第六話第七話第八話

第六話 誕生


「みぎゃあ」

わずかに暗い光の漏れる扉の向こうから世の全てを照らすような光があふれ出してきた。

光は夜のしじまに響き渡った。

優しい顔つきの男は己の分身が生まれたことを知った。

「元気な男の子さんですよ」

あふれる光を背後に看護婦はにこやかに微笑んだ。

男のこけた頬には暖かな光が差し、目の下の隈も消えさっていた。

男の母親も溜め込んでいた不安を息とともに吐き出し大きく肩をなでおろした。

「労っておやりなさい」

母親は不安だった気持ちを隠すように気丈に男に語りかけた。

そして男に聞こえぬように看護婦に耳打ちした。

「五体満足?」

看護婦は一瞬何を言われているのか理解できない顔をしたが、すぐに見るものを安心させる笑顔で「大丈夫ですよ。大変元気な男の子さんです」と言った。

「なら、いいわ」


第七話 祝福


「私の赤ちゃん」

幸せが笑顔を支配して赤子に語りかけさせる。

彼女の夢、子供に望むこと、どんな子に育ってほしいか。

彼女の頭は子供のことでいっぱいになっている。ほかには何もない。

赤子の肌を隅から隅まで丁寧に指先でなで上げる。赤子はきゃっきゃっとうれしそうに手足をばたつかせ彼女の指に触れる。

赤子の手指が触れる感触は、夫に秘部を触れられるよりも濃い快感をもたらした。

自然と鼻歌が口をつき、それに合わせるように赤子が手足を動かした。

がちゃりと扉を開ける音がしてノックもなしに男が病室に入ってきた。

「良くやってくれた。本当に良くやった!」

男は女と赤子に駆け寄りニコニコと笑顔を撒き散らしながら、見舞いに訪れるたびに繰り返す言葉をまた吐き出した。

「あなた、いつも言っているでしょう。ノックもなしに部屋に入るのはマナー違反だって」

女は夫をしかりつつも笑顔を絶やさない。

「不躾な息子で、迷惑を掛けるわねえ」

病室の扉を後ろ手に閉めながら中年の女が入ってきた。

「お義母さん」子を抱えた女は、わざわざの見舞の礼を告げ、義母と呼んだ女に赤子の顔を差し出した。

「元気そうな子でよかったわ。何年も子供ができなかったから、諦めかけてたのよ。

死ぬ前に孫の顔が見られて良かったわ」

小皺だけでなく肉のたるみのでた顔をほころばせて、女は赤子の顔を覗き込んだ。

「死ぬだなんて縁起悪いこと言わないでくれよ。ようやく初孫が生まれたばかりなんだぜ、もっと景気の良い事言ってくれよ」

「そうですよ、お義母さん。まだまだ長生きしてこの子の成長をしっかり見守ってもらわないと」

「そうよねえ、孫にランドセルくらい買ってあげたいものねえ。もうちょっと、がんばろうかしらねえ」

「そうだよ、まだまだがんばってもらわないと。もう一人くらいつくるつもりだからさ。その子の分も買ってもらわないと」

「あなた、気が早いわよ」

病室に笑いが漏れた。

笑いとともに、病室の僅かにあけられた窓から風が吹き込み白地のレースのカーテンを揺らした。風には芽吹き始めた緑の匂いがのっていた。

「もうすっかり春ねえ」

カーテンに隠された窓を透かして、葉に光る日差しや、活動を始めた虫たちの姿を見つめるように中年の女は誰に言うでもなく呟いた。言葉には幸せが含まれていた。

「そろそろ帰るわね。また来るわ、お大事に」

そう言うと祖母は赤子に手を振り静かに部屋を後にした。

夫婦はその姿を笑顔で見送り、赤子はきろりと背中を見つめた。


第八話 救い


 股間から血が流れ落ちる。黒く黒く黒い血の塊。

夢とは思いたくても、決して逃れることのできない現実。

流産。

三度目だ。

なぜ私がこんな目に遭わなければならないの?

悲しみが心を締め付け、悔しさが涙腺を刺激する。

優しい夫は背中を撫でさすってくれるが、それは感情を逆なでし、体の奥底から湧き出す怒りを夫に叩き付けさせる。

夫は黙って私の打つ手を体で受け止める。私は気のすむまで夫を打つ。私が受けた心の痛み、体の痛み、それが癒えるまで打ち続ける。

夫は何も言わない。何か言って欲しいのに何も言わない。

それは夫にとっては優しさのつもりなのかもしれないけれど、私にとっては苦痛でしかない。優しいだけの態度なんかいらない。

悲しみを苦しみを和らげる言葉が欲しい、怒りをしっかりと受け止めて欲しい。男の力強さ、男の匂い、男の中の獣性、そういうもので繰るんで欲しい。激しく犯して快楽の中に苦しみを埋めて欲しい。

そうしてくれれば私はきっと癒される。子供は救われなくても、私はきっと救われる。

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