ジェイミー



 今度の目覚めは穏やかだった。そして一人きりじゃなかった。


 ゆっくりと目を開くと、左側に覗きこむジェイミーの幼く丸い顔があった。反対側には元夫ブライアンの不安そうな顔。彼は頬から下が無精髭だらけだった。


「マーム!!」「メイヴィス!!」


 二つの声。四つの涙。その全ては、私に抱きついてきた親子からもたらされた。体が冷えきっていたので、二人分の体温が私を温めてくれた。


「お帰りなさい、メイヴィスさん」


 ベッドの奥に座っていた男が、穏やかに話かけてきた。白衣を着ていたが、特徴は変わらない。痩せた体を強調するようなピッタリした白シャツ、オフィス・ホワイトニングされた前歯、そして黒い髪。


「ケン」私は抱きつく娘とブライアンの頭の間からにこりと笑い返した。「帰ってこれたわ。最後にわがまま言ってごめんなさい」


「いいんですよ。私の職歴は守られましたし」ケンは笑って首を振った。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 私、お友だちに誘われて、ついチャイナタウンに行ってしまったの! これからはちゃんとママの言うことを聞くから!」


 私は泣きじゃくるジェイミーの肩に手をやり、反対側の手で額の髪をかき上げてやった。「あんたは悪くない。悪いのは私。でも黙ってどこかに行くのだけは止めて」


「メイヴィス……私からも謝りたい」神妙な面持ちで、ブライアンが言った。「私はあの後、使い込みがバレて事務所を解雇されたんだ。情けない男だ。今は実家に戻って親と暮らしてる。メイヴィス、こんな男だがもう一度戻ってきてくれないか。君が心配なんだ。もちろんジェイミーの事も。全部やり直したいんだ」


「……あんまり信用していないけど、考えておくわ」私はブライアンが伸ばしてきた大きな手に、キスをした。


 私は一度ベッドの背もたれに寄りかかった。天井を見て深い息をつく。何だか、どこまでが現実だったのか良く分からないや。ジゼルと本当に会って話をしたのかな。あのシトラスに抱いた嫌悪感すら、今はリアルさが薄らいでいた。


 ただ確実に思うのは、もう後悔の残る死に方だけはしたくないってこと。あの街が、怠惰で自棄糞やくけそな者にとってどれだけ居心地が良かったとしても、ジェイミーやブライアンがいない世界なんて、もうまっぴらだから。


「なあ、これからさ。3人で家に帰ろうよ」


「えぇ!? 神かけて、お前まだ目を覚ましたばっかりじゃないか!」ブライアンが慌てて言った。貴方からも止めてくださいませんかと、目で医師に助けを求める。


「申し訳ありません。私の方針は『患者のご意志のままに』なんです」ケンは首をすくめた。


「いいのいいの!」私はかけられていた毛布をはぎ取った。


「ああ、お腹が減ったわ。私が運転するから何か食べに行こうよ。ねえ、ジェイミー。アルバートの店で、とびっきり旨いデザート食べさせてあげる!」




(Think before you make a hateful.    おわり)

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