【本編完結後の番外編】悪役令嬢は推し未亡人!? 転生したので婚約者の運命を改変します!

柊 一葉

私に死亡フラグが立ちすぎる

「マティアス様っ!おかえりなさいませ!!」


「ただいま戻った」


フォルレット・ステーシア改め、フォルレット・オーガスト伯爵夫人になった私は、とても幸せな新婚生活を送っていた。


新婚一か月。

あぁ、今日も夫がすばらしくカッコイイ。


「……フォルレット?」


帰ってきた彼の剣を預かり、それを頭上に掲げて拝んでいたら、マティアス様が困った顔になる。

でも彼は私のすべてを愛してくれているから、こんな挙動不審なところもカワイイと言ってくれた。末尾に「病気でなければそれでいい」という言葉がくっついていたのは、気にしたら負けだと思う。


「すでに湯の準備ができていますよ」


王都の一等地。レオナルド様腹黒プリンスもらった押しつけられた新居は、築百年という物件だが、とても清掃が行き届いていてまるで美術館のような素敵なおうちだ。


十何LLDDKKK、みたいなどれくらい部屋があるのかわからない広さで、日本人の感覚ではちょっと落ち着かない。

この一か月で何度か迷子になっている。


インテリアや絵画も、結婚祝いにレオナルド様笑顔の黒い人からもらったものやガーク様のお母様が趣味で集めていたものを譲ってもらい、実はこれがとんでもない値段らしい。


怖いから、詳しくは聞いていないけれど……


マティアス様は第一部隊の小隊長から、来年には近衛のエリート枠に出世する予定だ。

私の中では「推しが近衛になってくれたら泣く」みたいな感じで応援している。


だって近衛になれば、少なくとも戦に駆り出されることはない。今のところ戦が起こる予定はないけれどね?


「今日も、何もなかったか?」


マティアス様は私と一緒に部屋に向かいつつ、優しい笑みでそう尋ねた。


「はい!今日はお母様が新しいお花を持ってきてくれました」


お母様は、毎週のように私に会いに来る。ステーシア家で新しく育てた薔薇を持ってきたり、身体にいいと言われるくるみの菓子を持ってきてくれたり、貴族のゴシップを教えにきてくれたり、娘大好きが加速している。


マティアス様は「そうか」と苦笑し、着替えるために部屋に入った。

私は彼の剣を壁にかけ、上着を受け取ってメイドに渡す。


普通は妻にも剣を触らせないらしいのだが、マティアス様は結婚したその日から私にそれを預けてくれた。

家令に「めずらしいですね」と言われて初めて知ったのだが、信頼されているようでうれしい。


シャツ姿になりタイを緩める彼のそばに寄り、私は笑顔で言った。


「会議はいかがでした?」


「いつも通りだ。責任を取りたくないから意見を出さない奴らばかりだな」


「それはレオナルド様も頭が痛いことですね」


私がそう言うと、マティアス様はクツクツと笑った。


「そうでもない。あの方は自分の好きなようにやるからな。何も言わないのは言わない奴が悪いとばかりに、どんどん新しい策を進めている」


さすがは腹黒。まぁ、あの人だけがこの国の救いだからね……

よい国づくりをしてくれればそれでいい。


メイドが用意してくれたぶどう酒のグラスを差し出すと、彼は椅子に座りそれを一口だけ飲んでテーブルに置いた。


「そんなことより」


次期国王のことをそんなことって言いましたね?

彼は椅子の横に立っている私の腕を引き寄せ、腰にするっと手を回した。


「帰ってきたら君の話が聞きたい。他の男の名は、君の口から聞きたくないな」


――ゴスッ!!


私は思わず左手で胸を押さえた。

彼は毎日のように、こうして重い一撃を見舞ってくる。これに耐えるのはなかなかむずかしく、平静を装ってはいるものの心の中では床を転げまわって悶絶している。


「マティアス様、お食事の用意が……」


頬を染めつつ、そう言ってメイドのいた方を振り返ると、そこにはきれいさっぱり誰もいなかった。

どうやら私は逃げそびれたらしい。


「逃げたい?フォルレット」


「あ……」


いたずらな目でそう言うと、彼は私を抱き寄せて胸元に顔を埋めた。

逃げられないので、私は諦めて彼の頭をそっと撫でる。

なんだか大型犬を手懐けているような気がするのよね……


「もうこのまま寝室に行くのはどうだろう」


「そ、それはダメです!」


「なぜ?」


「なぜって、せっかく料理人が食事を……マティアス様がここで夕食を取るのは五日ぶりですから、みんな張り切って用意してくれたんですよ?」


逃げ腰でそういうと、彼は堪えきれない笑いを漏らして言った。


「冗談だ」


ようやく夕食を一緒に摂れる時間に帰ってこられたんだ。二人で仲良く食事したい、これは私の本音。

ええ、決してこのまま寝室直行が嫌なわけではない……。

こうして早く帰ってきた日は、彼のおそろしい体力で朝方まで抱きつぶされるから困るという理由ではない。


「食事をして、その後はサロンでゆっくりお話しましょう?」


うん、そうしましょう。

いっぱいお酒も用意してあるから。それに、飲んでいる姿を絵に描きたい。


ちらりと視線をマティアス様に向けると、彼はスッと立ち上がり、唇に触れるだけの軽いキスをした。


「なるべく期待に応えられるようにしよう」


「よ、よろしくお願いいたします……!」


顔を真っ赤にしてそう言えば、彼はクスリと笑って今度は長めのキスをくれた。


あの、一体いつになったら食堂に行けるんですかね???

触れてもらえるのはうれしいし、愛情たっぷりなのはうれしいんですが、いちいち行動が甘すぎて私の命は風前の灯火なわけでして……。


「死亡フラグが」


「ん?フォルレット、どうした」


私に死亡フラグが立っています。あなたの攻めを受け止めきれずに死にそうです。


この日も家令が呼びに来るまで、私は彼に弄ばれるのだった。



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