第39話「ディープ・スロートpart1」

 そこは縦に長い巨大な円筒状の空間だった。何件もの高層ビルを納めても足りないような巨大な空間を、中央の塔から放出されるようにトロッコのレールが蜘蛛の巣のように縦横無尽に奔っている。


 外壁は六角形のハニカム構造になっていて、それが上下に無限に連なっているように見えた。それほどまでに巨大なのだ。


「これは、一体……」

「分からない。でも、これは確実に大戦以前に作られたもの。断言できる」


 蜘蛛糸の上を走るトロッコは分岐を通るたびに速度を落とさずに急カーブするので、しっかりと手すりの部分に捕まっていないと振り落とされそうになる。

 リュウトはそれにしがみつくので精一杯だったが、シエラはこの状況すら楽しんでいるように見えた。

 

 そんな二人の頭上を、ハチドリめいたドローン群が通り過ぎていく。一体なんのために飛んでいるのかは分からないが、警備用のものには見えなかった。


 シエラはトロッコの縁に寄りかかって、リラックスするように大きく息を吐いた。そしておもむろに胸元を探ると、見覚えのある銀色の筒を二つ取り出した。


「ほら、君の分」


 そう言って放り投げてきたのは、シャラクィールだった。しかもまだ少し温かい。

 目を丸くするリュウトをよそに、シエラは包みを破いてそれを食べ始めた。


「やっぱり、どこで食べてもこれはおいしいわね」


 リュウトもそれに負けじと包みを開けてかぶりついた。どこでも変わらないおいしさと、そしてシエラの姿に、無意識にこわばっていた肩が、ほぐれたような気がした。


「……そうですね」

「なんか……デートしてるみたい?」


 そう微笑みかけられたリュウトは思わずどきりとして、目を逸らした。

 シエラは肩をすくめて、


「分かってる。でもさ、いつも張りつめていたら、いつか切れちゃうよ。どう? 少しは緊張もほぐれた?」


 緊張がほぐれるどころか、さらに別の意味で緊張する羽目になった。


 その時、何かが飛んでくる甲高い音がしたかと思うと、目の前のレールが爆発した。その爆風でトロッコが後ろに回転しながら吹き飛び、二人は振り落とされた。

 シエラは空中で姿勢を安定させてレールに着地し、リュウトは腕の帯を伸ばしてレールを掴んで着地した。


「リュウト君! 後ろ!」


 斜め後ろを振り向くと、ランチャーらしき物を担いだ偽神アルコーンが、こちらを見ていた。


「来るぞ!」


 弾体がこちらに射出されるのと同時に、レールからジャンプする。その直後に先ほどまで経っていたレールが爆発した。


 後方から撃ってきたトロッコには三体のサイクロップス級が乗っており、ランチャーを持っているのはそのうちの一体だ。


 シエラは見事なコントロールで隣のレーンを走るトロッコに飛んだ。そしてそこに乗っていたサイクロップス級の肩を踏んづけて床に倒すと、スカーレット・ムーンでその頭を串刺しにした。


 わずかに距離が足りなかったリュウトはトロッコの縁に掴まると、サイクロップス級の首元を掴んで落としてやった。

 残る一体をシエラが胸に剣を突き刺して、それをねじり上げた。バチッと火花が散って、その動作を止める。


 間髪入れずに、二人が降り立ったトロッコをブラスターの銃撃が襲った。今度は斜め上からだ。サイクロップス級が持っていたライフルで応戦するが、位置が悪くてうまく狙えない。


「車輪を狙え!」


 頷いて、シエラと共に車輪を攻撃する。脱輪したトロッコがバランスを崩して、そのまま頭上を掠めて落下していった。


 その時、トロッコが急加速し、思わず振り落とされそうになったリュウトは、縁を掴んで何とか耐えた。操作盤を見やると、敵の銃撃によって破壊され、火花を散らしていた。


「シエラさん!」

「マズいな……このままじゃ次のカーブで落っこちる!」


 正面にはほぼ直角に曲がる急カーブが迫ってきていた。周囲を見回すと、頭上を先ほどのドローンが飛んでいるのが見えた。

 資材運搬用の物なら、一人分の重さなら耐えられるかもしれない。


「あれに飛び乗れば!」

「いいアイデアだ! 行くぞ!」


 トロッコから跳んで、ぶら下がるようにしてドローンのスキッドを掴む。ドローンはその重みで一瞬高度を下げたが、スラスターの出力を上げて高度を保った。


 だがこのドローンは一定のコースのみを飛ぶように設計されているらしく、強制的にコースを変えることはできなさそうだった。


「リュウト君! 別のやつに降りよう!」

「分かりました!」


 シエラにタイミングを合わせて、ドローンから飛び降りる。トロッコに降りると同時に、シエラはコンソールを操作して分岐点を変更した。


「追手は……何とかまいたみたいです」

「そうなら嬉しいけどね」


 シエラは少し落ち着かない様子で、周囲を警戒していた。

 まるで、何かから怯えているようだった。


「まだ何か来るんですか?」


 シエラは小さく息を吐くと、リュウトの方に向き直った。


「ヴァンガード級だよ。あいつらは、魔導士ですら殺す」


 さっきクラークがヴァンガード級について話していたことを思い出した。一般兵であるサイクロップス級をまとめる指揮官だとクラークは言っていた。だが、シエラの話通りなら、かなりの戦闘力も持っていることになる。


魔導衣ローブが、あってもですか?」


 彼女は何も言わず、ただ首を縦に振っただけだった。するとトロッコはトンネルに差し掛かり、二人を陰で覆った。

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