第10話エルフの部屋その1

 俺達がネフィル達に追いついた時、二人は部屋の暗証を解除していた。


 先ほどの盗賊のリーダーの部屋よりも警備が強化されていたのだろう。

 エルフの部屋の暗証機能は機能していたらしい。

 この中に目的の魔法陣があるのは確かだろう。


 部屋は一人で使うには広すぎる。社交パーティでもやるつもりなのか?

 隣は薄壁で仕切られており、最近即席で作られた形跡がある。


 「皆さん、ありましたよ。魔力抑制魔法の魔法陣です」


 魔力抑制魔法の魔法陣って言いづらくない?


 ネフィルに呼ばれて、部屋の奥にある小部屋に向かうと半径一メートルほどの大きさの魔法陣が羊皮紙に描かれて広げられている。


 常に紫色の強い輝きを放ち、読むことのできない文字が何万文字も書かれている。


 「なんと複雑な魔法陣じゃ……古代シエール魔法の応用や魔獣のフカ文字まで使用しておる」


 カールイの目も魔法陣に負けない程の輝きを放つ。

 魔道士と言うだけあって、研究者的な変態性も感じられる。


 「これを解除するのは勿体ないが、時間もない。やるしかないの」

 「先ほども言いましたが、一部改変されています。直ぐに解除する事は約束できません。ですので、安全な場所で作業をしたいです」


 「そうは言っても、アジト周辺は一部交戦状態じゃ。魔法陣の位置をずらして効果適用範囲を交戦中の領域と被ったらまずい。角含族に魔法なしで挑むなど兵士に対する負担が大きすぎる。故に、儂らが守っておるから、お主はここで作業をしておれ」


 「カールイさんに守られるなんて……これ以上の安心は他にありません!」


 やはり、伝説の魔道士の信頼度は高いのだろう。

 魔力もない俺の甲斐性の無さが比較的に露呈している。


 「それでは作業を始めさせていただきます」


 ネフィルの手が黄色の光を放ち、魔法陣にその光が触れると書かれている文字が変化していく。


 文字の読めない俺にとっては、何が変わっているのかわからない。

 しかし、それをカールイは驚きの顔を隠そうともせず見続けた。


 「儂も手伝いたいところじゃが……」


 エルフの部屋の入り口から衝撃音が伝わり、部屋全体が震える。


 「敵も馬鹿じゃないようじゃ………外の誘導も全滅したかの。ワタルとやら、お主も戦えるか?」

 「ああ、大丈夫だ。………お前さんの貼った防御壁はどれぐらい持つんだ?」


 部屋の入り口には、人払いと爺さん特製の魔法性の防御壁が施されている。

 一発殴ってみたが鉄の様に硬かったのを覚えている。そう簡単に突破されるとは思えないが。


「魔力抑制魔法の下じゃそう長く持たんじゃろ。二人とも気を引き締めるんじゃ」


 その言葉の前からミリヒルは戦闘態勢に入っていた。

 彼女の全力がどれほどのものかはわからないが、先程のラッキーハプニングで常人以上の強さは感じられた。

 大の大人が全力で体当たりして動かない壁だぜ。

 おそらく、俺が戦うより強い。


 止まることのない衝撃音。

 心臓の周期との不一致で緊張と不快感が高まる。

 扉の耐久度が下がり、湾曲を始める。

 敵は何人だ?武器は?魔法に疎い俺は戦えるのか?

 そんな思考を待たずに敵はやってくるのだ。


 

 ―――ズドンッ!―――


 

 正面の衝撃音は未だに鳴り響く中、視界の端に写る真横の薄壁が破壊され大穴があく。


 最初の入ってきたのは、人でもなく巨岩……棍棒が飛んでくる。


 頼むから正面からきてくれよ。


 隣の部屋から気配は感じて、初撃はミリヒルも俺も回避する事は出来た。

 しかし、「飛んできた棍棒は戻らない」そんな常識はこの世界では通用しないのだ。


 「あんた、よそ見してんじゃ無いわよ!」


 確認するために敵の方を向いた瞬間、壁に刺さった棍棒が元の位置に戻ってきたのだ。

 だが、それはミルヒルが受け止めて斜め後ろに軌道をそらした。


[おい、大丈夫か?」


「私は柔な体じゃないわ」


 受け止めた手は黄色の光が輝き、手を動かすごとに光の軌跡を確認できて綺麗だった。


「お前さんもこの状況下で魔法が使えるのか」

「いいえ違うわ……カールイの身体能力向上魔法よ」


 後ろを確認するとカールイが聞き取れない程の速さでブツブツと呟いている。

 ミリヒルの手の輝きとカールイの周りで光る輝きが同じ類のものだと確認できる。



 [カールイ……ねえ、それ俺にも出来る⁉」

 「無理そうじゃの……さっきからお主にも掛けておるのじゃが全く反応がない」

 「ミジンコ以下ね」



 ミジンコにもこの魔法が付随出来んのかよ。

 この世界で俺はミジンコ以下か!


 「たく……俺の部下を何人も壊しやがって」

 「……デカい」


 穴の向こうから体にも響く重低音。

 先に現れる巨大な腕は人間一人分はあり、全身は五メートルをゆうに超えている。


 解体室にいた二人が子供に思えるような威圧感を感じる。

 体温が高すぎて口から蒸気出ているよ。



 「俺の部下の目と耳を壊したのは……お前か?」



 めっちゃ、俺のこと見ている。

 目の奥から怒りの感情が肌に伝わってくるのがわかる。


 「目と耳……ああ、解体室にいた、威勢のいいだけ奴らか。お前さんがあいつらの言っていたお頭ってやつか」


 棍棒を持ち鳴らし腕の筋肉が怒りで震えるのがわかる。ツノは俺の腕よりも太く、顔は豚顔。

 盗賊のリーダーの部屋にこの巨体はどうやって入っていたのだろうか。


 

 「牛の次は豚が出てくるってここは精肉店かよ」

 「……俺は猪だっ!」

 「どっちも同じだろう」



 振り下ろした棍棒は床に大きなヒビを発生させる。こんなものが直撃したら一瞬でミンチだな。


 その後も何度も俺たちを棍棒を床に叩きつけつける。

 避ける事は大した事は無いが、一撃でも貰えば致命傷だ。避け続けるのは良案でも無い。


「あんた、何も出来ないならすっこんでなさい!」


 ミリヒルが腕をかざし棍棒を受け止める。その細い腕は鋼で出来ているのか?


 重い一撃を受けても微動だにしない。それどころか、押し返している。

 そして、攻防を続けている一方で部屋の扉が耐えられなくなったのかついに突破されてしまった。



「団長よ、何を遊んでいる!」

「エルフの旦那.……」



 威勢の良かった盗賊のリーダーは部屋に入ってきたのは中年ぐらいの貴族服を着たエルフに弱気に返事をする。


 「我が部屋の壁を壊して……その部屋にあった商品は大丈夫なのか?」

 「へ、へい……ここに残っているのはラフポーションの錬成に使えない不良品です」 

 「そうか、ならいい」


 長髪を一つにまとめた、シワが何本か目立つ顔立ち。

 歳を取って老けているが声や顔立ちにはまだ若さが感じられる。



 「魔法陣の変化が見られる。団長よ、状況の説明を」

 「は……はい!ここにいる平たい人間と半妖精族の女が逃げ出したと報告を受け、外の攻防を抜け戻ってきたらこの有様でした。おそらく部屋の奥で魔法陣の解除が進められているものかと」

 「奥………ん!貴方は…」



 エルフの男は奥の部屋の前に立っているカールイの存在に気づく。



 「儂はシエール王国の冒険者ギルドに所属するシュエール族のカールイじゃ」

 「あの……伝説の魔道士カールイが我が魔法陣の解除をしているとは……なんと尊い……!」



 敵にも尊敬されるってこの爺さん、どんだけ凄い人物なんだよ。

 

 「ああ……今この手でお主の魔法陣を解除し、この状況を打破してみせよう」


 ……堂々と嘘ついている。

 目から話合わせろって、信号を送ってきている。


 「そうだ.……爺さんには指一本触れさせない」

 「黙れ……平たき顔の種族よ。平民如きが貴族に安安と声をかけるな」

 「あ……すいません」


 あの爺さんも平民じゃ無いのか?

 一喝されて黙るしかない。この世界は身分か『伝説』みたいな肩書きがなければ人権は無いのだろうか。


 内なる小さな自分は、黙るしかなかった。


 ネフィルが解除をやっていると分かるとネフィルが狙われる可能性が高い。

 運良くエルフの男も盗賊のリーダーもその事に気づいていない。この爺さんがやっている事にしていれば牽制にもなるだろう。


 「それにしてもカールイ導士……そこにいるハイエルフの娘に工学的魔法を掛け、扉の防護壁も発動させた上で魔法陣の改変も同時に行うなど流石です」

 「『……』ストーンボール!」


 俺の右を巨石が通り過ぎてエルフの男の目の前まで目にも留まらぬ速さで飛んでいく。

 突然の事で反応が出来なかったが、あと数センチ右に動いていたら俺の半身は危なかった。


 しかし、巨石はエルフの男に当たった瞬間に弾け飛び粉塵となって消えた。

 驚きの顔もせず、平常心を保つエルフの男がどこか怖い。


 「魔導士カールイ……この魔力抑制状況下でこれまで強力な神秘性魔法を無詠唱で発動するとは……感動の極み」

 「無詠唱では.……ない。……高速詠唱じゃ……ハァ…ハァ」

 「高速詠唱?我は始めて聞きましたよ。お時間が有ればご教授願いたいぐらいです」

 「その機会は一生こん……わ」



 魔法にとっての詠唱や魔法陣は予備動作であり、強力になればなるほど必要になってくるのだろう。

 詠唱はより長く、魔法陣の模様は複雑なものになっていく。魔法に疎い俺でも何となくであるが理解出来た。

 先程から、聞こえる『……』とブツブツ聞こえるのは爺さんが高速詠唱していたものだろう。



 気になっていたが、工学的魔法は文字的に理解しやすい。だが、神秘性魔法は抽象的にしか理解が追いつかない。


 「楽しくなってきた……団長、我は魔導士カールイの相手をする。貴様は、そのハイエルフを頼むぞ」

 「わかりました………ジュルルルルっ」


 盗賊のリーダーは口端から垂れる涎を飲み込む。

 その姿が男女共通で醜く、近寄りがたい。

 近くにいるミリエルは虫でも見るような目で顔を固める。


 「ハハハ……ハイエルフの女よ、お前をこの様な姿にする前に痛めつけて、性処理器具として壊してやる」

 「黙りなさい、豚虫……喋らないで空気が汚れるわ」


 あの巨体の性器ってどんなものなのだろうか?

 絶対入らないよね?


 盗賊のリーダーが示す先には、破壊された壁に穴。

 さらにその先に見えるのは解体後のエルフ達の体の部位であった。


 腕だけが集められた瓶。心臓や肺などの内臓が保存され、今もなお動き続くけている。

 俺が打たれたラフポーションの効果なのだろうか?細胞は腐らず生き続ける。


 首から上は手を加えず、そのまま薬漬けにされて死んだエルフの顔がこちらを睨むように向けられていた。

 女、子供関係なく残忍に狩られ殺され続けた残滓だ。


 これが、盗賊のリーダーの言う不良品。

 あの解体室以外でも解体は行われていたのだろう。

 もし、あの盗賊二人に抵抗しなかったらエルフ兄弟も……ネフィルも同じ様に並べられたのかもしれない。


 『あの子』が生きていたなら、きっとネフィルは同じぐらいの歳だったのかと思い、気が沈む。


 この光景を見た、同族のミルヒルはどう思うのだろうか?


 目を細め静かに死体の数々を見つめている。

 自然と構えが固めっているのがわかる。

 

 「どうしたハイエルフの女よ。エルフは、同族の死には繊細に感じるらしいが?」


 なら、目の前の貴族エルフは悪魔だな。


 「見も知らないエルフ達に同情したり、怒ったりする程に私の心に余裕なんて無いわ……」

 「ふん……魔法の使えないエルフなど我ら角含族に取っては赤子も同じ。エルフの里の兵さえもこの棍棒で一振りよ!」


 盗賊のリーダーはミリヒルが恐怖を感じたと思ったのだろう。

 恐怖を煽る様にエルフの里の悲劇を語る。

 一方のミルヒルはカールイ……正確には、ネフィルのいる方に一瞬だが視線を向ける。


 「でも……自分のやるべき事も、守るべきものも分かっている。なら、逃げる訳にはいかないわ。あんた達みたいな畜生以下のゴミにこれ以上罪のない人を殺させる訳にはいかない!」

 

 言い終えるとミリヒルの手に宿った光は徐々に輝きを増し全身を包み込む。

 この光が彼女の感情を表しているのならば、かっこいいじゃないか。



 「ハイエルフの女よ!そうでなくては甚振りがいが.……ない!」

 「団長よ……ここで暴れられては魔導士カールイとの対応に支障をきたす。場所を変えろ!」

 「わかりやした……ハイエルフの女よ……場所を変えるぞ……」

 「ちょっと……離しなさい!」



 盗賊のリーダーはミリヒルを両手で掴むと、天井に穴を開けながら上階に向かう。

 俺達もその方がミリヒル達の戦いに巻き込まれないで戦いやすい。


 あの巨漢にミリヒルだけで大丈夫なのだろうか?


 しかし、上階からは激しいもの物音と衝撃音が常に鳴り響いていた。

 恐らく、上階では激しい戦闘が繰り広げられているのだろう。


 ミリヒルを信じるしかない。

 

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