29、煩悶
「……リュートが獣人に捕まった、と聞いてまさかと思ったけど、マジであんた達だったのか」
見たところ、リュートが怪我を負わされたようには見えない。ただ、捕まってゴメン、みたいな感じで俺を見るなバカリュート。これは多分、俺の責任だ。
俺は湧き上がる色んな感情を抑え込み、努めて冷静な語り口で言った。男の獣人がリュートを拘束していない方の手で髪を掻きむしる。
「悪いなぁ、アキ。俺もこういうのは趣味じゃねぇんだけど、あんま手段を選んでる場合じゃなくなってよぉ」
「それはあんた達の事情だろ。リュートを離せ」
「ええ、いいわよ? あなたが来てくれるのなら、ね」
女の獣人の言葉に、俺は舌打ちをしていた。やっぱり、狙いは俺か。
「……俺が狙いなら、どうしてあの時点で俺を攫わなかった?」
「だって、あの時はまだレーヴェスホルンの人達と仲良くなって豊穣神との接点を持とう、ぐらいの方針だったもの。まさか偶然拾ってギルドまで送り届けたあなたが豊穣神本人だなんて予想できないわ」
ま、俺本人が予想できてなかったしな。
さて、どうするか……俺も多少は魔法が使えるようになったけど、冒険者の2人には通用しないかもしれない。奥の手もあるけど、こんな街中で使うのは避けたい。
いや、そもそもリュートが人質になってる時点で抵抗は得策じゃないな……。
「くそっ……せめてどうして俺を攫うのかくらい聞かせろよ」
「豊穣神を欲しがる輩は幾らでもいるって事。先代の豊穣神が死に、レーヴェスホルンは近いうちに新たな豊穣神を召喚する、もしくはもう召喚しているはず。そのごたごたに乗じて豊穣神を攫うつもりだったわ」
「この一ヵ月、ずっと機を窺っていたんだがよぉ、宮殿は鉄壁の警戒網で侵入する事すら不可能でなぁ。やっとアキが宮殿から出てきたと思ったら、今度はうじゃうじゃと護衛がいるしよぉ。いやぁ参ったぜ」
「そこで、ちょっとやり方を変える事にしたわけ。豊穣神様のご友人にご協力頂いて、ね。褒められたやり方じゃなかったけど、成果は上げられたようだから良しとしましょう」
……聞く限り、人質を取ってどうこうするのは好きじゃないみたいだ。それに、誰かの指示で俺を攫いに来た、みたいな感じだが……まぁどうでもいいな。まずはリュートの解放が最優先だ。
俺は一歩踏み出しながら、声に力を込めた。
「リュートを離せ。俺の友達だ。傷つけたら、許さない」
「ほ、豊穣神様……」
イリーネさんを手で制し、俺は歩き続ける。獣人2人は警戒態勢を解かない。
「はっ、何もしねぇよ。下手に動いてリュートに何かあったらたまったもんじゃねぇ」
「アキ……ごめん」
「謝るなって。俺こそ悪かったな。怖い思いさせてよ」
リュートが解放され、次の瞬間には俺の腕が拘束される。よほど警戒してるみたいだな、こいつら。
「……どうしてリュートを人質に取った。あんた達獣人は、身体能力の高さから戦闘が得意な種族らしいな。俺なんか簡単に捕まえられるだろ」
「そりゃお前一人なら、なぁ。けど、あの護衛共を掻い潜って手出しできるかよ」
「は? 護衛って……メイドだぞ?」
ヘンリエッタさんの言う戦闘メイドなのだろうけど、獣人の彼らの方がよほど強そうに見える。と、俺の顔から何かを読み取ったか、男の方が溜息を吐いた。
「アキ、気付いてねぇのか? あのメイド、ありゃ並みの人間じゃねぇ。そいつらを束ねてるメイド長も、宮殿の中にいるヤツらも、どいつもこいつも並外れてやがる。平たく言やぁバケモノ揃いだぜぇ?」
「正直、私達が仲間を呼んで抵抗したとしても、1分すらもたないでしょうね。だから護衛がいてもいなくても関係ないように人質作戦を取ったんだけど……今日は何故か護衛のメイドがいないみたいね。なんなのよ、もう」
……そこまで、なのか。俺が知らないだけで宮殿の中に達人がいるかもしれない、と何となく思っていたけど、むしろ達人しかいなかったってのか?
けど、それは良いニュースだ。助けさえ呼べれば、この場を切り抜ける方法もきっと見つかるはず。俺は不敵に笑った。
「へぇ、良い事聞いたな。じゃあ、あんたらヤバいんじゃないか? いつまでもこんなとこにいちゃあ」
「ええ、ヤバいわよ。……だから、こうしてマナを練ってたのよ」
人差し指を立てる女。その指先に纏わりつく、濃厚な輝きを湛えた光。
こいつ、魔法を……! 獣人は魔法が得意じゃない、と書物で学んでいたから、警戒をしていなかった。しかもこれは、
「さぁ、仲間のとこに案内するわ。
「あ、アキ!」
リュートの焦った声を最後に、俺の体から重さが消える。俺と言う存在がぐにゃりと歪んでいくかのようなその感覚の中、俺は歯を軋った。
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