誰も自分を信じない1(ニック視点)

 ヴィオさんがいなくなった俺達は、迷宮攻略に苦戦していた。

 一人人数が減っただけでも辛いのに、その抜けた人がヴィオさんなんだから苦戦して当たり前だ。

 それに俺を含め皆の士気が落ちすぎていたんだ。


「よお、ポール辛気臭え顔してんなあ」


 三十層の守りの魔物を狩ったものの上に行く気力も体力もなく休んでいた俺達は、疲労困憊でもう帰ろうと帰還の魔法陣に足を踏み入れ掛けていた。

 俺達は、かなり長い時間ここにいたんだろうか、それすら分からなかった。


「なんだ、今日は遅いんだな」

「俺だけな、他の奴らは上にいるよ」


 ただでさえ不機嫌なポールに、ポールと仲が悪い男の登場とあって俺とトリアとジョンは顔が引きつりそうになるのを堪えて二人の会話を見守っている。

 本気で疲れ果てていて、もう家に帰って休みたいのに一番会いたくない奴に会ってしまったのは、神様の嫌がらせか何かなんだろうか。


 赤い髪が、男のキツイ顔を余計キツク見せている気がする。

 いつもポールに突っかかってくるこの男は、紅の翼というパーティーのリーダーのドニーだ。こいつはポールの顔を見ると必ず絡んでくる、やっかいな奴なんだ。

 トリア曰く、ポールに難癖つけずにはいられない呪いが掛かってるらしい。


「ふうん」

「お前ら今日はなんでこんな低いとこにいるんだ」

「別にどうでもいいだろ」

「ヴィオさんがいなくて上が厳しいんだろ」


 不貞腐れて答えるポールに、ドニーはそのものズバリの指摘をしてくる。

 今俺達がいるところは、三十層の帰還の魔法陣のある場所だ。

 八十三層ある森林の迷宮の、俺達は六十層まで攻略を進めている。

 ギルドには十層毎にいる守りの魔物を狩り、その階の転移の門を開放出来た時に攻略完了の届をするからパーティーはやぶさの攻略層の記録は六十層だけど、実は六十七層までは辿りついてるんだよね。つまり七十層も目前。だけどそこまでの道のりが遠くて俺達の攻略は止まってたんだ。


 もうすぐ七十層、だけどそれはヴィオさんがいてこその話で、今の俺達は最初から六十層の守りの魔物を相手する気力は無いし、多分力もない。

 今日は、今後四人で攻略を進めていくための動きの確認をしようという言い訳の下二十層から迷宮に入ったんだ。

 四十でも五十でもなく二十層からってところが、俺達の士気の低さを物語っていると思う。

 

 嫌々というか渋々というか、家に居ても落ち込むだけだからとやって来た迷宮、そんな気持ちでの攻略なんてまともに進むわけがない。

 案の定、その結果は最悪だった。

 ただでさえ剣士が一人いないという状況、その上意欲が無いポール、何か考えているトリア、寝不足顔のジョン、やらなきゃいけないとは思いながら、その気に慣れない俺という最悪な精神状態のパーティーなんだから、仕方ないとはいえ結果は思い出したくないくらいに最悪だった。

 剣士なのに罠察知も罠解除も出来たヴィオさんに頼り切ってた俺達は、辛うじてトリアが出来る罠察知に助けられたけど、彼女も罠解除は覚えてただけで殆どやってこなかったから、いざやろうとしても使い物にならなかった。

 仕方ないから罠がある場所は遠回りして、罠が使われている宝箱は開けるのを見送った。


 二十層なんて今までは余裕だった。

 迷宮は十層毎に魔物が強くなる。六十から六十七層あたりをウロチョロしていた俺達が三十層の守りの魔物に手こずるなんて、さすがに思って無かった。

 だけど結果はボロボロで、疲れすぎたせいでトリアなんて今しゃがみ込んでしまっている。


「だからなんだ、お前に関係ないだろ」

「ただでさえお前ら人数少ないパーティーだっていうのに、四人でなんてやっていけんのか」

「お前に関係ないだろ」

「なんでヴィオさん出て行ったんだよ。お前ら馬鹿なんじゃねえの。ヴィオさんいなくてどうやってここの攻略すんだよ。それとも諦めたのか」


 諦める。その言葉が今の俺には、俺達にはキツイ。

 ポールも言い返せずに俯いてしまって、ちらりと見たら慌てた様なドニーの顔が見えた。


「おいおい、本気で諦めんのか。それでこんな下層にいんのかよ」


 誰も言い返せない。紅の翼は俺達よりも年下で中級になってそう時間がたってない奴らの集まりだ。

 この迷宮の攻略もやっと三十層になったばかりだとギルドの噂を聞いた。それは知ってたんだけど、今こいつがここに一人でいるっていうことは?

 この帰還の魔法陣がある場所に来られるのは三十一層から階段を下りてきた奴らか、三十層の守りの魔物を狩った奴だけなんだ。


「ドニー、まさかあんた一人で三十層の守りの魔物狩ったの?」


 トリアが顔を引きつらせながらドニーに尋ねる。

 俺だって信じたくない。だけど、ドニーは怪我した様子もない。


「ん? ああそうだよ。ヴィオさんがよく一人で守りの魔物狩りやってただろ。俺も一度やってみたくてさ、ヴィオさんに指導して貰ったんだ。そんで出来る様になったんだよ」


 ドニーの得意そうな顔に俺は何も言えず、口を開きかけては閉じるを繰り返した。

 俺達は四人でギリギリだった、その守りの魔物をドニーは一人で狩ったという事実に俺は無意識に顔を伏せてしまった。


「凄いよな。ヴィオさんは四十も五十も一人で狩ってたんだろ」

「守りの魔物は一体か二体しか出ないから、練習に良いんだってさ」


 トリアが遠い目をして、ヴィオさんの信じられない話をする。

 さすがに六十層の守りの魔物はまだ狩れないとか恐ろしいこと言ってたけど、ヴィオさんは六十層の攻略を始めた頃から、他の階層の守りの魔物を一人で狩る練習を進めていたんだ。最初は俺達が側にいてヴィオさんだけが守りの魔物を狩っていたけれど、いつの間にか休みの日に一人で行くようになったんだ。


 盾役の俺には絶対に不可能な事をヴィオさんは平気な顔でする。

 それがヴィオさんの凄いところなんだけど、俺達じゃ力不足なんだって言われている様な気持ちになる部分でもあった。


 ポールには突っかかるドニーは、ヴィオさんを大尊敬している。

 というかこの迷宮を攻略中の冒険者で、ヴィオさんを尊敬してない奴なんかいないと思う。

 俺達より攻略を進めているパーティ―もいくつかあるけれど、そいつらだってヴィオさんに憧れてるって聞いたことあるんだから、ヴィオさんの凄さが分かるってものだよね。

 剣士として馬鹿みたいに強いだけじゃない。

 ヴィオさんといると安心出来るし、些細な事や面倒なこともヴィオさんは自分でささっと片づけてしまう。

 それにヴィオさんがいると自分もいつも以上の力が出せるんだ。というか俺の場合、ヴィオさんに頑張ったなと褒められたくって頑張っちゃうってとこもあった。

 それってポールも同じだと思う。


「三十層の奴やれる様になって分かったけどさあ。一人で守りの魔物狩るってしんどいなんてもんじゃないよな。四十とか五十も狩れるヴィオさんの強さが信じらんねえ、さすがヴィオさんだよな」

「お前、ヴィオさんに一人で狩るの習ったって本当なのか?」

「え、ああ。俺も一人で守りの魔物狩れる様になりたいから教えて欲しいって言ったら、すぐに教えてくれたぜ。優しいよなあヴィオさん。わざわざヴィオさんの休みの日にさ、一緒に三十層に行ってくれて見本何度も見せてくれたんだぜぇ。一日ヴィオさんに指導受けれてさあ、最後は飯まで食いに行ってさあ。もう、自慢だよ」


 それを聞いて、俺は俺達の顔は青くなる。

 俺達そんな風にヴィオさんに指導してもらったこと、最近あったっけ?

 いつの頃からかヴィオさんは俺達に教えるって、あからさまに教えるってしなくなっていた。昔は俺達もヴィオさんに教えて下さいとお願いしてたけれど、この迷宮を攻略し始めて、もう仲間だし俺達は教わる立場じゃないんだからって我慢してたんだ。


「俺ヴィオさんに教えて貰ってからさ、悪い癖を理解したせいか自分でも動きが変わった気がするんだよな」


 機嫌よさげにドニーは話し続ける。

 俺達はそれをただ俯いて聞き続けるしかない。


「なあ、俺不思議だったんだけど、ヴィオさんが近くにいるっていうのに、なんでお前らは聞かなかったんだ? ヴィオさんは俺にだって親切に休みの日使って教えてくれたんだから、お前らにならどんだけでも時間作ってくれただろ。なんでだよ」

「だって、俺達もう仲間だし。一緒に攻略出来る力あるって」


 ポールが言い訳みたいに口にする。

 そうだよ。俺達はヴィオさんに教わるんじゃなく、一緒に戦える力があるんだってそうヴィオさんに見られたくて必死だった。だからヴィオさんに教わりたいって思うこともあえてギルドの指導員に聞いたり、自分で調べたりしてたんだ。

 だって、頼りない仲間だって思われたくなかったから。


「ふううん。だからか」

「なんだよ」

「いや、ヴィオさんがさあ、俺に向かってポール達にも昔はよくこうやって教えたんだって言ってたんだよ。すっげえ懐かしそうにしててさあ、なんでだって思ってたんだがそういうことか」

「なんだよ。何が言いたいんだ」


 ポールが大声を上げるけれど、俺はドニーが何を言いたいのか分かった気がした。

 俺達はヴィオさんが守りの魔物を狩る練習をしている時だって、ただ見てるだけだった。誰一人自分もやってみたいなんて言い出さなかった。ポールですら、ただ見てるだけだったんだ。

 

「お前らヴィオさんに愛想尽かされたんだな。そりゃそうだよな、お前らヴィオさんに甘えてたもんなあ」

「甘えてなんか」

「そうか? 六十層の攻略してる奴らが言ってたぜ、はやぶさはヴィオさんありきのパーティーだよなって。そんなことないだろって思ってたけど、今のお前ら見てたらそう考える奴がいてもおかしくなんかないな」


 それは、俺達が一番言われたくない言葉だった。

 俺達は一緒に戦える力がある。一緒に戦って上に行けるだけの力があるって信じたかったんだ。


「俺が一人で守りの魔物を狩りたいってヴィオさんに相談した時さあ、ヴィオさんすげえ嬉しそうだったんだよ。自分みたいなやり方は無謀といえば無謀だから、自分からは絶対に勧めたりしないけれど、やりたいって言うならいくらでも協力するって言ってさ。今日出来なくても何度でも付き合うからって言ってくれて、俺が一人で狩れた時も、滅茶苦茶喜んでくれたんだよ。そんで最後に強くなれよ、でも死ぬなよって言ってさ俺の頭を撫でてくれたんだ。俺、成人してから誰かに頭撫でられたなんて無かったけどさあ。なんか、子供の頃に戻ったみたいに嬉しかったんだ」


 それは誰に聞かせようとしてるのか、顔を青くしているジョンとトリアか、ギラギラした目でドニーを睨んでいるポールか、それとも泣きたいのを堪えている俺か、誰に向けてなんて分からないけれど、俺は自分が情けなかった。


「じゃあ俺は行く。いつまでもそうやって自分を可哀想がってろよ、ポール」


 俺達は何も言えずにドニーを見送った。

 階段を上っていくドニーの後ろ姿が、なぜかヴィオさんの背中に見えたんだ。


※※※※※※

今気落ちしすぎていて二十層でも苦労してますが、ポール達実はそんなに弱くありません。

はやぶさはヴィオありきのパーティーというのは、他のパーティーの妬みから来てる言葉です。

ポール達はあまり気が付いていませんでしたが、ヴィオがドニーに指導した様に、ギルドの鍛錬場や迷宮でヴィオに剣の指導を受けていた冒険者は何十人もいて、そんな理由もあってヴィオは皆に慕われていました。


 

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