幕間6
「樋川さんは、なんでいつも嘘をつくの?」
それが僕に浮かんだ最初の疑問だった。
彼女はすぐにくだらない嘘をつく。それは短い付き合いの僕でも気が付いていた。樋川レイという女の子のことを知るためには、無視できないポイントであることは間違いなかった。
すると、樋川さんは懐かしい歌に耳を傾けているかのような表情をした。そして、ぽつりと小さな声で言った。
「私はね、昔、ずっと嘘つき扱いされてたんです」
僕は黙って彼女の言葉を待つ。
「私は嘘なんてついていないのに、誰も私の言っていることを信じてくれない。なんで? なんで、誰も私のことをわかってくれないの。そんな風に思っていました」
彼女の話はとらえどころがなく、どこか抽象的だった。だが、僕は何も言わず、彼女の言葉を受け入れた。そうするのが正しいと思ったからだ。
「あるとき、ある人が言ってくれたんです。『本当のことを言っているのに、嘘つき扱いされるなら、本当に嘘をつけばいいんだ』って」
「…………?」
それはいったいどういうことなんだ。僕は彼女の言葉を反芻し、考える。
すると彼女は僕の疑問を察したのか、苦笑いをして言った。
「解りにくいですよね。でも、その人は続けてこういってくれました」
樋川さんは言う。
「『世の中には嘘があふれてる。大抵のマンガや小説、映画だって全部フィクションという名の嘘。だけど、その嘘を批難する人はいない。だったら、嘘そのものは悪いものではない』」
それは詭弁かもしれない。しかし、まったくの的外れとも言い難い考え方だろう。
「『世界中で一番嘘をつく人間は誰だと思う?』その人は私に尋ねました」
「……役者か?」
「そうですね」
それなら、脚本家や小説家だって嘘つきだし、一番はどちらなのかは判断が別れるところだろう。
だけど、樋川さんが言いたいのはきっとそういうことだろうと思った。だから、僕は役者と答えた。
「だから、その人は私に役者になれと言いました。だから、私は役者になろうと思ったんです」
樋川さんは擦りきれたオルゴールのような声で呟いた。
「みんなから好かれる『嘘つき』に……」
そういうと樋川さんは黙り混んだ。そして、いつも微笑んでいる彼女には珍しくアンニュイな表情をふっと漏らした。
彼女はいったい何を考えているのだろうか。
「樋川……さん?」
僕が声をかけようとした時だった。
「おーい、あと五分で出るけど、全員いける?」
向こうから部長の声が聞こえた。そこでようやく、僕は自分が撤収作業の途中だということを思い出した。
「あっ、やばい」
僕は慌てて残った荷物をまとめ出す。
「手伝いますね」
樋川さんの表情は、いつの間にかいつもの笑顔に変わっていた。
「あ、手伝うっていうのは、嘘じゃないですからね」
そんな彼女のくだらない冗談に、口元を緩めている自分がいた。
もう少し、樋川さんと話をしてみたい、そんなことを考えた。
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