第18話「スパイアpart2」

 港には宇宙船のほかにも、少し古めかしいとすら思える木製の帆船がいくつも停泊していた。その帆の先には、ぴかぴかと光る色とりどりの鉱石のようなものが取り付けられている。

 行きかう人々の服装を見てみると、シュシュエが身に着けていたような幅の広いタスキのようなものを掛けていた。


 あれがこの場所では一般的なファッションなのだろう。


「いつも思うんだけど、あれってちょっと悪趣味じゃない?」


 二頭の馬が引く赤い馬車は、確かに誰の目から見ても派手だった。傍で待機していた御者の男は赤いたすきを着けていた。馬にも、赤い装飾が施されている。

 その派手な外観にリュウトはしばし言葉を失ったが、やがて、


「えぇ、同感です」


 すると馬車からオレンジ色の法衣を着た男が降りてきた。剃った頭部には様々な文様が描かれ、左のこめかみ部分にはくぼんだ痕があった。

 男は両手でちょうどへそのあたりに三角形を組むと、深くお辞儀した。シエラも胸の前で三角形を作って礼をする。


「お待ちしておりました、シエラ様御一行ですね?」

「えぇ。あなたが例のお迎え?」

「はい。どうぞお乗りください。アムリタ様がお待ちです」


 三人が馬車に乗り込んだことを確認すると、御者は手綱を握って馬を走らせた。カタカタと音を鳴らしながら石畳の上を走る馬車は、驚くほど揺れなかった。その隣を、麻袋を載せた台車を引く八本足の乗り物がすれ違う。

 窓の外を見上げると、建物と建物の間にはロープが掛けられており、そこに赤い布がぶら下がってひらひらと舞っていた。


 町ゆく人たちは誰もが質素な恰好をしており、リュウトが思っていたよりも異世界感は少なかった。


「ここって思ったより……普通、ですね」

「まぁ、ね。アムリタ様の管理が行き届いてる証拠ね」

「管理……ですか」


 その言葉に嫌な雰囲気を感じ取ったリュウトは、訝しむように過ぎ去っていく街並みを眺めた。


「そんな怖い顔しないで? 別に自由を制限してるワケじゃないから。私の言葉選びがマズかったのよ。そうねこれは……一種の宗教のようなものかしら」

「信じる者は救われるっていう奴ですか」

「救いというか、感謝ね。この冷たい宇宙のど真ん中で、こうやって暮らしていけてることや、私たちのような魔導士がこうやって、みんなを守っていることに対しての」


 馬車が市場に入り、車内は一気に喧騒と香辛料の刺激的な香りに包まれた。その様子はリュウトが思うのとは裏腹に、活気が溢れ、幸せそうに見えた。


「リュウト、お前はこれからどうするつもりだ?」


 そうクラークに問いかけられたリュウトは、そうだな、とパンドラを見た。


「パンドラの記憶を取り戻す手伝いをしようかなって」

「でも取り戻すって言っても、手掛かりはあるの?」


 うーん、とリュウトは首をかしげた。

 確かに、今考えてみればパンドラに関して知っていることと言えば、彼女は女神で、記憶喪失であるということだけだ。


 今までのことを遡れば、何かヒントがあるはずだ。何か……


 その時、初めて彼女の繭に触れたときに見たビジョンを思い出した。散発的に見えたいくつかの光景。それがヒントなのかもしれない。


「初めて、パンドラに触れたときに、見たんです。ビジョンを」


 それを聞いたシエラとクラークの二人は顔をこちらに寄せた。


「本当? その……ビジョンって何を見たの?」

「それが、分からないんです。俺が見たことのない場所で」


 なら、とシエラは腕を組んだ。


「アムリタ様に聞くしかないわね」

「その人って、俺たちを呼び出したっていう?」

「えぇ。もしかしたら、最初からそれが狙いだったのかも」

「それが狙いだったとして、なぜそれを知ってる?」


 クラークは訝しむように眉間を寄せる。それはリュウトも同意見だった。


「あの人は未来が見える」


 リュウトが目を丸くすると、「らしいわ」とシエラは苦笑した。


「そういえば魔導士って、結局のところ何なんです?」

「そうねぇ……平和を守るヒーローってとこかな」


 あまりにも直球な答えに、リュウトは少々懐疑的な視線を向けた。


「あぁいや、なんと言うか……少し複雑なんだけど、魔術の力で、いろんな問題を解決する人って感じかな」

「宇宙の警察みたいな?」

「そうそう。それそれ」


 納得したようにリュウトが頷く。


「にしても、たった五年離れてただけだけど、やっぱ故郷はいいもんね」と、シエラは大きく伸びをした。

「そういえば五年間何をしてたんですか? 任務とかですか?」


 シエラは伸びをしながらちらりとこちらを横目で見ると、「いや、違う。妹を探してたんだ」と言った。そして首にかけていたペンダントを取り出すと、それをリュウトに渡した。写真には彼女の両親と、姉妹らしい少女が写っている。


「名前はシキ。私の妹だよ」


 そう言って指さしたのは、ピンクの髪を持つ、翡翠のような瞳の少女だった。その腕に鳥を抱える少女を

見た瞬間、頭の中を衝撃が走っていくのが、はっきりと分かった。


「待ってください。この人って――」

「知ってるの?」


 リュウトは頷いた。知っているも何も、彼女はこの世界に来る前に、リュウトに話しかけてきた少女と瓜二つだった。


「俺が転生する前に、彼女と会ったんです」

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