第5話
老婆が自分の横を通った時に老婆を見て、その後何事もなかったかのように前方に視線を戻すのです。
つまり、全身血だらけで大きく裂かれた腹から内臓をずりずり引きずりながら歩く老婆をちゃんと認識しているにもかかわらず、一瞥をくれただけ。
それだけなのです。
――ええっ?
考えました。
この状況ははたして一体、どういうことなのだろうかと。
ただうっかり寝過ごしただけなのに、気付けばバスはいつの間にか見知らぬ山の中を走っており、こんなところにバス停があるとは思えない場所にあるバス停でバスが停まると、誰もいなかったはずなのに腹を大きく割かれた老婆が乗り込んできて、それゆえバスの中が鮮血でむせかえっている状況なのに、運転手も三人の乗客もこれといった反応は見せない。
今この状況に対して明快かつ的確な答えを導き出すなどといったぶっ飛んだ思考回路は、私は持ち合わせていません。
私が何ひとつ思いつかず、何も出来ないままでいると、バスが次の停留所まで進み、何の表示もアナウンスもないままバスはそこで停まりました。
降り口の扉が開きましたが、誰も乗ってこないし、誰一人降りようとはしません。
刹那、私の頭の中に「このままバスを降りる」という選択肢が浮かび上がりましたが、それが実行されることはありませんでした。
考えてもみてください。
わざわざ血と臓物にまみれた老婆の横をすり抜け、バスを降りる。
それだけでも考えただけで心臓が縮みあがりそうになるというのに、バス停があるのは山の中。
人里遠く離れた正真正銘の山の中なのですから。
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