046.女神との対話

はて。

ここは何処なんだろう?


目覚めた私の視界は真っ白で。

あ、コレ、あれですね。

死後の世界って奴ですね、分かります。


──違います。


?!

イキナリ否定された?!


声のした方を見ると、マグダレナ様がいらっしゃった。

あの時も思ったけど、さすが女神。

これまでイケメンやら美女やら見まくってましたけど、美しさのレベルが違いますね。

格って言うの? 次元が違うわー。

美しくて目が潰れる奴が現れますね、間違いなく。


──ふふ、ありがとう。


……私の考えてる事、マグダレナ様にもしかしなくても筒抜け……


──そうですよ。


ピンチ!!


──ここは精神のみが存在する世界ですからね。貴女の思う事は私にそのまま伝わります。


ぅわぁ……ど、どうしよう……。


そんな私の動揺なんてまるっと無視してマグダレナ様は話し始める。


──思ったよりも早く、目覚めましたね。


思ったより早く目覚めた?

私、死んだんじゃ……?


──死んではいません。


あの時、私の命と引き換えにルシアンを助けて欲しいと願いましたけど、私が死んでないと言う事は、願いは叶っていないって事ですか?


それは、そうなったら、泣く。

いや、泣くどころの話じゃないんだけど。


──いいえ、貴女の願いは叶いました。あの戦いで命を失ったマグダレナの民を全て、救いましたよ。


あぁ、良かった。

マグダレナ様、ありがとうございます!

神様、女神様、マグダレナ様!

ありがたやありがたや。


──礼には及びませんよ。この大陸の隅々まで魔力を行き渡らせ、貴女が望んだ通りに、オーリーとイリダの大陸にも祝福を与えました。


大盤振る舞い!

凄いな?!

さすが神、する事のレベルが違う!


──貴女が戦争の無い世界を望んだからです。あのまま満たされないままでいれば、人の心は簡単に荒みます。そうなればまた戦いが起こるでしょう。それでは意味がありません。


確かに。そうかも。

人の欲に限りはないけど、満たされれば少なくとも諍いは減ると思う。


──それに、私も兄神達に思う所がありましたからね。


にっこり微笑むマグダレナ様が怖い……。


──被造物と言えど、そこに命はあるのです。自分の作った民同士が長い間あのような歪な関係であるにも関わらず、放置する。


笑顔が黒い。女神なのに!

兄神様たち、逃げた方が良さそうです?!


はぁ、とため息を吐くマグダレナ様。

女神もため息って吐くんだ。

なんか新鮮です。

勝手に親近感。


──ミチルのような性格の者をお人好しと言うのだそうですね。


え。

なんですかなんですか。

ディスられてます?


──イルレアナ、八代目女皇のイルレアナに教えてもらった言葉です。ですが、私はミチルのような性格が好きですよ。


ありがとうございます?

何だろう?

全然褒められてる気がしません。


──あの後、貴女の身に何が起きたのかを説明しましょう。


あ、はい。

よろしくお願いします。


思わず正座する私。


──魔力の器を全て解放し、大陸全土とその周辺を取り巻いていた全ての魔素を貴女が魔力に錬成し、私が受け取り、再び貴女を通して神の力を解き放ちました。


うんうん、と頷く。


──先程話したように災いでしかないものは全て消滅させました。そうではないものには慈悲を。


ごくり。

やべ。唾を飲み込んだら音が。

いや、だってさ、これ絶対凄い奴ですよ?

こんなにあっさりおっしゃっちゃってますけど。


──本来であれば、貴女は私の力を直接受けた事で魔力を全て使い切り、死ぬ筈でした。


はい、そのように伺っておりました。

ですから不思議です。

絶賛ハテナ中です。


──虹色の魔石を覚えていますか?


虹色の魔石?

なんか話が飛んだような?

あ、はい、覚えてます。


──アレは魂の一部を切り離す事で作られる物。貴女は魂の一部を伴侶であるルシアンと交換しましたね。


はい、そうです。

完全に騙し討ちでしたけどね。


──貴女が祈る前に、誰もが命を落としていたにも関わらず、ルシアンだけが生き残っていたのは、貴女の魂とルシアンの魂が繋がっていたからです。貴女の魔力の量はあの時、滅びの祈りを捧げる為に増幅されていた。アンクと私が授けた雫、錬成により魔力量は通常時よりも大幅に増えていました。ですからルシアンは魔力が枯渇せず生き延びたのです。


……そうだったのか。

私、ルシアンを助けていたのか。


──その逆転現象が起きた事で、貴女の中の魔力は枯渇しなかったのです。私の力によりルシアンは魔力を取り戻していましたし、ルシアンを生かす事が願いの中でも最優先でした。


胸が締め付けられる。

ルシアンと魂が繋がっていたから、助かった。

その事実がじわじわと広がっていく。


──貴女が今日(こんにち)まで眠り続けたのは、魔力の器を全て解放した事による反動。肉体が限界に達していた為によるものです。肉体が完治したから目覚めたのです。


目覚めたのに、ここにいるのは何故なのでしょう?

その理屈でいくと私、ここにいるのおかしくないですか?


──私にも力が戻っていますからね、今後はいつでも貴女と話が出来るようにはなったのですが……貴女の夫は大変嫉妬深いですからね……。


女神にまで認められる病みっぷり。

凄くありませんか。

女神公認ヤンデレ。

どうなの、それ。


──そろそろ、貴女を返してあげないと、ルシアンの心が完全に壊れてしまいそうです。


ルシアンが壊れる?!


──ルシアンが不在な時にでも、私を呼び出して下さい。


……そんな気軽に呼んで良いものなんですか? 神さまって……。


ふふふ、と笑うマグダレナ様。

……もしかしてひま……モゴモゴ。


──さ、お行きなさい。


はい。


立ち上がった私はマグダレナ様にお辞儀をする。


皆を助けていただいて、ありがとうございました!


──……私が、貴女を利用したとは考えないのですか?


利用?

女神様が私を?


そうだったとしても、マグダレナ様は皆を助けてくれました。その事実が全てです。


──ふふ。私の愛し子は強いですね。ただのお人好しでは無さそうです。


さすがに腹黒い人達に囲まれて生きていたし、自分も善人ではないしね。

皆を助けて欲しいと言う気持ちはあったけど、それは何て言うか、ルシアンのついで……モゴモゴ。


マグダレナ様、私の前世の言葉に、終わり良ければ全て良し、と言う言葉があるんです。

紆余曲折あっても、色んな思惑があったとしても、最後に皆が幸せならそれで良いじゃありませんか。

幸せを受け入れなかったら、せっかく手に入れた幸せが何処かに行ってしまいます。


にっこり微笑んだマグダレナ様は、人さし指で私の額をちょん、と触れた。

途端に眠くなって、耐えきれない。


薄れてゆく意識の中で、マグダレナ様の声がした。


──ありがとう、ミチル。貴女のお陰で、私は私の愛する我が民を守る事が出来ました。







目が覚めると、そこは何となく見覚えのある天井で。

視線を彷徨わせてみる。

うむ。目は動きますね。

オッケーオッケー。

次は顔ですね。

左右に動かしてみる。うむ。動く。


マグダレナ様の話だと三年も寝てたって言うから、身体が思うように動かないのではないかと危惧していたんだけど、目と顔は大丈夫そう。

問題は身体だよね。

声とかさ、出るのかな?

とりあえず寝返りをうってみる。

お、出来た。

反対側にもしてみる。

うんうん、出来た。

よしよし。


手を天井に向けて伸ばしてみる。

お、いけますね。

指先とかワキワキしてみる。

問題なさそう。

じゃあ起きてみよっかな。


身体を起こすと、頭がくらっとした。

さすがに久々過ぎたか。

直ぐに目眩は落ち着いたので、安心する。


首に重さを感じる。

触れると、ルシアンからもらったアレキサンドライトのドロップ型のペンダントを付けていた。


眠ってる間も、付けていてくれたんだと思うと嬉しくなる。

アレキサンドライトを手に取ってキスをする。


「ルシアン……」


お、声出た。


ベッドに腰掛けた状態で周りを見渡す。

誰もいない。

そりゃそうか。三年間眠り続けてたんだもんね。

私にずっと張り付いてるとか無駄ですからね、それで良いと思います。


立ち上がって転けたら嫌だから、天蓋付きベッドの柱の横まで座った状態で移動する。

柱に両手で掴まりながら立ち上がる。


「おっ、いけた」


その場でちょっと足踏みしてみたりして。

出来た出来た。

三年間寝っぱなしだったら、きっと筋力とか落ちまくると思うんだよね。

それがこれだけ動けるって事は、女神様がそうしてくれたんじゃなかろうか。

思わず合掌する。

ありがたやありがたや。


さてと、ルシアンを探すぞ。

室内履とか、ガウンとか、着替えとか全く無い。

この格好。

厚手で全身すっぽり、透けから無縁の完全無欠のネグリジェを着てます。

まぁ、これなら、最悪許されるよね?

だって何も無いんだし、仕方ないよね?


裸足のままぺたぺたと歩いてドアをそっと開けてみる。

うむ、ここにも誰もいません。

部屋の内装からして、至星宮みたいだなぁ。


ドアを開けて廊下に出る。

うむ、モノの見事に誰もいません。


……え? ルシアンいるよね?

私が目覚めないから、何処か別の場所に行っちゃったとか……ないよね?(涙目)


…………ハッ!

そうよ! こんな時の為にコンパスあるんじゃない?!


ルシアンの場所を探ってみると、思ったよりも近くにいた。

廊下の窓から中庭を見ると、ルシアンが中庭で花を摘んでいる。

ちょっとちょっと!

イケメンが花を摘んでるとか、絵になり過ぎるんですけど?!


窓のロックを解除しようと手を伸ばす。

くそぅ!

何でこれこんなに開きにくいんだよぅ!


このっ、このっ!

ガタガタと音をさせながら開けようとしていたら、中庭のルシアンと目が合った。


ルシアン!


死人を見るような顔してる!

無理もないけどね?!


あっ! 開いた!

窓を開けて身を乗り出す。


「ルシアン!」


ルシアンが喋ってるけど、声が小さいからか、何を言ってるのか分からない。

もう一度名前を呼ぶ。


「ルシアン!!」


私に向かって走って来る。


あぁ、ルシアンだ!

ルシアンだ!!


ルシアンと私はいる高さが違う。

私は三階。ルシアンは一階。そのぐらいの高さの違いがある。

こっから落ちる訳にもいかんしな。

前にやったみたいにシーツで……って持ってくるぐらいなら普通に階段下りれば


身を乗り出した状態で身体の向きを変えた私が馬鹿だった。

うん、本当に、馬鹿としか言いようが無い。


三階の窓から、私は落ちた。

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