第8話冒険者
エルフの二人は、俺たちよりも先に解体室を出て脱出口に向かっていった。エルフの女の方は俊敏な動きで進むが、エルフの男の方は彼女の尻を追いかける形になってしまっている。
おそらく、インドア派な性格なのだろう。彼と話す機会は殆どなかったが、そう感じる部分はあった。
俺もこんな死体と柄の悪い男の二人のいる部屋から去りたい。
盗賊のリーダーの部屋又は、主犯のエルフの元に向かわなければならないが、どこにあるのかわからない状況だ。
だが、ヒエラルキーの高い部屋が解体室から近いとは思えない。貴重品室や正面入り口から一番遠い場所だと考えられる。
「さっさと行こうか。ネフィルは後ろからついてきてくれ」
部屋のドアノブを捻ろうと思ったとき、
「待ってください」
突然、裾を引っ張られ止められてしまった。
「あまり気が進みませんが、ワタルさんの髪は隠していた方が良いかと思います」
「やっぱり、この国ではこの髪の色は好ましくないのか」
散々な言われようだな。
これでは日本人の殆どはこの世界では生きていけないだろう。
ネフィルは落ちていた盗賊のキャップを渡してくる。
それを頭に巻き、少しでも髪が隠れるようにキャップの中に押し込む。どうしても出てしまう部分はナイフでカットし見かけだけでも揃える。
髪以外の体毛は大丈夫なのだろうか?
流石にいまから全身脱毛する時間は無い。
だが、そこで寝ている盗賊は黒髪でなくとも、それ以外の体毛の黒であるから大丈夫だろう。
この世界で生きるのだ、この世界の偏見や差別には屈して生きなければ無力な俺は生きていくことは不可能だろ。
これからも異世界の価値観は元いた世界の価値観とは大きく相違する事を感じる機会は多いだろうし。
いちいち気にしていたらもたない。その土地の水が飲みたきゃその土地のルールに従うしかない。
「それと……これはお前さんに渡しとくわ」
「……え?私ナイフの使い方なんてわからないですよ」
「使えなくても良いよ。護身用で持っとけ」
「はい……」
この世界に持ち込んだ自分の小型のナイフを渡す。
小柄な彼女にとっては三十センチ台のナイフも玄翁も使いづらいだろう。
俺の体内に仕込んだもので体液がベトベトな所は気にしないで頂きたい。
盗賊のアジト内は意外と人がいなかった。
盗賊の鉢合わせないように隠れながら進んでいたのもあるだろうが、それでも不自然な程静かだ。
不思議に思ったので、盗賊の一人を後ろから押さえつけ現状と目的地を聞き出したところ、アジト周辺にはエルフの兵士とシエール兵が取り囲んでいるようだ。
魔力抑制魔法があるため魔法陣内に兵が攻め入る事はないが遠距離魔法で交戦しているせいで兵士は外に出払っているようだ。
だが、盗賊側も逃亡を企てているため、守りに徹して硬直状態が続く事になっている。
その話を聞いてネフィルは見捨てられていない事を知って安堵の表情を見せた。
エルフの二人がうまく逃げ出せたのなら、保護されるだろう。成功を祈りたい。
それを聞いた俺たちも逃げ出すわけにはいかない。
盗賊から聞き出した情報を元にまずは盗賊のリーダーの部屋に向かう。
向かっていくとリーダーの部屋もエルフの部屋も地下にある事がわかった。奪った神樹の保管場所から一番近い位置らしい。
「あれが恐らく盗賊のリーダーの部屋です」
廊下の角に隠れながら、ネフィルの細く可愛らしい指は全く幾何学的な模様の扉の部屋を指す。
扉の部屋の端に見張り番が一人立っているが、この扉の前では存在感が薄く感じる。
「なんだ、あの悪趣味な扉は……触っただけでも呪われそうだぞ」
「あれは、暗証機能付きの扉ですね」
「あれも魔法の類なのか?というより、どうやって開けるんだ?」
こんな事ならさっき捕まえた盗賊からロック解除の情報も聞き出しておけばよかった。
流石に重要な部屋に何もないとは思ってなかったけどな。
「工学的魔法の一つです。ですが、そこまで強い魔法が施されている訳ではないみたい…魔力抑制魔法で暗証機能は機能していないと思います。手を壁の中心に当てれば自動で開くと思います」
工学的魔法?俺の思っていたファンタジーの世界とは似つかない単語が出てきたぞ。
工学的って事は、他にも農業的とか医学的とかあるのかもしれない。
思っていたよりも快適な異世界生活が送れる気がするな。
モチベーションも必然的に上がってくる。
「それじゃ、ネフィルはここで待っていてくれ」
「わかりました」
盗賊のリーダーの部屋だ。何か他にある可能性もある。彼女に何かあったらどうしようもない。
「お疲れさん……交代の時間だ」
「おう…….ん?さっき変わったばかりな気がするんだが?」
細身の見張りに声をかけ、近しい関係を装う。だが、こちらも向こうも初対面であり、いきなり声をかけられても困った風になる。
ここはゴリ押しでもいいから話を続けなくてはならない。
「何言ってんだ。交代の時間から一時間は経ってる」
先ほど捕まえた盗賊の時計を見せる。だが、時計の針を本来の時間から一時間ほど進めたものである。
「今は外に敵もいるし、緊張状態が続いて時間の流れが早く感じたんだよ。それかお前さんの時計が壊れていたんじゃないか?」
「そうか……?……よくよく考えたら、お前初めて見る顔だな」
おっと不味い。やはり、勘づくに決まっているか。
「俺は最近入ってきたばかりで、この前のエルフの里……の時の戦闘要員に急に入れられたから挨拶する暇がなかったんだ」
「ふ~ん、お頭も変な顔の種族を入れるもんだな。こんな平たい顔の種族がいるなんて知らなかった。魔力もほとんど感じない、というより無いのか……?」
魔法が当たり前の世界で魔力が無い種族は珍しい……もしかしたら、ありえないのかもしれない。なら修正しておいた方が良いだろう。
「まさか……魔力の無い種族なんてないだろう!……魔力が低過ぎて感じないだけさ」
「それだと相当苦労してんだな……」
「ああ、だから普通の職なんて就けずに盗賊になるしかなかったんだ」
「おっ………そうか、変な事を言っちまってすまないな」
初対面の盗賊に同情の目を向けられちゃったよ。
ここでうだうだしている暇はない。さっさと部屋に入らなくては。
「そんな事より、時計は大丈夫なのか?もしかしたら、壊れているかもしれない。緊急時に時間がわからないのは危険だ。確認してみろよ」
「そうだな……え~っと」
細身の男は自分のポケットから懐中時計を取り出し、視線を俺から逸らす。
「すまんな……」
その瞬間に細身の男の首と頭の頂点を持ち互いに逆方向に向ける。
―――ゴキッ!―――
という音が鳴った瞬間に男はその場に失神してしまった。
ネフィル曰く、この盗賊団は角含族で大半は構成されており、魔力は弱いが身体能力が高いという。
正面から静かに交戦するには部が悪い。見張りの男が解体室の男達のように巨漢じゃなくて良かった。
見張りを制圧した俺は、目の前の扉に手を触れる。
………
………
………
しかし、何も起こらない。ビンともスンとも言わない。
もしかして、手を触れたら手動で開けるタイプか?取っ手のようなものは確認できない。押しても動かない。
なぜ?
「ネフィル……ん?」
反応がない。
「ネフィル……ネフィルちゃん!扉が開かないんですけど、助けて……」
元の世界でいう機械音痴のような俺は隠れているネフィルに何度か呼びかけるがやはり反応がない。
「……ワタル…さん……た、助け……て」
「………!」
見えないが、元いた場所からネフィルの声が微かに聞こえてくる。それも、誰かに口を押さえつけられた満足に声を発せられないのがわかる。
「わかった、今行く。誰が知らんが、その子に手をだすんじゃない!」
元いた場所に向かおうと一歩進んだ時だ。
「あんたの相手は私よ……盗賊風情が!」
目の前の空間に薄汚いローブを羽織った女が突然現れた。
口調から盗賊ではないかと思われるが好戦的だ。
ローブから現れた白く細い手は拳を握っており、俺の左ほほに向かってくる。
目視はできるが、反応が出来ないほど早く無駄が無かった。
ガードする暇もなく直撃を受け、そのまま三メートルほど飛ばされてしまう。
三メートル?そんな距離をこの細い腕で可能なのか?異世界人の見た目は信頼できない。
この女、戦闘のプロだ。的確に顎を殴り脳を揺らす。
衝撃を緩和するために拳の北方向に顔を逸らしたが、身動きが数秒取れない。
その後、肘が額にぶつかり床に倒れてしまった。
倒れた俺の首に足をおかれては身動きが出来ない。
「やっぱり、魔力が抑えられていえると即死は無理ね。汚い首が残っちゃったわ」
魔力が十分に有ったら俺の首は飛んでいたんですか……。
それにしても口が悪い女だ。
女の踵に力が入る。首の骨を折りにきている。死にぞこないの体だが、どんな要因で死ぬかわからない。
ネフィルの安全が確保できないので死ぬわけにはいかないな。
「…はな……せ!」
女の足首を掴み退かそうとするが微塵も動かない。首に数百キロの岩でも乗っているみたいだ。
「足掻くんじゃないわよ……このクズが」
「俺は……ここで死ぬわけには……いか……な」
「……ふん…」
首の骨が悲鳴を上げたその時、
「……やめてください。その人は敵じゃないんです!」
ネフィルの声で女の力が抜けるのがわかった。
「はっ、何言ってんの?盗賊のこいつが敵じゃないわけ?」
今の俺の格好は完全に盗賊のコスチュームをコンプリートしている。勘違いされても仕方ない。
「その人は私を命がけで助けてくれた人です。足を退けてください」
「……カールイ、信じて大丈夫かしら?」
女がネフィルの隣に立つ男に問いかける。
こちらも薄汚い地味目のローブを身に着け、顔が見えづらい。
「彼女がそうい言うなら良いじゃろう」
話し方的には老人だろうか。常に落ち着いた口調で話す。
「爺さん……さっき、その子を押さえていたやつは?」
「それは儂じゃ。騒がれては不味いと思って口を押さえておったのじゃ。危害は加えておらんから安心せい。それより、ミリヒル、その男を自由にしてやれ、話しづらい」
女が命令され、素直に足を退ける。
酸素が不足していた肺に広がり、脳が活きてくる。
「そうかい。それはありがとう。ここに突っ立てたら、敵に見つかるかもしれない」
「そうじゃな」
「それと……その扉壊れているぜ。どうやっても開かない」
「先程もそのようじゃったな……」
老人は俺の忠告を無視して、扉に手を触れる。
何も起きないと持ったが、触れた瞬間に
―――ゴゴゴ、ゴゴゴゴ―――
と思い摩擦音を鳴らしながら横にスライドする扉。
………俺が機械音痴……ここでは魔法音痴をさらしているようで無性に恥ずかしい。文明の力を使いこなせていない。
「開くではないか?お主の操作ミスじゃな」
口に出すのやめて。とても恥ずかしいから!
「そういう事もありますよ。たまたま、反応しなかっただけかもしれません。魔法音痴とは一概に断言できません」
ネフィルちゃん、そういう気づかい一番いらないからね?お前さんが実質的に一番断言しているから。
「こんな役立たずは放っておいて、さっさと入りましょう」
この女は始終口が悪いな。
辛辣な方がこの場合は、楽であるけど。
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