第17話おっさんと奴隷オークション その1

 爺さんのお使いを受け入れた俺は、オークションの会場へオーメルさんと一緒に向かっていた。


 強面の毛の濃いヒゲが初対面では、縮こまってしまった。

 しかし、話してみると話し方は穏やかで見た目とにギャップにイケメンおっさんのあだ名を内心で思ってしまった。


 この施設は本来奴隷のみを対象としていない、魔獣や資源、権利などありとあらゆる物が対象となっていた。


 「オオミヤさま、奴隷オークション会場に入る前にこちらをつけてくださいませ」


 オーメルさんは、首にかける事が出来る名札を手渡してきた。


 「こちらは、貴方がオーメル商会の者である証拠であります。周りは上級役人や貴族様などの高い身分の方が殆どです」

 「何かあった時にオーメルさんの名前を使って良いって事か」

 「はい……私も今回の商談は、これから先のオーメル商会にとって重要不可なものと考えています」


 伝説の魔道士に有力商人……ネフィルちゃん、君の命は簡単に捨てる事が出来ない程、重くなってきたよ。


 「しかし、まず第一に大切なのはお客様である貴方をお守りする事です。きっと、非人道的な場面も有ると思いますが…」

 「騒ぎを起こすなって事か」

 「失礼ながら…左様でございます……ご理解頂きありがとうございます」


 俺はオーメルさんに名札を受け取り、首にかける。


 何か特殊な加工をしてあるのか、名札にしては思い。


 何も起きなきゃ良いんだけどっと思っていた矢先だ。


 「そこの奴隷を誰か使えまえてくれぇぇぇぇぇ!」


 後ろから身なりが整って、服や体にいくつも宝石を付けた貴族の様な人物が叫んでいた。


 その目の前には、首に大きな首輪をはめられ、この会場に似つかない程廃れた格好した男が走ってくる。

 オークションで売買される奴隷は犯罪奴隷のみであるから、おそらく元凶悪犯であり…身元引き渡しの際に逃げてきたのだろう。


 所有者の貴族は自分の奴隷が、高位者である誰かに危害を加えたら……貴族の世界だ、場合によっては戦争などが起きる事もあるのだろう。


 その顔は青ざめ……必死に注意や確保の要求をしている。


 数人の警備員やオークション職員が取り囲むが何も出来ない状況である。


 「警備員は何をしてんだ?」

 「おそらく、上級兵士や悪名高い盗賊か何かの出身なのでしょう……下手に刺激して被害を出されても。……うーん、それにしても困りましたね」

 「ああ…どうしますかな」


 今、犯罪奴隷の確保劇が行われているのが、俺たちが向かおうとしている犯罪奴隷のオークション会場なのだ。


 「虐待痕が酷いが……ネフィルちゃんは大丈夫かな」


 特に膜の方が気になる。

 犯罪奴隷という身分だ。何をされても文句は言えない。


 オークション職員にあんな事やこんな事を要求されて……そんな事が判明したら、この世界を滅ぼそう。


 彼女の膜は俺のものだ。


 「そちらの方は安心してください。犯罪奴隷と言っても大人しくしていれば、危害を加える様な輩はここの職員にはいません」

 「だが、オークション職員として教育を受けた人間ばかりじゃないだろ。商品の直接的な管理は委託だったりするだろうし」

 「そこはオーメル商会と魔道士カールイ様の名前が効くと思います」


 この世界きっての大物二人の名前が出てくるのだ、いくら末端職員であっても手を出す馬鹿はいない。


 よかった、ネフィルちゃん……君の膜が無事だったから、ワタルさんは世界の敵にならずに済むよ。


 早くご主人様にお股を開きにおいで。


 「くそ!くそ!俺は冤罪だ!あのクソ野郎に騙されたんだ!……どかねえと、命は無いと思え!」


 奴隷の男は、職員から奪った短剣の先を職員達に向けて威嚇する。


 それでも、多数対1……少しずつだが、奴隷の男は追い込まれていく。


 「うん?」


 野次馬の俺と一瞬だけ目があった。


 何を思ったのか、職員達を振り払って俺の元に駆けてきた。


 「あんた、オーメル商会の職員か何かだろう」

 「いかにも……わたくしがオーメル商会代表のオーメルですが」

 「お……本物のオーメルだった……そんな事はどうでも良い…てめーが従えてるこの奴隷を殺されたくなきゃ…」

 「え?俺ってそんなに奴隷顔してるの?」


 奴隷の男は片手で俺の首をしめ、先の尖ったペンを首に向けた。


 「お前、アンコリアン人だろう?髪も青いし平たいし…」

 「ああ……そうだ。そうだったな」


 この世界で魔力が最も低い種族。

 俺の存在を隠すための仮の種族である。

 その種族に合わせるために髪を無理やり青に染めている。

 これが意外と落ちないのよね。


 しかし、なぜか突然起こる、胸のあたりの振動が気になる。


 「社会的地位の低いアンコリアン人が奴隷商と歩いているなんて、奴隷以外ありえないぜ」


 もう少し頑張れよ、アンコリアン人。


 「オーメル…助けてくれ…俺は騙されて犯罪奴隷になっちまったんだ。せめて、お前の店の奴隷にさせてくれ…」

 「私の店の?奴隷としての地位が嫌でないのかね?」

 「あんなクソ貴族の…科学者のモルモットになるなんてごめんだ!」


 奴隷の男は本来の主人を指差し、顔を硬ばらせる。


 科学者って事は……この男、人体実験に使われるのか。

 犯罪奴隷だ。何をされても国や人々は守ってくれない。

 薬漬けにされ、拷問に近い実験に参加させられるのがオチだ。


 死んでも無縁仏で終わってしまう。

 なら、一般奴隷にしてもらった方がマシなのだな。


 「あなたは、冤罪を主張していますが、本当なのですか?」

 「ああ……俺は愛した妻も子供も殺していない。俺たち家族の愛に嫉妬した男が勝手に妻を襲い子供を殺したんだ!それを…それを…俺のせいにして…」


 奴隷の男は涙を流して、同情を誘う。


 家族や大切な人をそんな形で無くしたのだ……俺は同情心が芽生えてしまう。


 だが、オーメルさんはその話に顔色ひとつ変えない。

 それどころか、不信感さえ抱いてそうだ。


 「すみません……あなた様を私の店で引き取る事は出来ません」

 「なぜだ!お前は仏のオーメルと言われる……弱き者の味方じゃないのかよ!」


 爺さんもそうだが、このオーメルっておっさんの人望の厚さはなんだろうか。


 「私は弱き者味方ではありません…正しき者の味方なのです」

 「は?俺が嘘をついているって言うのかよ!」


 奴隷の男の事に対して、顔は焦っているように見える。


 「そうです……あなたの嘘は、この心理の鐘が証明してくれています」

 「は?なんでそんなモンをアンタが持ってんだ!」

 「交渉する際に使用するのです」


 男の顔が更に青ざめていく。


 「それに…あなたは、確か…」


 どこから取り出したかわからないが、分厚い本を開き奴隷の男の名前を探す。

 

 「ありました。ゴレスさんですね」

 「なんで俺の名前を……!」

 「私は奴隷商です……この地域で過去に行われた奴隷オークションの経歴は全て頭に入っています。あなたも場合によっては、買い取ろうと思ったのですが……妻子殺しはあなたがやった事が私の者の調査でわかっております」

 「そ…そんな…」


 奴隷の男の手は更に強く俺の首を占める。

 ムキムキに筋肉で死にたくはない。


 黒なのだろう…詳細はわからないが、俺の同情を返してくれ。


 「モルモットになるぐらいなら…ここで死んでやる!こいつも道連れだ!」


 そう言って、男は俺の首にペンを突き刺した後に自分の首にも同じことをして……絶命してしまった。


 勿論、俺が死ぬ事はなかったが、周りの反応的に『実は俺が刺される直前に回復魔法をかけて生きた』って事にして誤魔化した。


 


 「どうぞ、オオミヤさま…これで傷口を消毒してください」


 オーメルさんに渡された消毒液で残っていない傷口を消毒する。


 「先程は大変失礼しました。私の不注意でございます」

 「いいえ…悪いのは、あの男ですし」


 こんな強面におっさんに頭下げられたら注目される。

 面倒だから顔を上げてくれ。


 「それは良いんだが…オーメルさん…あなたこの名札になんか仕込んだろう」

 「はい…それには心理の鐘をカード化した物が入っています」


 だって、俺が種族で嘘ついた時や男の冤罪主張の時にガンガン震えていたもん。


 「隠れてオオミヤ様の信頼を裏切るような事をしました。しかし、奴隷商という人を見る商売です。奴隷の方には少しでも良い主人に巡り会えて欲しいという想いをご理解頂けたら幸いです」


 仏の奴隷商か……俺の思っていた異世界の価値観はどこか違うようだ。


 つづく

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