第26話「ギャング達」
翌日もバーは大勢の客で大盛況だった。このバーは街の中心にあるので、ほとんどの住民が昼食や夕食をここで済ませようと考える。凛奈達は少しずつホール内の行き来には慣れたものの、やはりイベント会場のごとく群がる客の有り様を見ると、気後れしてしまう。
「チキンカレー2つ!」
「かしこまりました」
早速客からの注文。哀香が返事をしてキッチンへ向かう。黒いワンピースがパタパタと揺れる。客の注文を取るウェイトレスが、次々とホール内を行き交う。
「ハムサンド1つ!」
「ミックスグリルを頼む!」
「チキンライスをくれ!」
息も止まることなく三連続で注文が入る。客は店の都合も考えず、己の空腹を満たすことしか頭にない。
「えぇぇ……ちょっと待ってよぉ~」
哀香は慌てふためく。まだ二日目のバキバキ新人である彼女は、頭の中でこんがらがった客の注文を整理する。しかし、すぐにメニュー名が記憶の彼方へと崩れ去っていく。
「哀香! メモしといたから、キッチン手伝って! ホールは私達に任せて!」
「あ、ありがと!」
エリーが胸を張って言う。哀香は短く礼を言い、キッチンへと駆け込む。見事なファインプレーだ。凛奈はその一部始終を眺めていた。
“エリーちゃんはまだ小さいのに、本当にしっかりしてるなぁ……”
自分も気を引き締めていこうと決意する。キッチンへ出来上がった料理を取りに、方向を変える。
「お待たせしました。ご注文の料理でございます」
「おっ、待ってたよ」
凛奈はバンダナを頭に巻いた武器職人らしき男が座っている席へ、熱々のナポリタンを運んだ。フォークをテーブルに置くと、男はすぐさま手に取る。
「ごゆっくりどうぞ……」
そのままキッチンへと足を向ける凛奈。しかし、少々歩いた後に立ち止まる。男は彼女の様子を気にせずに食事を始めている。彼女は何かを決心して男の席へと戻った。
「ん~、旨い」
「あの!」
「ん?」
ナポリタンを巻き取る手を止め、凛奈の顔を見る男。働く間は考えないようにしていたが、どうしても情報がほしくて気になってしまった。彼女は慎重に男に尋ねた。
「この人、どこかで見かけませんでしたか? 探しているんですけど……」
凛奈はあの陽真とのツーショット写真を男に見せる。男は手に取ってじろじろと写真を見つめる。固唾を飲む凛奈。
「おぉ~!」
「!?」
咄嗟に男が声を上げる。凛奈は驚いて肩を揺らす。
「上手いね! この絵、お嬢ちゃんが描いたの?」
「え? 絵……?」
男は写真を指差し、『絵』と呼んだ。興奮しながら続ける。
「現実をまんま写したって感じだ。ほんとにすごいよ! 君、ウェイトレスなんかやってないで、絵師にでもなったらどうだい?」
「えっと……」
どういうことだろうか。男がさっきから写真を絵と言い張っている。ということは、この世界には写真という概念が存在しないのか。つまりカメラも存在しない。
男のそれは、写真を生まれて初めて見るかのような反応だった。軽いカルチャーショックを受けたような気分だ。凛奈は戸惑いながら再度聞く。
「ど、どうも……。それで、この男の子に見覚えは……」
「あ~、ごめんごめん。え~っとね、確かあの城の騎士団に、この子と似たような騎士がいたよ」
「ほんとですか!?」
「あぁ。最近ここらへんを見廻りに来るようになったな」
「ありがとうございます!」
やはり、陽真はこの世界で騎士として生きているらしい。理由は定かではないが、陽真に直接会ってみれば分かるかもしれない。
王家が暮らしているという城に行けば、会える可能性は高い。だが、見廻りをしているという話であるため、この街でばったり会えるかもしれない。
どうであれ、凛奈はすぐにでも陽真に会いたいと思った。このバーには休業日というものはないだろうか。あればその日に街で捜索ができる。とにかく、後でユタかエリーに聞いてみよう。暇であるなら、彼らにも捜索の協力をお願いしよう。
凛奈は既に陽真のことで、頭が一杯になっていた。客から注文を取りながら、料理を運びながら彼のことを考えた。
“早く陽真君に会いたい……”
バーン
突如店の入り口がやかましく開けられた。その音に驚いて、客や従業員が一斉に注目した。凛奈は突然の来客に期待を寄せる。
「よう、邪魔すんぜ」
しかし、陽真ではなく、ギャング達がやって来た。凛奈の期待は秒で裏切られた。しかも最悪な方向へ。
鎧のような防具を身につけた戦闘服、腰にナイフをぶら下げていて、濃い紺色の髪をしたいかつい姿の男だ。後ろに何人か下っ端と思われる者達を引き連れている。まさか、リーダーか……。
「い、いらっしゃいませ……」
凛奈は無理やり作り笑顔をした。嫌悪感を悟られないようにしなくてはならない。どうしてこんな昼間からギャング達が姿を現すのだろう。凛奈は疑問に思いながらも、彼らを席へと案内する。
「……」
ギャング達に恐れをなしたのか、さっきの男も含めた他の客は、そそくさと店を出ていった。注文の料理を待っている客は、ギャング達と同じ空間にいることが精神的に耐えられないらしい。
まだ口をつけもいなくとも、席を立って店を出ていった。料理を楽しんでいた客も、ギャング達が入ってきたことに気づくと、料理をさっさと口にかき込み、料金をテーブルに置いて逃げるように店を出ていった。
逃げた客の席に、次々とギャング達が腰を下ろす。あっという間に店内をギャング達が占領してしまった。ユタが言うには、これもこの店ではよくある光景らしい。
「あ~、腹減ったなぁ……」
ギャング達はテーブルに足を乗せながら、防具の隙間から覗くお腹をさする。見えたのは僅かだが、腹筋がいくつにも割れている。たくましく鍛え上げられた体つきだ。
「ご、ご注文はお決まりでしょうか……?」
凛奈は恐る恐るリーダーらしき紺髪のギャングに尋ねる。ただ話しかけただけにも関わらず、ギャングは彼女を憎たらしいものを見るかのような目付きで睨み付ける。
「注文? 何でもいいからテキトーに持ってきてくれ」
「え……な、何でもと言いますと?」
「何でもいいっつったら、何でもいいんだよ! さっさと持ってこい!!!」
「ひぃっ!? かしこまりました」
ギャングはテーブルもひっくり返しそうな程の怒鳴り声を、凛奈に浴びせる。彼女は涙目になりながら、キッチンへ逃げるように駆け込む。ただでさえ弱々しい心が折れてしまいそうだ。いや、既に折れている。
「何でもいいって? 何よそれ……面倒くさいわね」
「仕方ない、すぐに作れそうなやつからテキトーに出していこう」
哀香やユタは頭を抱えながら、ギャング達の注文を最優先に料理を作った。と言っても、店内にはもはやギャング達しか客はいない。彼らの独壇場だ。
「お~い、料理はまだか~? 遅ぇな~」
したっぱらしきギャングが嫌みのように呟く。キッチンの従業員に容赦なくストレスをかける。ニヤニヤしながら言うのが逆に腹が立つ。彼らの横暴な態度は毎日従業員の心を乱す。
「ほら、コーンスープ! 持ってって!」
ユタさんがマッハのスピードでコーンスープを用意した。エリーが皿をギャング達の席へと運ぶ。どうせ一瞬で完食するのだからの、ユタ達コックはすぐさま次の料理人取りかかる。
「お待たせしました!」
「どれ?」
紺髪のギャングはコーンスープの皿を強引に手に取り、水を飲むような感覚でコーンスープを飲み干す。手で口元を拭い、エリーに皿を投げ返す。彼女は慌ててトレーで皿をキャッチする。
「もっとだ。今度は腹に溜まるやつを持ってこい」
「あ、はい……」
エリーはキッチンへと戻る。ギャングは豪快に足をテーブルに乗せ、タバコに火をつける。一応彼らが今座っている席は禁煙席であるが、彼らにルールは通用しない。注意しても無視されるか怒鳴り返されるだけであるため、従業員も黙認している。
「どうっすか? バスタ様……」
「ふんっ、悪くはねぇが……なんか物足りねぇ気がすんな」
下っ端がテーブルに肘を突いて尋ねる。
紺髪のギャングの名前はバスタというらしい。バスタは煙を吐き出し、苦笑いで答える。
「お前らが勧めるもんだからどんな店かと思ったが、まぁ可もなく不可もなくって感じだな」
“何? 偉そうに……(怒)”
ウェイトレスやシェフが揃って心の中でそう思った。完全に否定してこないところが、実にもどかしくて腹が立つ。怒りに震えながらも、ウェイトレスはギャング達に次々と料理を運ぶ。ギャング達はそれを山犬のように食らいつく。
「はぁ……」
たくさん注文をしてくるため、店の利益に繋がるのは喜ばしいことだ。しかし、なぜか素直に喜べず、複雑な心境になる従業員一同。当然、相手がギャングだからだ。
あんな悪徳行為を宿命付けられたような人間集団に、料理を振る舞わなければいけないことがやるせない。ギャング達の店内の独占状態は、しばらく続いた。夕方が近づくにつれて、床や壁は彼が食い散らかした料理の食べカスで汚くなっていった。
従業員は頭を抱えるも、相手が客である以上、渋々ともてなすしかなかった。
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