第45話「諦め」
私は城を背に、とぼとぼと来た道を戻る。ユタさんのバーまでどれくらいかかるか分からないけど、街まで歩いて向かった。多分、この足取りじゃあ着くころには日が沈んでいるだろう。というか、もう今にも沈みかけている。夕方がやって来る。
今日ほど全てが一瞬のように感じられる日は、今まであったかな。赤く燃える美しい夕焼けも、今の私の目には血に染まった殺戮の光景にしか見えない。
ザザザ……
森の茂みから草が掻き分けられる音がした。誰かが目の前に出てきた。
ザザッ
「ふぅ……ん?」
それはギャングだった。しかも、バーで私がビールを引っ掛け、先程人力飛行機で私とアンジェラを追いかけてきた紺髪のギャングだ。追いかけてきた時に見えた、あの憎しみに満ちた表情を思い返す。嫌な予感しかしなかった。
「へっ、驚いたな。まさかこんなところで出くわすとは」
ギャングは不敵な笑みを浮かべながら、私に近づいてくる。
「お前、あの時はよくもやってくれたなぁ。きっちりお返しさせてもらうぜ」
ポキポキと手を鳴らし、私を見下ろす。
「もう誰も邪魔する者はいねぇ。今度こそぶっ潰してやる」
「あぁぁ……」
案の定私の体は恐怖で動けなくなった。目を閉じ、再び願う。
“助けて……陽真君……”
「あっ……」
私はハッと思い出した。もう陽真君は来てくれないことを。彼はアンジェラを守ると決めたんだ。もう私のことは助けてくれない。祈っても無駄だ。
私はこれから、一人でなんとかしなくちゃいけないんだ。
「くらえぇ~!」
目を開けると、真ん前にギャングの拳が迫っていた。それから私はギャングのされるがまま殴られ、蹴られ、叩かれ、ひたすら暴行を加えられた。ただ、素手で攻撃するだけまだ優しい方かもしれない。
それに、陽真君に自分を拒絶された心の苦しみに比べたら、ギャングの暴行なんて大したことなかった。そんなことを思いながらも、私はいつの間にか気を失っていた。
* * * * * * *
「私ったら、凛奈のこと忘れるなんて!」
「奴らはまだ城にいるかもしれないんでしょ? 凛奈が心配だ……」
ドドドドド……
暗くなった夜道の森を、エリーの馬車が駆け抜ける。城に置いてきてしまった凛奈を助けに行く。
「エリー、もっとスピード上げて!」
「うん! ……ん?」
手綱を振り下ろそうとしたエリーの手が、ふと止まった。暗闇の向こうに何かがいる。道端で誰かが倒れている。彼女は目を凝らして見つめる。
「凛奈!?」
凛奈が道端で倒れている。まるで捨てられたゴミのように。更によく見ると、髪がボサボサで、服もところどころ破れている。哀香達はすぐに馬車から飛び降り、彼女の元へ駆け寄る。
「凛奈! しっかりしなさい!」
哀香は凛奈を抱き起こす。どうやら気絶しているようだ。彼女は体中ボロボロで、顔や腕、足にアザができていた。口からは血が少々吹き出ている。
蓮太郎は茂みの方まで吹っ飛んだ凛奈のメガネを拾った。幸いにも割れてはいないようだった。
「うぅっ……」
気を失いながらも痛みに悶える凛奈。
「陽……真君……な……んで……」
「え!?」
凛奈が呟く。その目からは涙が流れる。哀香は何かを悟ったような素振りを見せ、暗闇の中ににうっすらと見える城を睨み付ける。
「……」
「哀香?」
「……帰るわよ」
気絶した凛奈を乗せ、馬車は街まで戻った。
「本当に帰るの?」
「えぇ……」
ユタのバーに着くと、哀香は自分達の荷物をまとめた。例の森に向かうことにしたのだ。ケイトがホーリーウッドの森と呼んでいて、哀香達が霧を通ってこの世界にやって来た森だ。つまり元の世界に帰るのだ。
「でも、戻り方分かるの?」
「うん。何となくだけど、予想はできたわ」
心配気味に尋ねるエリーに、哀香は迷いのない顔で答える。しかし、その顔は心の奥に言い知れぬ寂しさを抱えているようにも見えた。
「それじゃあ、お世話になったわ」
「うん、気をつけて……」
哀香は背を向ける。
「元気でね、優衣……」
「え?」
エリーの反応を気にすることなく、哀香は荷物を抱えてバーを出た。蓮太郎と花音も後ろを着いていく。凛奈はまだ気を失っているため、花音が背負って運んだ。エリーには哀香達の表情が読み取れなかった。
エリーは四人の後ろ姿を、暗闇へ消えて見えなくなるまで見送った。
「優衣……」
口に出してその名前を呟く。それは自分に向けて呼ばれた名前のようだった。なぜ哀香は自分を「優衣」と呼んだのか、彼女には分からなかった。疑問を抱えながらも、彼女はユタの部屋へ向かう。
キー
「ユタさん、凛奈達……元の世界に帰ったわ」
「エリー、これ……」
ユタはエリーを机の前に誘い、あの新聞記事を見せた。蓮太郎が忘れていった行方不明者の情報が記載された新聞記事だ。
「これは……私?」
そこには、エリーそっくりの優衣という少女が行方不明になっていると掲載されていた。顔写真の顔に目を奪われる。まるで鏡で写したかのようにそっくりだった。
「……」
エリーはその記事をまじまじと読む。先程の哀香の呼び方とこの記事……。何かがエリーの……いや、“優衣”の中で繋がった。優衣は窓から、真っ暗な外に佇むホーリーウッドの森を見上げた。
「ねぇ、エリーってまさか……」
「そう、そのまさかよ」
坂道を登りながら、蓮太郎は哀香に尋ねる。彼は暗く沈んだ哀香の心境を察し、余計な深追いはせず、必要な質問だけ重ねる。
「……いいの?」
「いいわよ。もう、何もかも無駄なんだから……」
哀香の心はいつになく沈んでいた。蓮太郎もそれ以上言葉を発さなかった。二人の後を花音も黙って付いていく。
「……」
万里は自室の窓から、魔王の城のような風格でそびえ立つプチクラ山を見つめる。
凛奈、哀香、蓮太郎の三人が行方不明になってから、今日で丁度一週間経つ。陽真を探しに行くと言って、自分達まで行方不明になってしまうとは。まさにミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。
「凛奈……」
万里は凛奈の生死が心配になる。彼女は凛奈を尊敬していた。突然いなくなってしまった大切な人を、いつも諦めることなく根気よく探し続ける姿に心を打たれた。かつて行方不明になった兄を探すのを諦めた自分とは正反対だ。
「お願い……神様、凛奈達を助けて……」
だからこそ、凛奈には奇跡が起きてほしい。絶対に陽真を見つけ出してほしい。そして、無事に帰ってきてほしい。また二人と部活をしたい。あの二人が笑い合う姿が見たい。
万里は、陽真と凛奈の二人の幸せな日々を願った。
「着いた」
哀香達は最初にこの世界にやって来た時の森の入り口に着いた。ホリーウッドの森だ。夜はいつも邪悪な闇に包まれており、奥へ進むにはかなりの勇気がいる。
「でも、どうやって元の世界に戻るの? あの霧が出てこないと帰れないよ?」
花音が背後から尋ねる。哀香は彼女の質問には答えず、静かに手を組む。目を閉じ、祈りを捧げる。
シュー
すると、森の奥から霧が出てきた。哀香の祈りに答えるように。霧はあっという間に森の入り口を覆い尽くした。蓮太郎と花音は驚愕する。
「わぁ~!」
「えぇ? どういうこと? 今、何やったの?」
「ただ……少しの可能性に賭けてみただけよ」
哀香は相変わらず冷めた態度のまま、霧の中へと入っていった。彼女の発言の意味がよくわからなかったが、蓮太郎と花音も後を追った。約一週間ぶりの帰還だ。
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