異世界で彼は涙を流す〜不死身冒険者の苦労譚〜
ヤミネad
プロローグ「魔法音痴だけど、不死身でした」
第1話異世界転移前
「……ハァハァ」
薄暗い都市の地下の壁に追い詰められた男は、満身創痍に息切れを起こし座り込んでしまった。
入口は一か所しかなく、光源は白熱灯が頼りなく点滅してる。重く白い彼の精神を侵し不安を助長させる。
戦慄が絶望に変わり立ち続ける力も無くなってしまったのか?今まで肥やした腹の脂肪はそれでも生きようと残り続ける。
「…なぁ、もう殺してくれ。抵抗する力も残ってねえんだよ」
「……」
死を懇願する男を無表情に見下すもう一人の男。
彼の目には、仇である目の前の男への憎悪しか映っていない。
三十歳手前、本来ならまだまだ肉体は活発で、肌も手入れ次第では張りが保たれていたのかもしれない。
だが、彼の顔は無数の皺と切り傷、目の下の深いくまが生気を感じさせない。
「簡単に死ねると思うな…」
「はぁ?……ぎゃぁぁぁぁぁ…‼」
冷徹な言葉とともに足を蹴りつける。
脛の骨を砕く。
十年間逃げ続けたこの男を許しはしない。
赤い血さえも黒く感じるほどに内なる闇が彼を覆う。
「『あの子』が苦しんだ痛みに比べたら楽だろう?」
「あの子…?何言ってんだ」
この男の犯罪歴を調べ終わっている。
『あの子』の事など数多くの中の一つでしかないのだろう。
その事実が男への憎悪を増幅させる。
「……」グチャ、グチャ
「やめろ!骨が…骨が出ちまぁ」
折れた骨が肉を貫いた。
無機質な靴の底では体温など感じる事は出来ない。
だが、今はそれでいい。必要以上に得る必要はない。
「早くお前の親父を呼んで助けて貰えばいいんじゃないか⁉」
「ハァ、ハァ……まさか親父を殺したのは…お前なのか?」
父親の死を煽るかのように答える。
この男の犯罪歴を闇に消していった人間を消さなければならなかった。
「なんなんだよ…畜生!お前のせいで全て滅茶苦茶だ。家族も仕事も……」
自分の過去を棚に上げている事も構わず、罵倒を浴びせる。思考能力も低下していくのがわかる。
地下の冷たく無臭な空気が逆に興奮を煽る。
「このイカレやろう……何がしたいんだよ」
「お前を殺したいだけだ」
「なら、さっさと殺せよ……」
痛みで体力がけずられた男は言葉も弱くなり、口を開くことさえも厳しい。
足も動かずなるがままだ。
「何回も言わせるんじゃない…簡単に死なせはしない」
ニヤっと笑い、足でうつ伏せにする。
折れた部位は感覚が麻痺しているのか傷口を地面につけても喚く事もない。
足元にあった人の指で握れる程度の鉄パイプを拾い男の背に向け下げる。位置は尻の下程。少し男に押し付け熱の無さを感じさせる。
「……何をする気だ?」
「わかってんだろ?お前が『あの子』にした事だ」
「……そんなモンで……」
「安心しろ。壊れても使う機会はない。どうせ死ぬんだから……苦しんで死ね」
地下に男の悲鳴と殺戮が広がる。
だれも来ない部屋に一方的な暴力。
これは『あの子』のためでもない。
誰かのためでもない。
ただ、自分の内なる感情を……虚しさをはらすためだけ。
今目の前で苦しむ男の顔が脳に刺激を与える。
絶望に歪む顔が見たかった。恐怖で枯れる声が聴きたかった。
もう何も残らない、戻れない。
今すぐにでも精神崩壊を起こしそうな復讐者を断末魔が支えた。
『あの子』は他に家族のいない彼にとって全てだった。それをこの男は奪った。
この男の全てを奪って何が悪い?誰が悲しむ?
地獄に堕ちたっていい。何をされてもかまわない。もう失うものは無いのだから、鬼にだってなれる。
―――血も涙もいらない―――
どれだけの時間が経ったのだろうか。この男を犯し続けた。
何を言われても止めない。手は鉄さびと男の体液で肌を露出できなくなった。
「……」
腹部を蹴りつけるが反応がない。
だが、絶命はしていない。最期はこの手で終わらせると決めていたのだから。
髪を掴み上げ顔を見る。
微かな呼吸音が耳障りだ。
人間らしい部位は殆どない。人間らしい動きにすら嫌悪を抱く。
首元にナイフを近づける。金属の冷たい感覚は気づいてるはずだ。鳥肌がたち防衛本能を刺激する。
復讐者の息は乱れ、手が震える。
ようやくこの男を殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。殺せる。
「……………………………殺さないでくれ……」
「……」
男の弱々しい一言でナイフを落としてしまう。
拾う気すら起きない。
なぜだ?なぜだ?
自問自答が始まる。
この男を壊すと決意した日から、変わらない闇があったはずなのに。
なぜ、殺せない。
ただの懇願に……
なぜ殺せない?
……なぜ?
人間の体をしていない意識を無くした男と廃人同然の復讐者。
「結局、俺は鬼になれなかったようだ…」
目的を失い吐き出す息はどこか冷たい。
最後に残った小さな自分がそうさせてくれなかった。
手に持ったナイフは途中男の血で汚れて使う気が起きない。
自殺用に体の中に仕込んだ一本のナイフか、ポケットに入った毒薬か……。
ナイフなら一瞬で死ねるが、彼はポケットに入った一粒の錠剤を手に取り飲み込む。
全身を巡る神経毒による長時間の苦しみは、走馬燈を見せることも、未練を残す余裕も奪っていく。
彼の最期は十分なはずだった。
つづく
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