「今日もボク、すっごく頑張ったよ~」


 と言いつつ食卓に置かれた料理は、確かにとても美味しそうだ。早速味わうとしよう。そう思いスプーンを取ろうとするも、レイナが光の速さでそれを掻っ攫い、


「はい、あ~ん」

「…………」


 いや、待ってくれレイナ。確かにお前が作ってきた時にはそんな感じで食う事が多いけど、ヘンリエッタやショコラはまだしも、今日はリュートにイリーネもいるんですけど。


「アキ? はい、あ~ん」

「……、……あ~ん」


 結局、幸せそうなレイナの笑顔に負けた。リュートの視線が特に痛かった。




「……ん、ご馳走様。それじゃ、今日は折角リュート達も来てくれたことだし、このまま街に出るとしようか」


 恥ずかしさを紛らわせるように早口で。俺はヘンリエッタを見やった。


「宮殿の事は頼む、ヘンリエッタ」

「ええ。では護衛として戦闘メイドを20名」


「多い。10人だ」

「少なすぎます。15人で」


「……12人」

「では間を取って14人という事で」


 13.5人は問答無用で四捨五入されました。


「……まぁいい。けど、こそこそ隠れるのは無し。一緒に歩け」

「そう、ですね。隠れる意味はありませんし、問題ないでしょう」


「で、一緒に歩くんだからメイド達は俺の友達として扱う。よって、街の子供達と遊ぶ、みたいな事になったら一緒に遊ばせる。いいな?」

「…………、……分かりました」


 渋々ながらか、歯切れ悪く言う。よし、多少は譲歩させられたな。


「おや~? アキ、外出するのですか~?」


 と、リオネスが食堂に顔を出した。この時間に来るなんて珍しいな。


「どうかしたのか? 今から街を散歩しに行くんだけど」

「そうですか~。いえ、これを渡しに来たんですよ~」


 そう言って手渡されたのは……一冊の、ノート? しかもこれ、元の世界で似たようなヤツを見たことが……?


「ふふ、気付きました~? それ、先代豊穣神、チエ様の物ですよ~」

「先代の……? 何でそんなものが」


「チエ様が亡くなられたのはまだ最近の事でして、チエ様の旦那様が遺品を整理した時に見つけたそうです~。なんでも、次代の豊穣神に遺したモノらしくて~」

「…………」


 ぱらぱらと中を見てみると、確かにそれは懐かしい日本語だった。豊穣神の仕事だとか人付き合いのコツだとかが、つらつらと書き記されているようだ。


 興味はあるけど……今は折角来てくれた友達を大事にしたい。読むのは何時でも出来るし、とりあえず部屋に置いておこう。


「ありがとな、リオネス」

「いえ。それじゃ、お気をつけて~」


 歩き去っていくリオネス。ふぅ、今日は色んな事が起きるな。


 気を取り直した俺は、レイナ、リュート、イリーネを順に見やった。


「んじゃ、10分後に宮殿の入り口前集合って事で。俺、ちょっと着替えてくるわ」

「あ、じゃあボクも行きます!」


「何で!? 俺は着替えるの! レイナは必要ないの!」

「豊穣の巫女として、ボクはいついかなる時も豊穣神サマのお傍に」

「却下! ついてくんな!」


 フリじゃねぇぞ! フリじゃねぇからな!


 他のみんなへの挨拶も程々に、部屋に向かって走り出す俺。だが、聞こえる。聞こえるぞ。聞き慣れた足音が、俺を追ってくるのを。


「くそっ……閃光!」

「ひゃっ!? あぅぅぅ……転移!」

「ぐおぇ!」


 くそ、また降ってきた。俺の理性を破壊する、この感触が。


「て、転移は、卑怯だぞ……」

「へっへ~ん、ボクの勝ちだねアキ!」


 豊穣神に対して声高々に勝利宣言をする豊穣の巫女とはこれ如何に。


 と、いつまで経ってもレイナがどいてくれない。閃光で眩んだ目を回復させているのかと思ったけど、彼女は嬉しそうに俺の顔を覗き込んでいる。


「……どした?」

「えへへ。幸せだな~、って思って」


 そんな事を言ったレイナは、俺に顔を近づけた。


「アキが豊穣神になってくれて、この国やみんなの為に豊穣神を頑張るって言ってくれてボク、ホントに嬉しいの。ありがとう、アキ」

「なんだよ、改まって。……つーか、俺はまだ自由を諦めてはいないからな?」


 へ? と呆けた顔。そんな顔も可愛らしく見えて、思わず笑った。


「もちろん、豊穣神としてやっていく事が前提条件だ。そこを変えるつもりはねぇけど、その上でそれなりに自由な暮らしが出来るようにこの国を変えていく」

「国を……変える?」

「ああ。豊穣神がただ護られるだけのお飾りじゃねぇって、認めさせていくんだ。それも豊穣神命令とかじゃなくて、少しずつみんなの意識を変えていけたらいいなって思ってる」


 豊穣神に対して過保護なこの国は、言い換えれば保守的とも言えるんだろう。変化を恐れてると言うか、今の状態がベストなんだと言い聞かせていると言うか。


「けど、小手先のやり方じゃダメだろうな。だから、レイナにも協力して欲しい。……まぁ、豊穣の巫女としては俺があんまり好き勝手するのは認めたくないかもしれんが」

「うぅん、そんな事ないよ。ボク、アキを全力で応援する!」


 レイナが更に顔を近づけて……ってちょっ、マジで近っ、


「っ……」


 ほんの一瞬。一瞬だけ唇に触れた感触。


 すぐに離れてしまったけど、その柔らかさはしばらく忘れられそうにない。


 レイナは顔を真っ赤に染めながらも、満面の笑みを俺に向けて言った。


「だってボク、アキに全部捧げるって決めたんだもん!」


 その言葉を最後に、レイナはぱたぱたと走り去ってしまった。恥ずかしくてしょうがなかったのは、まぁ分かるさ。俺も同じ気持ちだし。


(……ったく。相変わらずだな、レイナは)


 彼女の小さな背中を目で追いながら立ち上がった俺は、未だに唇に残る感触を思い返しながら呟く。


「じゃあ、俺はレイナに全部捧げないと、な」


 それが意味する事を頭の中で噛み締めながら、俺は小走りでレイナの後を追った。

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