第63話(終)「ありがとう」



 私と陽真君は街が見渡せる草原まで移動し、腰を下ろした。二人で隣り合って座り、街の景色を眺める。私達は何とも言えない心地よい空気に包まれる。街から吹く温かい風が、私達を歓迎しているのが分かる。


「なんか……すごい大冒険しちゃったね」

「あぁ……色々悪かったな、凛奈」

「謝る必要なんてないよ」

「でも、お前は俺のために無茶し過ぎなんだよ」


 陽真君は右手で私の頬に触れる。うっすらとではあるけど、所々殴られたり叩かれた跡が残っている。ギャングに付けられた傷だ。激しい戦争の中を駆け抜けた証が、生々しく刻まれている。


「こんなボロボロになってまで、俺のために……本当にすまない」

「ううん、平気。陽真君のためなら、私は何だってするよ。陽真君のことが好きだから」 

「ありがとう、俺も凛奈が好きだ」


 私は陽真君に微笑みかける。結果的に彼の記憶を取り戻し、元の世界に連れ戻すことができたんだもん。こんな傷、大したことない。

 でも、少しでも謝罪の意を示そうと、彼は絶えず私の頭を撫でてくれる。十分だ。それだけで今までの辛さなんて、軽々と吹き飛んでしまう。私の悲しみや苦しみを完全に消し去ることができるのは、彼の優しさだけだ。


「でもよかった。陽真君も好きでいてくれなかったら、記憶が戻ることはなかったから……」

「だな、本当によかった」




 私達は気づかなかったけど、後ろの木陰では花音ちゃんと優衣ちゃん、豊さんが私達を覗き見していた。


「ん~♪ 自然と『好き』なんて口にして……凛奈ったら、成長したわね~♪」

「微笑ましいですね~」

「青春だねぇ……」


 花音ちゃんは手帳を開き、陽真君のページに「凛奈のことが大好き」と情報を書き加えた。


「はいはい、二人だけの時間を邪魔しないの~」

「その他大勢はとっとと退散して~」


 哀香ちゃんと蓮君は協力して、三人を森の奥へと押し戻す。二人きりの空気を邪魔させないようにと、私達から遠ざけてくれる。最後まで私達はそれに気がつかず、幸せな一時を楽しむ。




「母さん、心配してるだろうなぁ……。俺、二週間も出てったから」

「うん。でも、優衣ちゃんや豊さんは三年だよ。帰ったら知り合いの人達、みんなびっくりしちゃうよ」

「だな」


 軽く笑い合う私達。心のどこかで無理なんじゃないかと思っていたけど、優衣ちゃんや豊さんも一緒に元の世界に戻ることができて、本当によかった。アンジェラも女王としての道を歩み始めたし、もう何もかもが一件落着だ。


「それにしても、お前強くなり過ぎなんだよ、心も体も。これじゃあ俺が守る意味なくなるじゃねぇか」

「私を強くしてくれたのは陽真君なんだよ?陽真君がいるから、私はどれだけでも頑張れるんだから」

「あぁもう……そういうとこだぞ……///」


 私が堂々と陽真君を褒めるから、彼の頬が赤く染まる。先程から私にその顔をよく見せてくれる。彼もこんな風に照れることがあるんだと知って、何だか微笑ましくなる。


「ふふっ、ありがとう陽真君。いつも私を守ってくれて」

「あぁ……///」




 反対側の山から顔を出した朝日は、空をどんどん青色に染めていく。月もだんだん見えにくくなっていく。それに焦らされるように、陽真君が口を開く。


「なぁ、凛奈……」

「ん?」

「そ、その……あの時の返事なんだが……」

「え? あっ! こ、告白の返事だよね?///」


 私は思い出した。そうだ、様々な理由があったけど、陽真君を連れ戻そうとした一番の理由は、告白の返事をもらうためだ。彼の口から切り出され、改めて心音が早くなる。

 赤の他人にとっては、とてつもなくどうでもいいことかもしれない。しかし私にとっては、その返事だけが頼りだった。彼と共に元の世界に帰ったら、絶対に聞きたいと思っていたことだから。


「あぁ。ほら……俺、お前のこと好きだとは言ったが、告白の返事自体はしてねぇだろ?///」

「う、うん……///」


 改めて恥ずかしさが溢れ出す私達。どうしよう。遂にこの時を迎えた。私はなるべく全てを受け止められるよう、心の準備をした。陽真君がゆっくりと口を開く。


 あ、でも……


「それで、返事は……」

「あ、待って!」


 私は陽真君の開いた口を手で押さえた。


「もう一回、やり直させて」

「え?」


 私はただ返事をもらうだけじゃ、何だか物足りない気がした。もう一度始めからやり直したかった。やっぱり、今ここで返事をもらうだけじゃだめだ。しっかりと告白の過程を踏んでいないように思えるから。


「もう一回正々堂々と言葉にすれば……どんな返事でも受け止められる気がするから」

「……あぁ」


 しっかりと私の方から好きだという気持ちを伝えて、それから陽真君が返事を言う。そうやって、最初から最後までしっかりと進めたい。

 私は深く深呼吸をする。異世界も、ギャングも、記憶喪失も、もう私達の間を邪魔するものは何もない。完全に二人だけの世界だ。私は彼を見つめる。彼は私を見つめ返す。私はゆっくりと口を開く。


 さぁ、言うんだ……






「私、陽真君のことが大好き。初めて陽真君が声をかけてくれた時のこと、絶望のどん底から救ってくれたこと、私はすごく嬉しかった。陽真君と出会えて私は幸せだよ」


 私は今までの陽真君との日々を思い返す。きっと彼も、私の言葉を聞きながら思い返していると思う。私達は本当にかけがえのない大切な時間を共に生きた。思い出という素敵な宝物をくれた彼に、私は心の底からものすごく感謝している。


 まずい、早くも瞳が潤む。泣いてしまいそうになっているんだ。よく見ると、私につられて彼も泣きそうになっている。私は涙を流すのを必死に堪え、言葉を紡ぎ続ける。


「私を助けてくれてありがとう……。私、今も泣き虫で弱虫だし、陽真君に比べたら全然強くなくて守られてばっかりだけど、こんな自分も今は好き。それは、陽真君のおかげだよ」


 陽真の体が震えている。彼の心の中から、何かが飛び出そうとしているかのように。私の彼が好きだという気持ちも、今すぐ心から飛び出したくてたまらないと叫んでいる。先程から一秒ごとに早くなる心臓の鼓動が、その証拠だ。


 私は最後にとびっきりの笑顔で言う。


「こんな私でもよければ、これからは恋人として付き合ってくれますか?」


 決まった。自分の気持ちを全部言い終えた。これが私なりの愛の表明だ。心がすっきりしている。言った。堂々と言ってみせたよ。


 陽真君の返事は……




「……!」


 私は驚いた。告白の言葉を言い終わった瞬間、陽真君はものすごい勢いで私を抱き締めてきた。私は勢いでメガネが飛んでいかないよう手で押さえた。いつの間にか彼の瞳は、涙でいっぱいになっていた。彼は私を抱き締めながら、涙声で強く叫ぶ。




「馬鹿野郎! お前じゃなきゃ……ダメに決まってんだろ!!!」


 陽真君は強く強く私を抱き締めた。離ればなれになることは許さないと訴えているように。どこかに行ってしまっていたのは、あなたの方なのに……。




 俺は凛奈を抱き締めずにはいられなかった。俺だって負けないくらい凛奈が好きだ。彼女が俺に向けてくれる優しい笑顔、温かい心。それさえあれば、好きになるのは十分だった。

 こんなにいとおしい人の愛を、どうして受け止めてやらないことがあろうか。受け止めてやる。全身で受け止めてやる。俺の愛で、受け止めてやるんだ。


「うぅぅ……」


 陽真君の温かい体に包まれた私は、ついに溢れ出す涙を抑えられなかった。でも、それでいい。私も彼を強く抱き締め返した。私達は草の上に倒れた。その勢いでキスをした。触れた唇の感触が心地よい。


 凛奈は負けじと俺を抱き締め返してきた。いいぞ、来い。お前の全てを受け止めてやる。キスだっていくらでもしてやる。お前となら、どんなことでも受け入れられるんだ。俺はお前を世界一愛している。


「ありがとう! ありがとう、陽真君! 陽真君は私の自慢のかみさまだよ!」


 さっきから「ありがとう」が言い足りない。何百回、何千回、何万回と言っても足りない。陽真君と出会えたことで、私の人生はこの上なく幸せなものになったのだから。ありがとう……ありがとう……ありがとう……


 凛奈は何度も「ありがとう」と言ってくる。ズルいぞ。俺だってお前にものすごく感謝してるんだ。俺のことを好きになってくれて、俺のためにあんなに本気になってくれて、ありがとう、凛奈。ありがとう……ありがとう……ありがとう……


「ははっ、俺は神様じゃなくて人間だぜ」

「ううん、陽真君は私のかみさまであって、人間でもあるの!」

「何だそりゃ……」

「えへへ……」


 私達は顔を近づけ合って笑った。陽真君と一緒にいることが、こんなにも尊いものだなんて。私はいつまでもこの時間が続くことを祈った。もう絶対に離れない。約束したんだもん。ずっと一緒にいるって。

 たとえ離れたとしても、また見つけてみせる。地球の裏側だろうが、異世界だろうが、宇宙だろうが、どこへ行ってしまおうと、私は彼を見つけてみせる。それくらい彼を愛している。


 いつからか、凛奈は俺のことをかみさまと呼んでいる。俺のことをかみさまのように尊い存在だと考えているようだ。それだけで俺は嬉しい。

 俺は凛奈にとって、全てを任せられる、安心できる存在になれたのだ。ありがとう、俺もお前のことを全力で守ってみせる。これからずっとだ。


「陽真君と出会えて……うぅ……本当に……よかった……」

「おいおい、いつまで泣いてんだよ……」

「陽真君こそ……」


 涙が止まらないのは、陽真君も同じだ。だけど、今だけは涙の止め方を忘れていたい。私達はそう思った。お互いの表情、しぐさ、示す感情、全てがいとおしい。いつまでもこの幸せを噛み締めていたい。


 こんなに人の前で泣き顔をさらけ出すことは、今までなかったかもしれない。でも、凛奈は俺の涙さえも受け止めてくれる。本当に優しい奴だ。彼女はどれだけ好きにさせれば気が済むのか。


 私はかみさまにも大いに感謝した。結局かみさまが陽真君と会わせてくれたのか、本当に彼自身がかみさまなのか、それは分からない。だけど、今の私にとってそのことはどうでもよかった。

 ただ、彼と出会えた運命に感謝し、これから一生愛していくことを誓った。湧き水のように流れる涙までもが美しく見えた。自分の人生がこんなに明るくなるなんて、小学生の頃は思いもしなかったな。今や私達は、二人で一つの命のように生きている。


 一度は離ればなれになってしまったが、また巡り会えた俺達。この先、たとえどれだけ離ればなれになったとしても、俺達はまた会える。心で繋がっているから。

 この先どんな脅威が待ち受けていたとしても、俺達は乗り越えていける。二人で一つになった俺達を、何者にも遮ることはできない。俺達は今後も手を取り合い、一緒に生きていくのだ。


 一陣の風が草木を揺らし、私達の間をすり抜ける。風が、太陽が、草木が、水が、空気が、世界が、神様が、存在する全てのものが、私達の愛を祝福している。


 全てに祝福された俺達は、この先も愛する者と共に支え合って生きていく。凛奈と共に迎える未来に、一体何が待ち受けているのか。とても楽しみだ。


「大好きだよ……陽真君……」

「俺もだ……凛奈……」


 最後に私は再び熱いキスを陽真君と交わし、彼を強く抱き締めた。かみさまに愛された私の人生は、間違いなく幸せだ。


 俺はいとおしい凛奈を強く抱き締め、キスを交わして永遠の愛を誓った。凛奈のかみさまになれた俺の人生は、間違いなく幸せだ。




 陽真君……本当に……


 凛奈……本当に……




『ありがとう……』




   KMT『かみさまの忘れ人』 完


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