第51話「一人じゃない」



 凛奈達は城の内部へ入り、長い廊下を走り回りながら陽真を探す。誰よりも遅れて戦争に乱入したが、、ギャングはまだ誰一人城の中に侵入はしていない様子だ。


「陽真君~! 陽真君~!」


 凛奈は何度も名前を呼ぶ。どこまで進んでも誰も見かけない。がらんとしている。初めて城を訪れた昨日は、騎士が城の内部の見廻りを行っていた。彼らも今は正門付近で戦っているようだ。


 そして、どこかにアンジェラがいるはず。先程からギャング達は「女王を殺す」だの「国を滅ぼす」だの叫びながら、血眼で戦っている。

 彼らの狙いは、アンジェラの命を奪って国を滅ぼすこと。このままではアンジェラが危ない。陽真の捜索もそうだが、アンジェラの命を守ることも重要任務だ。守らなければならないものを多く背負い、凛奈は足を早める。


「陽真君~!」






「この声……」


 凛奈の叫び声に反応する者がいた。


「陽真君~!」

「凛奈!?」


 アンジェラは驚愕した。回廊を横切ろうとする凛奈達を発見した。どうして元の世界に戻ったはずの凛奈達が、ここにいるのだろうか。入り口はギャングと騎士団の戦場と化している。あそこを潜り抜けたというのか。


「アンジェラ!」


 凛奈達もアンジェラの姿に気がついた。


「なんで戻ってきたのよ!? ここは危険よ! 早く逃げなさい!」

「でも、まだ陽真君が……」

「いいから早く! ここにいたらいずれ奴らに殺されるわよ!」

「だったら、アンタもこんなところにいないで逃げなさいよ!」


 哀香も回廊に出て、アンジェラに訴えかける。いつギャングが騎士団の防衛戦を突破し、城の中に侵入してくるか分からない。そんな中、一人でいるのは危険だ。彼女はアンジェラを保護しようと、ゆっくりと歩み寄る。


 しかし、アンジェラはその場を離れようとはしない。


「……全部、私が悪いんだもの」

「アンジェラ?」


 アンジェラの瞳からは大粒の涙が溢れる。女王としての重い責任が、アンジェラの涙腺を擦り切らせる。悲壮な現実に抗うように、続けて叫ぶ。


「この戦いが始まったのは私のせいなの! 私がいつまでもわがままで……どうしようもない馬鹿娘だから……。今までたくさんの人に、散々迷惑をかけてきた。だから、私はこの戦争を終わらせる責任がある! 早く終わらせなきゃ……この力で!」


 カァァァァァ

 アンジェラは目を閉じ、両手を組む。すると体が青白く輝き、黄色い髪が逆立って不思議な波動を浮かび上がらせる。その様は女王と呼ぶにふさわしいほどに凛としていた。


「まさかっ、ダメよ! 記憶を奪うなんて! もうその能力を使っちゃダメ!」


 花音が慌てて叫ぶ。フォーディルナイトの国王が国が滅びそうになった時に発動させるという、王家が保有する記憶消去の能力。アンジェラはそれを使い、戦争を終わらせようとしていた。

 しかし、今その能力を使えば、凛奈達も記憶を失ってしまう。彼女達は止めさせようと、必死にアンジェラに訴えかける。しかし、アンジェラは組んだ手を解かない。


「やらなくちゃいけないのよ! やらないとこの国は滅ぶ。これは全部私のせいなのよ。親の言い付けも聞かず、国民の取り締まりだって騎士団に任せっぱなし。私がやったことと言えば、人々から記憶を奪っただけ……。私はどうしようもない出来損ないの娘なのよ!」


 アンジェラの瞳から溢れ出す涙は、彼女の高ぶる思いを加速させた。彼女が追い詰められれば追い詰められるほど、光は強くなっていく。


「それでも、この能力を使って問題が解決できるのなら、やるしかないのよ! 私にできることは、これだけなんだから。弱くてちっぽけな、私にできることは……」


 アンジェラは強く手を組み、彼女を包む光はより輝きを放つ。


「私が……やらなきゃ!!!」

「ダメ!!!」


 哀香と花音が叫ぶ。アンジェラは思いきり力を解放させようとした。






 その時だった。


「……え?」


 凛奈がアンジェラの後ろからゆっくり手を回し、彼女を優しく抱き締めた。アンジェラは困惑した。


「凛……奈?」


 アンジェラを包み込む青白い光は、ゆっくりと消えていく。逆立った髪が全て垂れ下がると、凛奈は落ち着いた口調で彼女に語りかける。


「アンジェラはすごいよ。一人で全部抱え込んでるんだもん。まだ小さいのに、一つの国の女王としての責任を強く感じてるんだもん」


 凛奈はアンジェラの肩に手を乗せ、正面を向かせる。アンジェラは彼女の透き通った目を見つめる。彼女は傷口に薬を塗るように優しく言葉を紡ぐ。


「あなたのお父さんとお母さんも、きっと気づいてるよ。本当はあなたに一番の重荷を持たせてるって。一番弱いあなたに、とても大きな責任を背負わせてるって。きっと悩んでる」


 凛奈は思った。アンジェラは幼い頃の自分に似ている。誰にも自分の悲しみや苦しみを理解してもらえず、全て自分の力で解決しようとしていた。誰かと助け合って生きていくということを知らなかった。自分という牢獄に閉じ込められていたからだ。

 しかし、陽真が自分の人生を救ってくれた。苦しんでいた自分を、絶望の底から引っ張り出してくれた。誰かと支え合って生きていくことを教えてくれた。


 きっと、アンジェラも同じことを求めていた。自分の悲しみを理解してくれる者を、自分の苦しみを癒してくれる存在を。しかし、アンジェラは気づくことができなかったのだ。それらがもう既に自分の周りにいることを。


「でもねアンジェラ、もうあなたは一人じゃないのよ。あなたには家族がいる。一緒に戦う仲間がいる。私達がいる」


 アンジェラの脳裏に、自分を守ろうとして戦う騎士達と、自分を今まで慈しんできた両親の姿が過った。なぜ今まで気がつかなかったのだろう。自分は一人じゃない。自分の悲しみや苦しみを理解してくれていた人は、ちゃんといたのだ。自分の一番近くに。


「今度は一人でじゃなくて、みんなで乗り越えましょ」

「うぅぅ……」


 アンジェラの目から再び涙が溢れる。今まで一人で我慢してきた悲しみと苦しみが、いつの間にか止められなくなっていた。それでも、自分の周りにいる人々はそれを責めたりしない。快く受け止めてくれる。


「辛かったよね。よく頑張ったね。偉い偉い」

「うぁぁぁぁぁぁぁ」


 アンジェラは凛奈の胸に顔をうずめ、思いきり泣き叫んだ。凛奈は優しく抱き締め、彼女の頭を撫でた。涙でぐしゃぐしゃになった泣き顔が、本当にかつての幼い自分とそっくりだ。だからこそ、アンジェラの悲しみと苦しみに共感できたのかもしれない。


 やっと、助けられるだけの自分から抜け出せたような気分だ。


「ハァ……結局あいつがこの世界で一番人間らしかったってことね」


 哀香は凛奈の胸の中で泣きじゃくるアンジェラを見つめる。最初に話を聞いた時は、ただのわんぱくお嬢様だと思っていた。しかし、ちゃんと女王としての責任感を持ち合わせており、素質は備わっているのだと知った。哀香は彼女のことが気に入った。


「いいリーダーになれるかもね」


 花音もアンジェラを微笑ましそうに見つめる。


「よしよし……」


 凛奈はアンジェラの小さな背中をさする。そして、密かに決意を固める。陽真を連れ戻すだけではなく、アンジェラのことも守り通そうと。

 彼女は遠くにうっすらと見える戦場の土煙を睨み付けた。いよいよ自分も戦わなければならない時が来たようだ。彼女も命を懸ける覚悟を決めた。


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